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DON'T坊ちゃん 4

 投稿者:坊ちゃん  投稿日:2012年11月16日(金)17時54分7秒
返信・引用
  それは右と左を間違える事があるのだ。元々坊ちゃんは左利きなのであった、それを”お箸を持つ方が右”などと教えた物だから、坊ちゃんは右と左を間違えるらしい。坊ちゃんはドンに、左手を出して『右足』と言って居る。ドンは右足を坊ちゃんの左手に乗せているのだが坊ちゃんは『違う!右足』と言っている。これにはドンも困った様なそぶりをしていた。何度も右とか左とかやっているうちに、さすがのドンも面倒になったのか、坊ちゃんの頭の上に、足を載せ頭を押さえ込んだ。『ドン、離せ~』と、坊ちゃんは両手を広げじたばたしている。これを見ていたお弟子さん達は皆大笑いを始めた。これも坊ちゃんとドンにすれば、普段から遊びながらやっている事で、別段珍しい事ではない。続いて坊ちゃんは、ドンが足し算が出来ると、言い始めた、お弟子さんに数字を言って貰いドンが答えると言う物だ。”まさか犬が計算?”いや、”ドンなら出来るかもしれない”と、少々みんなはざわめいていた。タミちゃんが、『ドンちゃん、1足す1は?』と言うと、ドンは『ワフ! ワフ』と答えた。次々に、一桁の数字を言ってはドンが答える。タミちゃんが、『ドンちゃんすご~い』と言うとドンは『ワホ!』と言った。種を明かせば、坊ちゃんが、小さな小さな声で『ドン』と答えの回数だけ繰り返すのだ。ドンは名前を呼ばれると必ず返事をする、普段から坊ちゃんとドンは遊んでいる時に坊ちゃんが『ドン ドン ドン』、するとドンが『ワホ ワホ ワホ」と呼ばれた回数だけ答える、そんな遊びをして遊んでいたのであった。そうとは知らないお弟子さん達は、皆一様に驚いていた。坊ちゃんは得意顔で、自分の席に戻りまたテーブルの上の料理をドンと一緒に食べて居たが、2時間ほど経つと坊ちゃんはお腹が一杯に成り居眠りを始めた。居眠りをしながら体が前後、左右に段々大きく揺れ始めついに、テーブルに”ゴンッ!”と、倒れ頭をぶつけた。ドンが、『ワホ~』と良いながら坊ちゃんの頭に鼻を近づけると坊ちゃんは『えへへ、大丈夫だよ』と、照れながら笑って言った。『ワホッ』っと、ドンが背中に乗る様、仕草をした。坊ちゃんはドンの背中に乗り、テレビの有る部屋に行きドンの胸のよだれかけの様な長い毛の中にうずくまりいつの間にか眠って居た。どのくらい眠っていたのだろうか、目を覚ますと、お弟子さん達がテレビを見ていた。タミちゃんも、熊おじさんも居た。坊ちゃんとドンがテレビの有る部屋に行くと、坊ちゃん1人と犬一匹では心配と「じー」と何人かのお弟子さんがテレビの有る部屋へと後から来ていたのだった。夜11時を回った頃、母が1人で迎えに来た。迎えに来る予定であったこの家の主である父は、酔っぱらってダウンしているらしい。「じー」が、『何も無理せんでこっちに泊まらせていっこうにかまわんよ、弟子達もこの子と遊びたがってるしな。』そんなこんなで、坊ちゃんはそのまま泊まっていく事になった。翌朝目を覚ました坊ちゃんは、ドンに飛び乗り自分の部屋へと一目散に帰ってきた。部屋の中には真新しいサッカーボールが置かれていた。坊ちゃんはみんなで飾り付けをしている時にクリスマスツリーに、サッカーボールと書いた短冊をつるしていたのだった。

最終章 別れ お休みドンちゃん。

 春の日差しが暖かく、桜の花も満開に成った。ドンは、今日も庭先で昼寝をしている。暖かくなったからだろうか、ドンはこの頃良く昼寝をする。坊ちゃんは、そんなドンを見て、この頃は背中に乗らず、昼寝をさせていた、時には自分も一緒になって、ドンにもたれて昼寝をしたりしていた。或日ドンは昼寝から目を覚ますと、隣で昼寝をしている坊ちゃんを、『ワホ ワホ』と起こし、背中に乗れと仕草をした。坊ちゃんは、寝惚け眼でドンの背中に乗った。ドンは坊ちゃんを背中に乗せ、坊ちゃんとドンの畑へと行った。畑には菜の花が綺麗に咲いている、ドンは菜の花を咥えまた歩き出した。今度は「じー」の竹林だ、この竹林では毎年タケノコ掘りをする、もう一月もすれば、またお弟子さん達と、タケノコを掘れそうだ。ドンは、片足で土を掘り始めた。坊ちゃんは『ドン、お腹すいてるの?』とドンに聞いた。ドンは、「クォン」と吠えた。ドンは、しばらくそこにいたが今度は、坊ちゃんを背中に乗せたまま、庭の外に出た。坊ちゃんが『ドン、どこに行くの?』と聞くと、『ワホッ!』と答える。みんなでお花見をする近所の公園、坊ちゃんと買い物に来るお肉屋さん、お魚屋さん、八百屋さん等を順々に回っている。お肉屋のおじさんが、ハムカツをくれたので、ドンと一緒に食べる。ドンは、どこのお店に行っても、『ワホッ! ワホッ!』と吠えしっぽを振った。一通り、回り終えるとまた「じー」の家に戻った。「じー」の家ではお弟子さん達の間を『ワホ ワホ』言いながら歩き回っている。今日はちょっとドンの様子が変だ、妙にはしゃいでいる様に見える。「じー」の家の岩の様な庭石の上にドンは上がり坊ちゃんと一緒にならんで座った。『わぉ~ーーーーーーーーーーーーーーーん』ドンは遠吠えをした。坊ちゃんもまねをする。その時ドンはにこっと笑った。。坊ちゃんと一緒に「じー」の部屋へとやってくる。「じー」は、『ドンの好きな栗まんじゅうが有るが、食べるか?』とドンに聞いた。ドンは嬉しそうにしっぽを振り『ワホッ!』と答えた。「じー」が、茶を立ててくれた。「じー」の部屋にはドン専用のお皿と、茶碗(どんぶり)がおいてある、もちろん専用の緒座布団もおいてある。坊ちゃんとドンは、茶を飲みながら、栗まんじゅうを食べる。食べ終わると、今までドンは、「じー」にはそんな事は一度もした事がなかったのだが、しっぽを振りながら「じー」にすり寄り、「じー」の顔を舐めた。「じー」は、ドンに顔を舐められ、嬉しそうにドンの鼻をなでた。「じー」の家で夕飯までドンと一緒にテレビを見て、坊ちゃんとドンは帰ってきた。夕飯を済ましドンと一緒に自分の部屋で遊んでいると、ドンが本棚からぬいぐるみを咥えて持ってきた。そのぬいぐるみは、夏祭りの花火大会で出店のゲームで坊ちゃんが弓で落とした物だった。このぬいぐるみで坊ちゃんが遊んでいたら、ドンが焼き餅を焼いたので、坊ちゃんは本棚に押し込んで今まで触らなかったのだった。そのぬいぐるみをドンは咥えて坊ちゃんの所へ持ってきたのであった。ドンは、『ワフォ!』と言ってしっぽをパタパタ振っていた。ぬいぐるみは全部で5個有った。その中の一番大きい黄色い熊さんのぬいぐるみには、ドンが焼き餅を焼きかみついて振り回したので、所々破けている。ドンは坊ちゃんに「破いてごめんなさい」とでも言う様に『ワフゥ~』と言った。坊ちゃんは、黙ってドンの鼻をなでた。夜も更け坊ちゃんは横になった。何時もの事だが、ドンは頭からつま先まで、鼻をすれすれに、坊ちゃんの匂いをかぐ、これで坊ちゃんの体調を管理しているのだ、ちょっと熱がある時でもこれで解る。次に足をペロペロと舐める。坊ちゃんは足を怪我して手術をしたが、ドンがぺろぺろ舐め奇跡的な回復をしたのだった、最後に坊ちゃんをゴロゴロと転がす。坊ちゃんはドンに遊んで貰っていると思っていた。何時もの様に一通り終わるとドンは坊ちゃんを抱き込む様に横になった。季節の上では春と言っても夜はまだ冷える。坊ちゃんは、目を覚ました。何時もならドンに抱かれてポカポカ快適に眠れるはずなのに今晩は寒い、坊ちゃんはドンの長い首のまわりの毛の中にうずくまった。坊ちゃんはドンの異変に気がついた。何時もならば”ドッドッドッドッ”と聞こえるドンの胸の音が聞こえない。坊ちゃんはドンの鼻をなでながら、『ドン、起きて』と言ったが、全く反応はなかった。次の瞬間、坊ちゃんは火のついた様に泣きじゃくった。その叫び声にも似た坊ちゃんの泣き声を聞きつけ母が、『どうしたの!!』と飛んできた、坊ちゃんは、ドンの鼻をペシペシと叩きながら『起きろ! 起きろ!』と、顔を涙でくしゃくしゃにして泣き叫んでいる。そんな坊ちゃんを母は、ギュッと抱き抱え『辞めなさい! ドンちゃんは、いくら叩いても、もう起きないの!』と、目に涙を浮かべながら、坊ちゃんを制止した。後から父もやって来た。その夜は、何時までも、何時までも坊ちゃんの泣き声が聞こえた。朝になった。坊ちゃんはいつの間にか泣きながらねむってしまったのだ、父と母は部屋にはいなかった。坊ちゃんは、部屋の障子を開けた、春の暖かい日差しが部屋に差し込んでいる。坊ちゃんは、ドンの枕元に行って座り『ドン、朝だよ、起きて』と、鼻をなでた、坊ちゃんは、初めて目の当たりにする死という物が理解できないのか、あるいはドンが死んだと思いたくないのか、『起きて、ドン』と繰り返していた。母は、朝食の用意が出来たと坊ちゃんを呼びに来た。坊ちゃんは自分の部屋にも置いてあるドンの皿にドッグフードを入れ水入れに水を入れた。何時ドンが目を覚ましても、食べられる様にだ。坊ちゃんは、朝食を手早く済ませ部屋に戻ってきた。皿も水入れもそのままであった。父は、ドンの為に棺を作った。お弟子さん数人が庭の隅に棺を入れる穴を掘っている。この日、簡単ではあるが、坊ちゃんを最後まで守り通した、名犬”アレクサンドリア・フローレス・2世”、日本名”ドン”の、お葬式がお弟子さん達により執り行われた。坊ちゃんは涙は浮かべていた物の、泣かなかった。母が、『ドンちゃんにさよなら言いなさい』と言っても坊ちゃんはさよならとは言わなかった。母が、ドンの首に真新しい赤い首輪を付けてやった。特別の行事の時にドンが着けるための首輪だった。何時も赤い首輪を付けるとドンは嬉しそうに『ワホッ!』と吠えるのだった。だが、坊ちゃんはこの首輪を直ぐに外してしまった。母に『ドンは、本当は首輪なんて嫌だったんだよ、外してあげよう』と言った。庭の隅にドンの墓が作られ、坊ちゃんが一番最初に、焼香をした。坊ちゃんは『ドン、おやすみ』と、言いながら線香を立て、献花した。そんな坊ちゃんの姿にどこからともなくすすり泣く声も聞こえた。夕方、ドンの墓の前に、坊ちゃんの姿があった。自分の部屋からドンのお皿、水入れを持って行った様だ。『ドン、ご飯だよ』と言って、ドッグフードを入れている。朝晩、坊ちゃんはドンの墓にドッグフードを供え続けた。この頃の坊ちゃんは、以前の様なひょうきんさは無く、ドンの墓の前に座っているか、自分の部屋に戻っているかで、あまり外に出歩かなくなってしまった。そんな坊ちゃんを母は、心配し「じー」に相談していたが、「じー」は、大丈夫、大丈夫、心配いらないよ。とニコニコしているだけだった。母は、夜は出来るだけ坊ちゃんと一緒にいる様に努めた。朝晩、ドンの墓にドッグフードを供え続け、ついにドッグフードが無くなってしまった。坊ちゃんはドンが居ないのに父に買ってくれとは言えず、母におにぎりを作ってもらい、それをドンに供え続けた。季節は、夏になった。坊ちゃんは、以前母から聞いたお盆になるとご先祖様が帰ってくると言う話を覚えていて、『お盆になったら、ドン帰ってくる?』と、母に聞いていた。母は、少し困った様な顔をして、『ドンちゃんはね、死んでお月様に行ってるの、遠いから帰ってこられるかな。?? お月様でお餅食べてるよきっと』来るともこないとも答えられない母であった。お盆になり、毎年の様に母は提灯を持ち迎え火を出す。今年は母と2人だけでの迎え火だ、去年の今頃は、ドンとこの道を歩いていた。ドンが蛍を追いかけたりしていた楽しかった思い出が坊ちゃんの脳裏に次々と浮かんできた。『ワホッ!』と、いう声が聞こえた様な気がし、坊ちゃんは辺りを見回したが、当然ドンは居なかった。翌朝、ドンのお墓に坊ちゃんはおにぎりを供えに行った。昨晩お供えしたおにぎりが、無くなっていた。坊ちゃんはもしかしたらドンが帰ってきて食べたかもしれないと思った。『ドン、いるの??』 『ドン!』坊ちゃんは辺りを見回したがそこにドンの姿が有るはずもなかった。”ガサッ”、”ガサッ”と、ドンの墓の後ろの草むらで何かが動いた、坊ちゃんは音のした所を凝視した。そこには白いもこもこした子犬がいた。坊ちゃんは、ドンが子犬になって戻って来たと思った。『おいで おいで』と手を出すと、子犬はペロペロと坊ちゃんの手を舐める。ドンの墓に供える為に持って行ったおにぎりを、子犬に食べさせた。子犬はしっぽを振りながらおにぎりを食べ、しばらく庭に居たが、坊ちゃんが捕まえようとすると逃げた。その後も、この子犬は朝晩やって来ては、お供えしたおにぎりを食べていた。お盆も終わり、送り火を出す。翌朝、何時もの様におにぎりを持って、ドンの墓に供える、坊ちゃんは子犬の来るのを待っていたが、子犬はいつまで待っても来なかった、翌日もその翌日も。坊ちゃんは、ドンがお盆の間だけ子犬になって帰ってきてくれ、お盆が終わったので、月に帰ったんだと考えた。お月様が、丸いドンの顔に坊ちゃんには見えた。坊ちゃんは、お月様を見上げ『ドン、おやすみ』と、つぶやいた。    終わり
 
 

DON'T坊ちゃん 3

 投稿者:坊ちゃん  投稿日:2012年11月16日(金)17時52分12秒
返信・引用
  翌日、お弟子さん達総出で、朝早くから配膳が始まっている。招く人数が多い為にお弟子さん達も大変である。また寿司や、刺身などを配達する人達も出入りする。「じー」の家では、色々な食材が運び込まれお弟子さん達が腕をふるって調理する。10時頃、「じー」の使いのお弟子さんがやって来て父母、坊ちゃんドンが、「じー」の家に行った。今日も、ドンは頭に赤いリボン、しっぽにも赤いリボンが付けられていた。仲人さんも到着した。父母、坊ちゃんドン、仲人さんはしばらく別室で待っていた。お弟子さんが、「用意がととのいました。」と呼びに来た。父母、坊ちゃんドン、仲人さんが、入っていくとみな拍手で出迎えてくれた。が、招かれた人達の中には、この世界では有名な人も何人か居て父母は、とても緊張している様であった。父母、坊ちゃんドン、仲人さんが、席に着くと、「じー」が前に出て、深々と頭を下げ、礼を言った。「じー」から、父母、坊ちゃんドン、仲人さんの紹介が有った、坊ちゃんとドンは、誕生日のお祝いなどを「じー」がしてくれているので知っている人は多いが、父母、仲人さんに至っては会った事が無い人が多かったので、改めてここで紹介する事になったのである。昨日の、飲めや歌えや、歌えや飲めやの大宴会とは打って変わって、こちらは厳格な物で有った。来賓者の祝辞、祝電の読み上げ等、次々に執り行われた。お正月や坊ちゃんの誕生日と違うのは、食事をしながらこれらの行事が行われている事ぐらいであった。坊ちゃんは、ドンに、膳部の料理を取って食べさせていた、ドンはお座りをしたまま上を向き『ウマ ウマ ウマ』と食べていた。しっぽは左右に振られていた。母が、来席者にお酒をつぎに回ろうとすると、「じー」がそれを制止した。この世界では、「じー」は、家元総本家であったので、その一族はみな格が上で有った。格が上の者が格下の者へと酒をつぎに回ると言う事は、この世界では有りえない事であり、お弟子さん達がつぎに回りもてなすのであった。宴も終盤を迎えみないそいそと坊ちゃんの前に進み出る。坊ちゃんの前で一礼をして坊ちゃんにお小遣いを渡す。坊ちゃんは1人1人に『ありがとう』と言いそれを受け取る。ドンは、坊ちゃんに一礼する参席者に合せて頭を下げていた、参席者全員が席に着く、今度は坊ちゃんが、前に出て参席者に礼をする、坊ちゃんは頭を下げると、段々とおしりがあがる、ドンも坊ちゃんと並び、頭を下げ始める、お座りの状態から頭が下がり、ふせをする、次の瞬間、おしりとしっぽがあがる。ドンは坊ちゃんの動きに合せて居たのだった。参席者の席に、お弟子さん達が大きな風呂敷包みを置き始めた、頃合いを見て「じー」が、前に進み出て参席者に礼を言う、続いて父母が礼を言い、仲人さんが『坊ちゃんの健やかなご成長と当家のますますのご繁栄を祈念し』、一本締めでしめる。やっと閉宴と成る。お弟子さん達のおもてなしもここで終わるが、酒や肴が残っている、各自勝手に飲んで無くなれば勝手に帰る、当時これは一般的な事で酒はともかくとして、肴や料理物を残されても処分に困る。またこの時代、食べ物を粗末にする事はまず無かったのである。遠くから来ている人や時間のない人は帰るがほとんどの人は残っている。そして主催者が頃合いを見てもう一度、礼を言い皆に残さず食していく様に進めたり、傷みにくい物は箱折りに詰め持たせて帰すのだった。夕方、この家の主と「じー」からお弟子さん達にお礼をかねて、寿司と刺身などの肴が届けられた。お弟子さん達の作った料理も残っている。父母も珍しく今日は、じー」の家で晩ご飯を食べる事になった。一家揃っての食事は、久しぶりである。父がなにやら「じー」に耳打ちをしている、「じー」がお弟子さんに、残っている酒とビールを持ってくる様に言った、今日は坊ちゃんの七五三のお祝いであるから特別と言う事で、お弟子さん達に振る舞われた。酒が入り酔いが回り祝い歌が歌われ、皆それぞれに祝ってくれていた。お弟子さんから坊ちゃんに鰹節が送られた。坊ちゃんは意味がわからずきょとんとしている。お弟子さんの1人が、坊ちゃんに鰹節は、おらの地方では”勝” ”男” ”武士”と言ってどんな事にも負けない立派な人になる様願いを込めて送るもんだとの説明があった。

 翌、11月15日 父母、「じー」、坊ちゃんドンは、着飾って神社へお参りに行く、神社の参道には出店が並んでいる。坊ちゃんは、父母の間に並び柏手を打って参拝し、千歳飴を買って貰った。次に、写真屋さんへ行って記念写真を撮って貰う。当時カメラはとても高価な物で、一般家庭で持っているなどと言う事はまれであり、格行事ごとに写真屋さんを頼み取って貰っていた。皆一緒にスタジオに入り、まず坊ちゃんだけの写真を撮る、千歳飴を持ち立ちポーズだ、カメラのレンズが坊ちゃんの方を向くこの時代のカメラはレンズが蛇腹に着いており、その蛇腹がカメラ本体の箱に付いているピントを合わせるにはこの蛇腹を伸ばしたり縮めたりする。そして光りが入らない様に、暗幕がカメラにかぶせられ写真屋さんも頭から暗幕をかぶる、フラッシュはカメラの横に取り付けられた大きい金属製の円形の反射板で、一回毎に電球を変える物だった。今の様な放電式ではなかったのだ。用意が出来て、シャッターを押したとたんドンが坊ちゃんの前に躍り出た、ドンはカメラを危険な物と思った様だレンズが坊ちゃんをにらみ蛇腹が伸び縮みしている、次の瞬間ものすごい光りが出るのだから、ドンがそう考えても仕方がない。もう一度取り直しである。母が『ドンちゃん、大丈夫だからね。』と言い聞かせる様に言って、父と「じー」が首輪を押さえている。今度は、ドンはおとなしくしていた。続いて坊ちゃんを真ん中に父母と撮る、さいごに父母、「じー」、坊ちゃんで撮り撮影は終わった。

 一週間後、木目の額に入った写真と、アルバムに納められた写真が出来上がってきた。写真屋さんの御好意で最初の1枚目のドンの鼻が写った写真も、添えられてあった。今にも『ワホッ!』と吠えそうな顔であった。

第33章 酉の市

 「酉の市」の立つ日には、おかめや招福の縁起物を飾った「縁起熊手」を売る露店が立ち並ぶ。また栗や唐芋で作った”黄金持ち”等が売られていて、本格的な寒さを迎える時期これを食べれば風邪を引かず、また名前の由来通り金持ちになれるとも言われて居た。坊ちゃんは、ドンとお弟子さん数人で酉の市に出かけた。酉の市では熊手の買い方にルールがある。熊手は熊手商と買った(勝った)、まけた(負けた)と気っ風の良いやり取りを楽しんで買うものとされ、商談が成立すると威勢よく手締めが打たれる(商品額をまけさせて、その差し引いた分を店側に「ご祝儀」として渡す)これで行くと結局お客は定額で買っている事になるのだが、熊手商にご祝儀を渡す事が粋な買い方とされていた。また焼き鳥、たこ焼き焼きそばなどの一般的なお祭りの露天商なども有り、こちらを目当てに行っても十分に楽しめる。ドンの背中に乗りぶらぶらと歩いていると、突然、熊手と黄金持ちを売っている露天商のおやじがドンの前にひざまずき両手をつき大声で『今年は神様がお宝を持って来てくれました。しかも神様は私の店にお越しになり、今皆様の前にいらっしゃいます。黄金餅の材料は栗と唐芋、ご存じの様に子宝に恵まれると言われております。今目の前にいらっしゃる神様はおいぬ様です。おいぬ様は安産の神様でありまして、当店の縁起物には安産の神様もお越しになっております。こちらの神様はお宝もお持ちくださいました、背中のお宝、お坊ちゃまであります。子は家の宝物と言われます様に・・・・・』と、調子の良い事を延々としゃべりまくり客を集めている。いきなり目の前で土下座をされれば、当然ドンは、そこで立ち止まる。別段この店にやってきた訳ではない、が、このおやじの様に調子よく縁起を並べられ、子宝に恵まれ、安産の神と、宝物まで付いたと成れば買ってみようかと思うかもしれない。ここへは熊手を買うのではなく縁起を買いに来ているのである。一緒に居たお弟子さんも感心していた。ドンは真っ白な大きな体でとても目立つ、その背中に坊ちゃんが乗っているのだから目立たぬ訳がない、ドンは神様に祭り上げられ、坊ちゃんは宝物にされてしまった。見物の客が集まってきた。いつの間にか坊ちゃんのまわりは人だかりに成ってしまった。中には、縁起を担ぎ神様とお宝に捧げ物と、たこ焼きなどを買ってくれる人も居て、坊ちゃんは悪い気はしていなかった。熊手も一気に売れた。この店のおやじが坊ちゃんとドンに、小さいお守り用の熊手をお礼にくれた。坊ちゃんは、『買った(勝った)』と言って熊手を受け取った。ポケットから10円玉を取りだし、祝儀だと言って渡した。坊ちゃんは、買い手と売り手のやりとりを見てそうする物だと思ったらしい。祝儀だと渡された以上、受け取らない訳には行かない。店のおやじは威勢良く手締めをした。

第34章 煤払い 大掃除

 12月28日、「じー」の家は煤払いをする。お弟子さん達総出での大掃除だ。女のお弟子さん達は手際よく、パタパタとはたきをかけ、拭き掃除をしている。男のお弟子さん達は、重い物を動かしたり、運び出したり掃除をしやすい様にしている。皆、手ぬぐいを頭からかぶりタオルをマスク代わりに縛っている。高い所は、脚立にのって男のお弟子さんが拭いたりもしている。坊ちゃんも、頭から手ぬぐいをかぶってはいる物の、ちょっと変だ。頭からかぶり、鼻の下で結んでいる。大掃除は、なくした物や、しまい込んで忘れていた物などが出てくる事もあり、書物などは捨てるかどうかまよっている間に、読みふけってしまったり等する、坊ちゃんも一生懸命に、ぞうきんを持ち、走り回っている。本人は手伝っているつもりなのだが、どう見ても邪魔をしているようにしか思えない。お昼に成り、係のお弟子さんが、皆を呼びに来る、手押しポンプで手を洗い、皆席に着く大きなお皿に乗ったおにぎりであった。おにぎりの中の具材は、色々な物が入っており、食べてみなければ解らない様になっていた。坊ちゃんはドンに、『うめぼし、うめぼし』と言った。そして、ドンを見ながら『これ?』と指さした。ドンが左足をあげる。坊ちゃんは、また違うおにぎりを指さし『これ?』とドンを見る、また左足があがる。何度か繰り返すうちに、ドンが『ワホッ!』と、吠え右足をあげた。坊ちゃんはそのおにぎりを取り美味しそうにほおばった。ドンにもおにぎりを取って食べさせた。ドンは特に好き嫌いはなく、蜜柑以外は、何でもよく食べる。おにぎりの中身は、梅干し、漬け物、佃煮、塩鮭等であったが、作ってから適当にお皿に並べられているので、作った係のお弟子さん達も、どこに何があるのかは、解らなかった。ゲーム感覚で楽しみながら、みんなで、わいわい言いながら食べた。坊ちゃんは、相変わらず、ドン、『昆布、昆布』とドンに聞きながら、おにぎりを取って食べていた。お弟子さん達も、ドンに、『ドンちゃん、鮭どれ?』などと聞いていたが、ドンがわざと間違えて、違う物を取らせたりして、『やだぁ~、違うよこれ』と、大いに盛り上がった。何故わざとと解るのかというと、坊ちゃんが聞いた物は、すべて当たっているのである。間違えているのはお弟子さんが聞いた時だけ、それも5回に1回ぐらいの割合で間違える。タミちゃんと呼ばれている、坊ちゃんの面倒をよく見てくれ、ドンもなついている娘がドンの所に来て、『ドンちゃん、あんたわざと間違えているでしょ?』とドンに言うと、ドンは『ワフッ』と答えた。タミちゃんが、『たくあんどれ?』と言いながらおにぎりを指さす、ゆっくりと指を動かして行くと、ドンが『ワホッ!』と吠えた。タミちゃんはそのおにぎりを取って食べた。中身はたくあんだった。お弟子さん達は、ドンにからかわれていたのだ、ドンがわざと間違えていた事を知ると、お弟子さん達は大笑いを始めた。何時もはお弟子さん達が、ドンをからかったりしていたのだが、この時ばかりは、ドンに一本取られたのであった。賢いなぁおまえはと、お弟子さん達に頭をなでられ、ドンはしっぽをパタパタと振り、顔は笑っている様であった。

第35章 餅つき

 朝から、「じー」の家では大きな釜で餅米を蒸していた、お弟子さん達の人数が多いので蒸す量も半端な量ではない。何故29日に餅つきが行われるのかと言うとここにも理由がある29日、ふく(福)の日なのであるこの日に餅をつき鏡餅を飾る。福を招く訳である。庭先には大きな臼と杵が置かれている。この家の主と、母もこの日は餅つきに参加する。坊ちゃんとドンも参加する。お弟子さん達は、手ぬぐいをかぶりたすきを掛けている、庭にはつきたての餅をのばしたりする為の台等も作られていた。坊ちゃんは、頭から手ぬぐいをかぶり何時もの様に鼻の下で縛った。お弟子さん達が蒸しあがった米を運んで臼に入れた、まずこの家の主と母でつきはじめた、息はぴったりと合っている、父が杵を振上げる、母が手水を付け餅をひっくり返す。ペッタンペッタンと餅をつく音が響く。ドンは杵を見ている、振り上げたり降ろしたりされる杵に合わせて頭が一緒に上がったり下がったりしていた。やっと最初の餅がつき終わったらしく、『おぉ~こわ』と言って、杵をおろした。(おぉ~こわとは、この地方の方言であぁ~疲れたと言う意味である。)次の蒸し上がった餅米が運ばれてきた。今度はお弟子さんたちがつきはじめる。つき上がった餅は、台の上で鏡餅になる。お弟子さん達が交代交代で、次々と餅をついている。皆、わいわいがやがやと実に楽しそうだ。男のお弟子さん達が餅をつきながら餅つき歌を歌い始めた、こうして次々とつかれた餅は女のお弟子さん達が一生懸命に平らにのばしている。昼時になり、係のお弟子さん達が、納豆や、大根おろし、きな粉、等を、持ってきた。きりの良い所で一段落し昼食と成る。皆銘々に好きな物をつきたての餅に付けほおばり始めた。坊ちゃんはお皿の上に餅をのせきな粉を付けドンに食べさせようとした。しかも餅にはきな粉が山盛りに乗っている。『ドンちゃん、きな粉餅だよ。』と言って、小さく箸で切り分け、ドンの鼻の前に持って行った。そのとたんドンが、鼻で”フンッ!”と、きな粉を飛ばした。大福餅を食べる時何時もドンはこうして粉を吹き飛ばすのだが、これと同じと思ったらしい。坊ちゃんは頭から、きな粉だらけになった。坊ちゃんは自分で小さく切り分けた餅にきな粉をたっぷりと付け、食べて見せた。それを見てドンは、坊ちゃんをペロペロと舐め始めた。お弟子さんの誰かが『おい、ドン。舐めても良いけど、坊ちゃんを食っちゃ駄目だぞ!!』などと冗談を言った。ドンは『ワフッ!』と言って、ペロペロ舐めた、顔についたきな粉は綺麗になめられ、もう一度坊ちゃんはドンに小さく切り分けた餅を食べさせようとした。ドンは大きく口を開けているが、鼻にきな粉が入ったのか、皿を近づけたとたん”クシュンッ!”と、くしゃみをした。坊ちゃんはまた頭からきな粉を被ってしまった。ドンは、『バホ バホ バホ』と吠えた。これには、一同、大笑いになった。『ワフゥ~』と、ドンは坊ちゃんに謝っている様だった。女のお弟子さんがおわんにお湯を入れて持ってきた、この中にお餅を入れきな粉をまぶす、それをドンに食べさせた。ドンは上を向き『ウマ ウマ ウマ』としっぽを振りながら食べた。次に、坊ちゃんは大根おろしを付けドンに食べさせた。こちらは気に入ったようで、しっぽを”ビンッ!”と立てパタパタと振っていた。坊ちゃんはきな粉、あんこ、などを付け食べていた。しばらくすると、ドンが坊ちゃんに背中に乗るよう仕草をした、坊ちゃんが背中に乗ると、母屋の台所に一目散にやってきた、冷蔵庫の前で『ワホッ!』と吠え開けるように吠えた。坊ちゃんが開けるとバターの箱の前に鼻を持って行き『ワホッ!』っと吠える。冷蔵庫にはドン用の無塩バターが入れてある、もちろんこのバターは元々は人間用で犬用のバターではない、ただ通常のバターより塩分が少ないだけである。無塩とは書いてあるが全く塩分がないわけではない。この箱を持って、また引き返した。坊ちゃんは餅にバターを塗り、ドンに食べさせる。ドンは満足そうにしっぽを”ビンッ!”と立てパタパタと振っていた。坊ちゃんも試しにバターを塗って食べてみた。が、無塩バターなので殆ど味がしない、坊ちゃんは醤油をつけてみた、意外とこれが美味しい。それを見ていたお弟子さんたちは、「ちょっとくれる?」と、真似してバターをぬり、醤油を付け食べた、意外な美味しさにこのバター餅は評判が良かった。午後からは、紅白の丸餅や、草餅、豆餅、棒餅なども作られた。夕飯は、「じー」の家でぼた餅が作られ、父母も揃ってみんなで食べた。この時代甘い物は贅沢品とされ、「じー」の家のぼた餅は、とても甘く味付けされていた。

第36章 大晦日

 母は、朝食を済ませると、台所でおせち料理を作り始めている。そばで、坊ちゃんとドンがうろうろしていた。五段重ねの重箱に次々と色とりどりに、入れられていく。坊ちゃんの目当ては卵焼き、ドンの目当ては栗きんとんであるが、母は、『じゃま、どいて。ドンちゃんもうろうろしないの!』と、とりつく隙もない。坊ちゃんは、ドンに乗り「じー」の家の厨房へやって来た、人数が多いだけに正月料理がこれでもかという様に、大皿に並べられている。「じー」の家では人数が多いので、重箱には入れず、大皿に見栄え良く乗せられて、何皿も作られる。ちょうど海老を焼いている所へやって来た、卵焼きはすでに出来ていた形良く盛り合わせる為に、両端を包丁で切るこの時に切られた端を坊ちゃんは貰う、一本の卵焼きで2個出来る訳だがこれが何本も作られるので、結構な個数になる。これをドンと分けて食べる、そうこうしているうちに焼き上がった海老が次々と並べられる。坊ちゃんは海老も2匹貰った、ドンと一匹ずつ食べた、ドンは海老を頭から丸かじりしていた。しばらく厨房で、つまみ食いをしていた坊ちゃんは次に、テレビのある部屋へ行った。「じー」にテレビをつけて貰い、「じー」とドンと一緒にテレビを見ていた。どこのチャンネルに合わせても、今年一年の出来事を振り返る番組だった。そこへ狸「じー」が湯飲み茶碗にお茶を入れ持ってきた。お茶のつまみは、すずめ焼きであった。すずめ焼きとは、この地方独特の物だと思われるが、小鮒を串に刺し焼いてたれを付けた物で有る。一般的には正月料理には使われないと思うが何故か「じー」の家ではこれも正月料理に入っていた。それを少し分けて貰ってきたのであった。なにやら「じー」と狸「じー」が、難しそうな話を始めている。坊ちゃんには何の事だか解らない。坊ちゃんは、ドンにもたれていつの間にか眠ってしまった。母が昼食の支度が出来たと呼びに来た、ドンに乗り母屋へ帰ってきた。昼食は大きな飾り寿司で有った。母の作る飾り寿司は、それは見事な物で巻き寿司の中に色々な絵柄が描かれている。玉子もふんわりと柔らかく焼かれていた。ドンと一緒に、一個の飾り寿司を分けて食べた。一個と言っても厚さ3cm、直径10cmぐらい有るので一個で十分お腹が一杯に成る。食べ終わると、また「じー」の家に行きテレビのある部屋でドンと一緒にテレビを見始めた。テレビでは、漫才や落語、歌番組、映画などをやっていた。坊ちゃんは歌番組を見始めた。お弟子さん達も食事が終わり、テレビの音がするので何人かがやってきた。部屋の外で、お弟子さん達が、『失礼いたします。』と声をかけた、「じー」は、『あぁ~、お入り』と、お弟子さん達を部屋に入れた。テレビの前には坊ちゃん、ドン、「じー」と並び、その後ろにお弟子さん達が座りテレビを見ている。坊ちゃんはテレビを見ながら、歌手の振り付けをまねて踊ってみたり、一緒に歌ったりして楽しんでいるようだ。ドンも自分の気に入っている曲だと、一緒に『わぉ~ん』と、歌っている様だった。歌番組が終わり次は、映画を見る。この頃、放送されていた映画はほとんどが外国の物で西部劇等が多かったが、たまに日本の映画なども放送されていた。坊ちゃんはドンにもたれかかって、テレビを見始めた。テレビでは、時代劇(当時、チャンバラ映画と言われていた。)が放送されていた。映画を見ているとあっという間に時間が経ってしまった。夕飯の用意が出来たと、母が呼びに来る。ドンに乗り母屋へ帰り夕飯を食べまた「じー」の家に行きテレビを見ていた。NHK紅白歌合戦が始まった。お弟子さん達がぞろぞろと集まりだした。一部屋だけではたりないので襖を開け二間を解放した。ここでも一番前の真ん中に坊ちゃんとドンは陣取っていた。お弟子さん達は、今年は紅だとか、いや今年も白だとか言いながらテレビを見ている。坊ちゃんはテレビを見ながらいつの間にか眠ってしまった様だ。坊ちゃんは母に起こされた、いつの間にか父母も「じー」の家に来ていた、母が『おそばが出来たって。食べましょ。』皆でぞろぞろと食堂へ行く、テーブルの上には、ずらーっとそばが並べて用意されている。別段座る場所は指定されていないのだが、暗黙のうちに順番が出来上がっている様だ。坊ちゃんは何時もならば、出入り口の近くの一番端っこに座っているのだが(隣にドンが来る為)今日は、別の所に席が用意された。坊ちゃん用の椅子は子供用の椅子が置かれていたのでその席が坊ちゃんの席と一目でわかる。上座から「じー」、父、母、兄、坊ちゃん、ドンという順番であった。一家揃って、またお弟子さん全員揃っての年越しである。みんなでそばを食べ始める、遠くで除夜の鐘が鳴り始め、新しい年が明けた。

第37章 おせち料理 雑煮

 元旦の朝、坊ちゃんはこの家の主である父と、母に新年の挨拶をする。この家の主の父から、お年玉を貰う。その後、ドンに乗って「じー」の家に行く、お弟子さん達はきちんと、お稽古部屋で座っている。坊ちゃんも、お稽古部屋でドンと座っていた。「じー」と、坊ちゃんから狸じーと呼ばれている、お弟子さんのしつけ教育全般を行っているお弟子さんが前に出て、新年の挨拶をした。この家の主と、母が「じー」の家にやってきた。そして新年の挨拶を交わす。いよいよみんな揃っての朝食と成る。テーブルの上に、大皿に盛りつけられたおせち料理が幾皿も等間隔で置かれている。「じー」の家では、お弟子さんの人数が多いので、おせちは重箱に入れず大皿に見栄え良く盛りつけて幾皿も作られる。このおせち料理はお弟子さん達が、毎年交代で作るので、お弟子さんの出身地等で、内容は変わる。お雑煮が運ばれてきた、このお雑煮も、作る人によって色々変わる、本来この地方のお雑煮は、ハバノリと呼ばれる海苔を入れたシンプルな物だが、「じー」の家ではお弟子さん達が交代で作るので、そのお弟子さんのふるさとの味が、再現されるのである。使われる餅も、丸餅であったり角餅であったり、焼かれていたり、そのまま煮てあったり、汁も塩仕立て、醤油仕立て、味噌仕立て、と色々であった。また味噌や醤油はお弟子さんの出身地の物を使う事が多く色々な味が楽しめた。坊ちゃんも、色々な味が楽しめる「じー」の家のお雑煮を楽しみにしていた。この時のお雑煮は大変珍しく、皆食べ始めて『おぉ~!』と声を上げていた。丸餅の中に、アズキ餡が入っており白味噌仕立てになっていた。香川県や、岡山県の一部では、アズキ餡を丸餅に入れたアンコ餅雑煮を正月に食する習慣があったのだ。坊ちゃんはこのあんこ雑煮がとても気に入った。おせちの焼き物も、一般的には鯛や海老などが使われるが「じー」の家では、ブリ、ウナギなどが使われる事がある。ブリは出世魚で、出世を祈願した物、ウナギはうなぎ登りからやはり出世を祈願した物で有った。ドンにもお雑煮が振る舞われた。坊ちゃんはお餅を小さく箸で切り、『フゥ~、フゥ~』と冷まし、さめた物をドンの口に運んだ。ドンは何時もの様にしっぽを”ビンッ!”と立てパタパタと振った。アンコ餅雑煮はドンも大変気に入った様であった。坊ちゃんはこのあんこ入りの丸餅を幾つか貰ってきた。このまま焼いて食べても美味しいと言う事で、母におやつに焼いて貰って食べた。母は、坊ちゃんにおせちの重箱を広げ『はい、どうぞ』と言った。父母、坊ちゃん、ドンでおせちの重箱をつつき始めた。坊ちゃんはおせちの伊勢エビにかぶりついた。美味しそうに食べている、父は笑いながら『伊勢エビは飾りも兼ねているので、最後まで取っておくもんだ』と、坊ちゃんに言った。言われてみればなるほど伊勢エビの無いおせちの重箱は、真ん中にぽっかりと隙間が空き、間が抜けた様になってしまった。母は、台所に行き茹でた伊勢エビを持ってきて入れた。こんな事もあろうかと、何匹か買ってきて茹でてあったのだ。

第38章 獅子舞

 坊ちゃんの家の前に、獅子舞がやってきた。何人かでグループを組みやってくるのだが、獅子頭と後ろ足で2人、笛と太鼓で2人、獅子を操る人で最低でも5人は居たと思う。これとは別にこの地方でよく見られた物で、1人で獅子頭を被り、腹に太鼓を付けた人が3人が一組で踊る三匹獅子舞という物もある、これには、天狗・河童・猿・太夫・神主といった道化役がいるものもある。賑やかなお囃子が始まった。これは門付けなどと呼ばれていた。母は、直ぐに飛び出して獅子を庭に招いた。坊ちゃんの家の庭で獅子舞が始まった。坊ちゃんとドンは、直ぐそばで見ていた。獅子を舞っているそばで、ドンが獅子の動きに合せて体を動かしている。こっちの方がより獅子らしい動きである。獅子が大きく口を開けた。ドンも負けじと大きく口を開けた。どうも獅子の動きが変、獅子を操っている人がドンの大きく口を開けた姿を見てびびっているようだ。それもそのはず、ドンには首のまわりにライオンの様なたてがみが生えている、体重も100kgを超える大きな犬だ。この犬が大きな口を開け、獅子舞の獅子に合せて『がぉ~!』とやっているのだからたまったもんじゃない。後ろ足をやっている人は、外の状況が解っておらず軽快に足を動かしている。前足と獅子頭を動かしている人は、状況が解っているので動きが少し変になってきた。お囃子をしている人も、焦り初めて囃子が違ったりしている。頭を獅子にかじって貰うと頭が良くなり、またその年は病気をしないなどと言われて居たので、母は獅子を操っている人にお願いした。坊ちゃんの頭を獅子がパクッとしようとしたとたん、ドンが躍り出て獅子の前足に、軽く体当たりをした、もんどり打って倒れる獅子の前足、母は、おどろき直ぐに獅子舞の一行にお詫びをした。母屋の庭は、坊ちゃんが遊んでも怪我をしない様に軟らかい土なので幸いにも獅子舞の一行には怪我はなかった。父がやってきて、お詫びし、この一行を母屋に招き入れた。酒をつぎおせちをすすめながら父母は、改めて一行にお詫びした。話は当然でかい犬ドンの話になった。父はちょっと自慢げに『あの犬は俺が子犬の時に買ってきたんだが、何時もこの子を守ってくれている。今までにも何度もこの子は、命を救われてきた。今回の事も、この子が危ないと思ったんだろう。申し訳ありませんねぇ。しかし、あの犬は頭が良いので、本気は出してなかった様だ、本気になれば、牛や馬、虎でも倒す』と聞かされて驚いていた。母が、ご祝儀を持ってやって来た、お詫びもかねて少々何時もよりは多く入っている様だ。祝儀を受け取ると『ごちそうになりました』と言い父に是非隣の家にも行く様にすすめられ「じー」の家に向かった。関所の様な木戸の所で門付けが始まった。「じー」は庭に招き入れ、「じー」の家の庭で、獅子舞が始まった。「じー」の家の庭は純日本風の広い庭で、お弟子さんも大勢いてお弟子さん達が演奏する舞囃子に合せて踊るのだから獅子舞一行も緊張する。一通り舞終えると、そばで坊ちゃんがニコニコ座っている、隣にはあのでかい犬が控えている。母が、『この子がまだ頭をパクッとしてもらってないので是非お願いします。』と一行に頼んだ。獅子頭を動かしている人が、おそるおそるドンの方を見ながら、坊ちゃんの頭に獅子頭を近づける、ドンが一歩前に出る。獅子頭を動かしている人は、冷や汗をかいている様だ、母がドンに『大丈夫だからね』と言い聞かせている。ついに坊ちゃんの頭が獅子頭にかじられた。今度はドンは、パタパタとしっぽを振って見ていた。「じー」が、昼を一緒に食べていく様に一向に勧め、お弟子さんに案内され食堂に向かった。一行分の椅子が用意され、入り口近くのテーブルには坊ちゃんとドンが座っている。先ほどの家と言い、今度の家と言いとんでもない家に来てしまったと、獅子舞の親方は後悔しているに違いなかった。約2時間で、この家の主の家、「じー」の家と、まだ二軒しか回っていないのだ。昼食を御馳走になり、一際大きい祝儀袋を渡され獅子舞一行は次の家にと向かっていった。ドンは、数時間の間に、獅子舞の振り付けを覚えてしまい、獅子舞の獅子の様に頭を振ったり体をくねらせていた。タミちゃんと呼ばれている娘がやってきたドンの仕草を見て笑い転げていた。ドンの仕草は、ふざけているのか、どこかユーモラスで滑稽に舞っていた。獅子舞ではなく犬舞であった。

第39章 坊ちゃん入園 中退??

 「じー」の家の庭に桜が咲く頃、坊ちゃんは幼稚園に入園した。今日は入園式である。朝から母は、髪を結い直し、着物を着て着飾っている。この日は、子供の入園式と言うより、母親達の着物自慢大会の様な光景が、繰り広げられる。坊ちゃんは、母に連れられ、近所の幼稚園へ向かった。ドンはこの日はお留守番である。ドンも坊ちゃんが母と一緒なので、安心している様だ。幼稚園に着くと、母は、周囲の母親達に軽く会釈をして席に着いた。園長先生の挨拶が長い、やっと終わったと思ったら、来賓者挨拶など延々と行われる。その後、各組毎に、分けられる。担任の教諭が自己紹介をし、各教室へ向かう。教室では机に番号が書かれている。自分の名札に書かれている番号と同じ席に着く、母親達は教室の後ろで、その光景を見ている。番号順に自己紹介をする事になった。番号を言って自分の名前を言うだけの事だが、小さな子供にはそれが中々出来ない。やっと坊ちゃんの所まで順番が回ってきた。坊ちゃんは普段から父の仕事の関係で大勢のお客さんや、「じー」の所のお弟子さん達に囲まれて育っているので人見知りはしない、立ち上がり、大きな声で自分の名前を言って座った。担任の教諭から、簡単な説明があり、持ってくる物などが、書かれている印刷物等が渡された。無事に入園式が終わり、母と一緒に帰ってくる。翌朝坊ちゃんは、ドンに乗り幼稚園へと向かった。幼稚園の庭ではすでに何人もの子供達が遊んでいた。正門の所で坊ちゃんは、『おはようございます。』と、大きな声で挨拶をした。そのとたん、「ぎゃー!」、「うわぁーん!」、「ひぃーやあぁー!」などの悲鳴に近い声が響き渡った。子供達が逃げ惑っている。坊ちゃんは、『ドンは怖くないよ』と言って子供達に近づこうとする、近づかれた子供は、『ひー!!』と言って逃げる。中にはそのまま放心状態で座り込む子供もいた。幼稚園の庭は、地獄絵図の様な、光景になった。悲鳴を上げ逃げ惑う子供達、それを追いかける、100kgを超える犬と、その背中に乗る坊ちゃん。教諭達がやって来て、子供達を教室へと入れる。坊ちゃんは、ドンをみんなに紹介し、仲良くみんなで遊ぼうと思っただけなのに、みんな逃げてしまった。子供達の目から見れば、ドンは自分の背丈よりも大きい犬だ。ビックリするのも仕方のない事だ。1954年に映画ゴジラが上映され子供達の間でも、怪獣と言う言葉が流行っていた。ドンは子供達から見れば、怪獣に見えたのかもしれない。坊ちゃんはドンに『帰ろう』と言った。坊ちゃんは、幼稚園で友達になるであろう子供達よりもドンを選んだのだ。坊ちゃんは、『ドン、ずっと一緒だよ』と、ドンに話しかけた。ドンは『ワホッ』ッと返事をした。家に帰り、坊ちゃんは幼稚園の出来事を母に話した。母は、父と相談してから、幼稚園に出かけて行った。1時間ほどして母が帰ってきた。母は、『明日からは、幼稚園には行かない。解った。??』と、坊ちゃんに言った。坊ちゃんは『うん、解った』と、返事をして「じー」の家にドンに乗り向かった。母は、『「じー」に後で私が行くって伝えてね。』と言った。「じー」の家に行くと、お弟子さん達が、『幼稚園は?』と口々に坊ちゃんに聞いた。坊ちゃんは『幼稚園は辞めた』と、お弟子さん達に言った。坊ちゃんは「じー」の部屋でドンと一緒に「じー」にお茶を立てて貰い和菓子をほおばりながら、今日の出来事を「じー」に話して聞かせた。しばらくすると母がやってきた、「じー」は母にも茶を立てて静かに『どうぞ』と、茶を差し出した。母は、一礼をして茶を頂きながら坊ちゃんの話を、「じー」にした。「じー」も坊ちゃんの入園は、喜んでくれていたし、靴や鞄なども買ってくれたのだった。。母は、「じー」に、平謝りをしている、「じー」は笑いながら、『今、その話をこの子としていたんじゃよ。この子はこの子なりに考えた上での判断であり、自分の意志をしっかりと持っておる。自分には世話をしてくれる人はたくさんいる、でもドンには自分しかいない、だから一緒に居る。今日、子供達が逃げ惑うのを見てそう思ったそうだ。良いではないか、好きにさせれば』と母に言った。こうして坊ちゃんの学歴は、入園二日目にして幼稚園中退と成った。

第40章 梅干し

 梅の実が熟す6月、母が梅干しを作る。「じー」の家でもお弟子さん達が梅干しを作る。梅干しの作り方にも、地方によって若干の違いがある様だ。黄色く熟した実を、傷の有る物無い物の選別から始まる、傷があるとカビが生え安く成るそうで、梅干し作りにはカビは大敵だ。お弟子さん達は、楽しそうに梅干しを作っている。母が作る梅干しは、さほどの量ではないが、「じー」の家では大量に作る。坊ちゃんは母の梅干し作りの手伝いをしていた。母は、黄色く熟した梅の実を丹念に水洗いしていた。水洗いした物を実タオルで水を綺麗に拭き取り廊下に並べたザルの上で乾かしていた。乾いた梅の実のヘタ取りをする、爪楊枝で丁寧に身に傷がつかない様に注意して取り除く、坊ちゃんも一生懸命お手伝いをしている。この作業がまた根気のいる作業で一個一個、丁寧に行うので手間も掛かる。毎年母は、瓶二個分の梅干しを作る、一年でそんなに食べられる訳もなく、当然、残ってしまう。残っていても、今年実った梅を捨てるのは勿体無いと毎年毎年作る、そして作った年度を書いた紙を貼っておく。梅干しは保存状態さえ良ければ何年も持つ、古い塩のなじんだ梅干しはとても美味しい、また同じように作っても作った人によって味も若干変わる。母は、焼酎で、使う道具を消毒し、塩漬けの行程に入った。塩を敷き綺麗に梅が並べられまた塩を入れ交互に塩と梅が入れられた。落とし蓋をし、上に重しが乗せられた。一応はこれで終わりと成る。4~5日このまま涼しい所でホコリが入らない様注意して保管する。坊ちゃんは次に「じー」の家に行った。「じー」の家では大量の梅の実が洗われて戸板の上で乾されている。乾された梅は次々とお弟子さん達がヘタを取り除いている。こちらも次々と瓶に、塩漬けされていく、1人のお弟子さんが、「おらの田舎では、こんなでけぇ梅干しがあるだよ」と、両手で丸を作って見せた。ゴルフボールぐらいの大きさである。そんなに大きい梅がある物かと言う事になり、実家から送ってもらう事に成った。大きい梅と言えば南高梅が有名だがさらに大きい梅干しの様だ。そんなこんなでこちらも数時間後、塩漬け作業が終了した。何日か経って、送られてきた梅干しは、見た事もない大きい梅干しであった。八助梅と言われる物で梅とは言ってもこれは杏子の実を梅干しの様に漬けた物で有った。このお弟子さんの地方では、梅干しと言えば八助の事をさす様だ。坊ちゃんは早くこの巨大梅干しを食べてみたくてわくわくしていた。夕飯まで待てない。厨房へ行き一つ分けて貰った。ドンと一個の八助梅を食べてみる坊ちゃんもドンも、顔をしかめた、やはり梅干しの味だ、ただ普通の大きい梅干しと違いこちらは、カリカリ梅を柔らかくした様なしゃきっとした食感だ。夕飯にはもちろんこの八助梅が出てきた。4~5日後、塩漬けされた物に紅紫蘇を入れる、こちらも丁寧に塩もみしアクを十分に抜くそれに梅酢を加え一枚一枚丁寧に広げ、塩漬けされた梅の瓶の中に入れる。全体が浸るぐらいに梅酢を入れ、涼しい冷暗所に保管する。7月の20日頃、梅をザルに広げ干す、3日ぐらいで裏返しまた3日ぐらい干す、何故20頃に行うのかというとこの頃が一番日差しが強く、天候も安定しているので、この頃に行われる事が多い。坊ちゃんは、塩がなじんで柔らかくなった梅より、堅い梅が好きだ、坊ちゃんはここで干されている、梅をぱくついている。毎年の事だが、「あんまり食うと腹をこわす」と、お弟子さんに注意されているのだが、これで腹をこわした事はまだ無かった。



第42章 お盆 蛍

 母は、提灯のろうそくに火を付け、坊ちゃんとドンとで、夕方、お墓に行き線香を供えた。迎え火というお盆の行事で、ご先祖様を迎えに行くのだ。帰りに、草むらで小さく青白く光っている蛍を見つけた。その蛍が何時までも後をついて来る、母は、『今年は、蛍になってご先祖様が帰ってきた』と、坊ちゃんに話した。坊ちゃんはご『先祖様って何?』と母に聞いた。母は、「じー」のじじ、ばば、そのまたじじ、ばば達と解った様な解らない様な説明を坊ちゃんにした。ドンはこの青白く光る小さな虫を、不思議そうな顔で見ていた。家に着くと、父が縁側に座っていた。浴衣を着てうちわを持ちパタパタと扇いでいた。坊ちゃんとドンも縁側で夕涼みをした。そこへ母がスイカを切って持ってきた。スイカを食べていると、庭で蛍が光っている。ドンは、庭へ降り蛍を捕まえようと、『ワホ ワホ』言いながら跳び跳ね始めた。父は、ドンに『おまえにゃむりだよ』と言って笑っていた。母は、うちわで蛍を扇ぎ落ちた蛍を捕まえて、蛍カゴに入れた。これを見たドンは、しっぽをぶるんぶるん、振り回し始めた。どうやら、しっぽで蛍を扇いで落とそうとしている様だ、賢い犬である。が、高さがたりない、蛍が飛んでいる所までしっぽは届かなかった。

第43章 銀杏拾い

 晩秋の頃、イチョウの葉は黄色く色づく、草の葉や木の葉などが枯れ、目に映る光景が古いセピア色の写真を見る様な色合いに成る。この時期お弟子さん達は近所の神社へ銀杏を拾いに行く、坊ちゃんはドンに乗り一緒に連れて行って貰う。鳥居の所で坊ちゃんはドンから降りる、ドンは神社では、坊ちゃんに異常がない限り銀杏の木には、近づかない。これにはこの様な理由がある、イチョウの実は、匂いが臭いのだ、”う○ち”その物の匂いがする。また手で持つとかぶれたりもする。ドンはこの匂いがいやなのであった。お弟子さん達は、前日にこの家の主から青竹を一本もらい2~3cm幅、長さ40cm~60cmぐらいに切った物を何本も作る、そしてろうそくの炎で炙りながら真ん中を徐々に曲げていき、ピンセットの様な形にする。これで銀杏を挟み、ビニール袋に入れる。坊ちゃんは何時もの事だが、ある程度拾うとビニール袋を持ってドンの所へ行き鼻先で広げる、ドンはあまりの臭さにその場を逃げ出す。それを見て坊ちゃんは”きゃっきゃ”とはしゃぎまわる。何度か繰り返すうちにドンの逆襲が始まる、坊ちゃんがしゃがみ込んで銀杏を拾っていると後ろから近づき、両足の間に鼻を突っ込み軽く持ち上げる。ドンは、しっぽをパタパタと振り、その顔は笑っている様であった。ドンの反撃手段はそれだけではない。しゃがみ込んでいる坊ちゃんの頭の上に、前足を乗せる、これだけで坊ちゃんは立ち上がる事が出来なくなってしまう。『ドン!放せ~!!』とじたばたするのであった。こうして拾った銀杏の袋の口を結わえて貰って、ドンの背中に乗りお弟子さん達と帰る。「じー」の家に帰り、皆で銀杏の種(殻)を取り出す、取り出す方法は色々ある様だが、一般的には、ゴム手袋をして袋をもみ、種を取り出す方法や、袋のまま土中に埋め実を腐らせる方法などがあるが、坊ちゃんは力業の足で踏んで種を取り出していた。この頃の子供達は皆拾った銀杏を足で踏んで種を取り出していた様だ。取り出した種は水で良く洗い乾かす。こうして出来あがった銀杏は、茶碗蒸しや殻ごと煎ってつまみにされたりする。すき焼きの中に彩りとして入れられたりもする。ただし銀杏は多量に食べると中毒を起こす事がある。大人の場合は大量に食さなければ問題はないが、子供の場合特に5歳以下の子供に発症例が多い為、「じー」の家や、この家の主の家でも銀杏は万が一の事を考えて少量しか食さない。当然それは坊ちゃんの事を考えての事だが坊ちゃんは不満そうであった。

第44章 酔っぱらい

 その日、夜遅く父は酔っぱらって帰ってきた。玄関で『おぉ~い、帰ったぞ~ ウィッ』とやっている。母が、玄関先に小走りに向かう。父はべろんべろんに酔っぱらって、玄関先に座り込み、坊ちゃんを呼んだ。母が『もうねてます。!!』と、不機嫌そうに言い放った。父は、『起こしてこい!!』と母に言った。『もう遅いんだから明日にすれば!!』と、母が言った。段々と険悪なムードに成ってきた。そこへドンがやってきて父母の間に、割り込み『ワホッ!』とニコニコ笑っている様な顔で、吠えた。父は、ドンにも坊ちゃんを起こしてくる様に言った。ドンは、父の言っている事が解らないと言う様なそぶりで首をかしげて『ワフゥ~~』と鳴いた。深夜の1時を過ぎていた。母は、『もう知りません』と、部屋に戻ってきてしまった。父は、お土産に買ってきた折り詰めの寿司を坊ちゃんと食べようと思っていたのだが時間が時間なので、すでに坊ちゃんは寝ていた。母も、夜遅く帰ってきて無茶な事を言う酔っぱらいに少々不機嫌に成っていた。相変わらずニコニコしているのはドンだけだった。父は、玄関先で『おぉ~い、おかぁちゃん、美人の奥様、お水ちょうだい』等と言っていた。母は、コップに水を入れ持ってきて『あぁ~もう、うっさい!!』と、水を渡した。父は普段は職人らしく無口だが、酒が入るととても明るくなる。買ってきた折り詰めの寿司を開けて、『ほれ、食べろ。うまいか?』と、ドンと一緒に食べ始めた。まだ大分酔いが回っている様で、ドンに色々と話しかけている。その都度ドンは、『ワフ』と相づちを打っていた。『ほれ、もっと食え』とドンの口に寿司を運ぶ。そして最後に、両手をついて坊ちゃんを頼むと、深々とドンに頭を下げた。ドンは、任せなさいとでも言う様に「バゥッ!」と答えた。父は、どうしても坊ちゃんと一緒に寿司を食べたいらしくドンに、明日もう一度買ってくるからな、今日おまえが寿司食った事は内緒だぞ。とドンに言った。ドンは、『ワホッ!』と返事をした。内緒にしなくともドンはしゃべれないのだが。父は玄関先で眠ってしまった。母は、父を起こしながら部屋へと連れて行った。ドンは、今食べた折り詰めの寿司の包み紙や、折をゴミ箱に咥えて行って捨てた。母は、父を布団に寝かしつけて戻って来た。『あら、ドンちゃんありがとう。かたづけてくれたんだ』と、大きなゴミ袋を持ってきて、ゴミ箱のゴミを捨てた。ドンは”おやすみなさい”とでも言う様に、母に『ワホ~~』と言って坊ちゃんの部屋に戻ってきた。翌日、父は10時頃にふらっと家を出て、11時頃帰ってきた。少々飲んでいる様だ。『おかぁちゃぁ~ん、ただいまぁ』と、寿司の折り詰めを人数分持ち帰ってきた。母が玄関先へ行く、昨日と全く同じ状況だ、ドンが、父母の間に大きな体でぐいぐいと、割り込む。ニカッと笑い『ワホッ』ッと吠える。父は坊ちゃんを呼んでくる様に、母に言った。母は、言われるままに、坊ちゃんを呼びに行った。坊ちゃんがやって来た。『ほら、お寿司だぞ』と、坊ちゃんに折り詰めを渡した。坊ちゃんは寿司が大好きである。満面の笑みを浮かべて喜んでいる。父はこの顔が見たかったのであった。父母、坊ちゃん、ドンで父母の部屋に行く、母がお茶を入れ、こたつに入りながらみんなで寿司を食べる、ドンは父のそばにすり寄り小声で、「ゴニョゴニョ」と言っている。父はドンに、『黙って食え!』と言った。ドンの折り詰めは、海苔巻きであった。坊ちゃんはドンの折り詰めと、自分の折り詰めを半分づつにしてドンと一緒に食べた。ドンは昨夜、折り詰めのにぎり寿司を食べていたので父は海苔巻きを買ってきた、父は、坊ちゃんが、ドンと半分ずつ食べるのを、解っていたので坊ちゃんにドンの分と、海苔巻きの折り詰めを渡したのであった。坊ちゃんは普段の父も好きだが、酔っている父も大好きであったが、飲み過ぎてへべれけに成っている父は、好きではなかった。

第45章  秋祭り 稲穂祭り

 秋祭り、別名、稲穂祭りなどと呼ばれている祭りで、秋の収穫に感謝する祭りだ。主に農村地域で行われている事が多い。朝早くから母は、飾り寿司、稲荷寿司などを作っている。台所から、甘い匂いがしている、坊ちゃんの大好きな、甘酒だ。甘酒には、酒粕を使った物と、麹を使った物がある。坊ちゃんの母は何時も、麹を使った物を作る。ご飯粒の様な麹のつぶつぶが入った物だ。しかも、とても甘い。この時代甘い物は高級品とされ、砂糖をふんだんに使える家庭は裕福な家庭と言われて居たが実際には、どこの家も祝い事には砂糖はふんだんに使った。坊ちゃんはちょっと大きめの、お寿司屋さんの、湯飲み茶碗の様な茶碗に甘酒を入れて貰った。ドンは走って行って坊ちゃんの部屋に置いてある、自分の水入れを咥えて来た。この水入れは金属製の洗面器の様な形の水入れであった。それに、甘酒を入れて貰い、さめるまでしっぽをパタパタと振って、お座りをして待っていた。ドンは、一度足を火傷しているので熱い物は特に気をつけている様だ。坊ちゃんが湯飲みを持ち、『フーフー』しながら、飲み始めた、ドンも鼻を近づけるが、まだ熱いらしく飲もうとはしない。坊ちゃんは、ドンの洗面器の様な水入れに顔を近づけ『フーフー』と口を尖らせてさましていた。洗面器の様な入れ物なので湯飲みの様な形状の物より中身がさめるのは断然早い、しかも坊ちゃんは入れ物を両手で持ち左右に揺らしながら、『フーフー』とやっていたので、思ったより早くさめてしまった。坊ちゃんは甘酒の入った水入れの下の方に手を当て熱くないのを確認して、『ドン、大丈夫だよ』と言ってドンに飲ませた。ドンは舌先を器用に丸めて、スプーンの様な形にしてペロペロとすくい飲んだ。この間に、坊ちゃんの湯飲みの中の甘酒も冷めてしまったが、ドンと一緒に肩を揺らしながら美味しそうに飲んでいた。お昼頃、賑やかなお囃子が聞こえてきた山車、屋台などと呼ばれる、車輪のついた御神輿の様な物を大勢で引き回しながら部落中を練り歩く。部落の奥さん達は、自分の作った太巻き寿司、いなり寿司などを持って、引き回している人達に食べて貰う。この時代祭は部落中総出で、参加し楽しむ物だった。坊ちゃんは、ドンと道に出てその光景を楽しみながら『わっしょい わっしょい』とかけ声をかけていた。ドンも、お囃子に合せ『ワッホ ワッホ』と、吠えていた。夕食は「じー」の家で、お弟子さん達と一家揃っての食事となる。当然、ドンも一緒だ。母がいて坊ちゃんの面倒を見ているので、ドンはお弟子さん達の間を、のそのそと歩き回っていた。何時も坊ちゃんの面倒を見てくれている、タミちゃんと呼ばれて居る娘が『ドンちゃん、こっちにおいで』とドンを呼んだ、ドンは『ワホッ!』と返事をしてタミちゃんの所へ行き脇に座った。ドンは鰹の刺身が大好きである、特に秋のこの時期、戻り鰹と呼ばれる物は脂がのって美味しい。ドンはタミちゃんに割り箸で鰹を取って貰い、直接口に入れて貰って食べた。ドンはこのタミちゃんにも懐いていた。口に入れて貰うと、すくっと立ち上がりしっぽを”ビンッ!”と立てパタパタ振るので、皆おもしろがって、鰹を食べさせようとするのだが、数人の坊ちゃんの面倒を良く見てくれているお弟子さんからでなければ食べようとはしなかった。タミちゃんは、おもしろがってドンに鰹の刺身を食べさせ、笑い転げていた。『ドンちゃん、サンマ食べてみる?』とタミちゃんが聞いた。ドンは『ワホッ!』と答えた。この地方では新鮮なサンマが水揚げされるのでサンマも刺身で食されていた。この時期のサンマも脂がのりとても美味しい。ドンは、すくっと立ち上がり、しっぽを、ぶるんぶるん振り始めた。しっぽを振ると言うよりは、振り回すに近い振り方だった。それほどサンマの刺身は美味しかったのだろう。テーブルの上には、母が作った飾り寿司が乗せられている。もちろんお弟子さん達も巻き寿司、稲荷寿司などは作るが、母が作る様な見事な飾り寿司は作れない。母に教えて貰いながら、簡単な模様を入れて作った。甘酒は、麹と酒粕で作った物が用意されている。坊ちゃんは麹の方が好きでおかわりをして飲んでいた。楽しい秋祭りの一日であった。

第46章 母とドン・・母はつよし!!

 母は、台所で朝食の支度をしている、炊きたてのご飯の香り、作りたての味噌汁の香りがしている。朝食が出来たと母が呼びに来た。廊下をドンが先に歩いて行くが、途中で立ち止まり動かなくなった。母が、『ドンちゃん忙しいんだから急いで!』 と言ってもドンは、『クォ~ン』と言って動かない、『ドンちゃんどうしたの!』と母がドンの前を見ると、ゴキブリが一匹廊下にいた。ドンはゴキブリが苦手であった。と言うのには理由があった。坊ちゃんと虫取りをしていた時にクワガタムシを鼻で突いて鼻を挟まれた事があった、それからカブトムシや、ゴキブリなどを見ると怖がるのである。母が、『でかい図体して意気地がないんだからもぅ~。踏んづければ良いでしょ~、踏んづければ。でかい足してんだから~。』と新聞紙を取ってきて丸め、”バシッ!”ッと叩いて仕留め、新聞紙で掴み、ゴミ箱へ捨てた。坊ちゃんは、”かぁ~チャンすげー”と思った。ドンとどっちが強いのかとも考えた。食事を済ますと母は、庭で洗濯を始めた。この頃は洗濯機等と言う物はなく、洗濯と言えば、たらいと洗濯板が定番であった。坊ちゃんは、庭でドンと遊んでいた。母は、坊ちゃんを呼びたらいで水遊びをさせた。坊ちゃんは喜び、たらいの中で足踏みをしながら遊んだ。ドンもやってみたくて、しっぽをパタパタ振っている。母は、『ドンちゃんもやってみる?』と聞いた。ドンは、待ってましたとばかりに『ワホッ!」ッと答えた。坊ちゃんをたらいからだしドンの前足だけをたらいに入れる。ドンは喜んで足をばたつかせている。そこへ母が、洗濯物を入れた。結局ドンは母に、洗濯の手伝いをさせられていたのだ。ドンはそんな事とは知らず、楽しそうに前足でドスドスと洗濯物を踏んでいた。ドンに遊んでいると思わせ、実は洗濯を手伝わせる。かぁ~チャン恐るべし。洗濯が終わると、部屋の掃除だ、母は、次から次と手際良くこなしている。母は、掃除が終わると直ぐに昼食の準備に掛かる。今日はとんかつを揚げている。坊ちゃんは『お肉、お肉と』台所でドンと、母の作るとんかつを見ていた。『ほら、じゃま』と、坊ちゃんとドンは、じゃまにされながらも、とんかつが揚げられていくのを見ていた。父、母、坊ちゃん、ドンで、計4枚揚げる訳だがお肉は3枚。母は、一度揚げたとんかつから中の肉だけを器用に撮りだし、もう一枚、作っている。つまり、中身のないとんかつの衣だけの物が出来た。この中身の入っていないとんかつモドキが、ドンのおやつになる。ドンの食事は朝晩の2回で昼食はない。当時どういう訳か、犬は一日二回の食事だった。だからこの場合、ドンは昼食ではなく、おやつだ。それを見たドンは、母のそばにすり寄り、『中身入ってないんですけど』とでも言う様に『ゴニョゴニョ』と母に言った。母は、『嫌なら食うな!!』と、ドンに言った。ドンは『ワホッ』と目を丸くして『クォン クォン』と母に謝る様な仕草をした。この家で、一番強いのは、”かぁ~チャン”だと、坊ちゃんは思った。

第47章 遠足

 坊ちゃんは、幼稚園は二日で中退した物の、父母に買って貰った幼稚園の服や帽子、「じー」に買って貰った鞄、靴などはそのまま持っている、坊ちゃんは幼稚園の服を着て帽子をかぶり鞄をさげてドンに乗っていた。鞄の中身はぼっちゃんとドンのおにぎりが入っている。もちろん水筒も大小二個持ってたすきにかけていた。行き先は「じー」の家の庭である。「じー」の家の庭は、四季折々の花が咲き、色々な木々が植えられている。また、「じー」の趣味の盆栽等も有り、庭はお弟子さん達に手入れをされていた。坊ちゃんは、庭にある大きい岩のような庭石の上にドンと座り周りを見ていた。お弟子さん達が坊ちゃんに「何してるの?」と聞くと、坊ちゃんは『今日はお弁当持って遠足だよ。』と、おにぎりの入った鞄を見せた。坊ちゃんは、『ここでお昼のお弁当を食べて、畑でドンと芋掘りして、竹林行って一休みして「じー」の部屋に行く』と、予定を説明していた。なんの事はない普段と違うのは、お弁当を持っている事と、竹林へ行く事。坊ちゃんはどういう訳か竹林が怖いらしく一人では絶対に竹林の中へは入らない、竹林の中も人が歩けるように、道が造ってあるのだが、おそらく竹林特有の静けさが嫌だったのかもしれない。坊ちゃんは、岩の様な庭石から降りて、ドンと一緒に「じー」の家の庭を歩き始めた。色々な木が植えてある。時たま黄色く色づいた枯れ葉が落ちてくる。足元には、枯れ葉がつもり秋らしさをより一層際立たせている。庭の手入れもお弟子さん達の仕事だが、枯れ葉はすべて集めるのではなく、わざと残しているらしい。こうする事によってより秋の庭らしく見せているのだ。それも「じー」の部屋からの眺めが一番よく成るように手入れをされている。どのぐらい残すかは、お弟子さんそれぞれの感性に委ねているようだ。坊ちゃんは大きい木の下で枯れ葉の上に座りドンと一緒に、おにぎりを食べた。ドンのおにぎりは、坊ちゃんのおにぎりの倍の大きさが有った。坊ちゃんは自分が一口食べると次はドンに食べさせると言うように交互におにぎりを食べていた。食べ終わるとドンに寄りかかり昼寝を始めた。小一時間ぐらい昼寝をして坊ちゃんとドン専用の畑に向かった。ドンと芋掘りをして薩摩芋を数本掘る。この芋を持ったまま竹林へとドンと向かったが、坊ちゃんは竹林はあまり好きではない。ドンに、「じー」の所へ行くと言い背中に乗った。ドンの背中に乗りとことこと歩いていると、すれ違うお弟子さん達が坊ちゃんが幼稚園の服を着て帽子をかぶっているので「あれ?なんだい今日は?」と聞く、坊ちゃんは「今日は遠足だよ」と答え手を振り、「これお土産」と、掘ったばかりの薩摩芋を見せる。坊ちゃんは手押しポンプで薩摩芋を綺麗に洗い、「じー」の部屋に着くと『これお土産』と行って薩摩芋を渡した。「じー」はニコニコしながら『芋掘りに行ったのか?』と坊ちゃんに聞いた。坊ちゃんは、『今日はドンと遠足』と答えた。どうやら坊ちゃんは、遠足は幼稚園の服と帽子をかぶるものと、思い込んでいるようだ。『そーか、そーか』と「じー」はニコニコ笑っている。「じー」は当番のお弟子さんを呼び、薩摩芋を渡した。坊ちゃんは「じー」の部屋でドンと一緒に遊んでいた。2~30分立った頃、薩摩芋を渡した当番のお弟子さんが戻ってきた。手には大きいお皿を持っている。お弟子さんは、『急いで作りましたのでこのような物しか』と言って皿を置いた。見ると薩摩芋を薄く切り油で揚げた物だった。坊ちゃんは初めて見る食べ物でお弟子さんに色々と聞いていた。本来はジャガイモで作るらしいのだが薩摩芋でも出来ない事はないだろうとやってみたと言う事であったが、食べてみるとこれが美味しい。ドンもしっぽをビンと立てて振っている。坊ちゃんはテレビを見ようとテレビの置いてある部屋へ行って「じー」にテレビのスイッチを入れて貰った。しばらくすると、何人かのお弟子さんがやって来た。坊ちゃんが幼稚園の服を着ているので、『今日は服が違うね。』と坊ちゃんに聞いた。坊ちゃんは、『今日はドンと遠足だよ』と答えた。坊ちゃんはテレビの真ん前に座ったドンに、伏せをさせその上にもたれてテレビを見ていた。お弟子さん達が、おせんべいを持ってきてくれた。坊ちゃんは、おせんべいを食べながら、「じー」の部屋に置いてきた薩摩芋を薄く切り、揚げた物を思い出し、取りに戻った。お皿を持って戻ってくると、『これ僕とドンで掘った芋だよ、食べて。』と、お弟子さん達の前に置いた。お弟子さん達は代わる代わる取って食べ『へぇ~、うまいねこれ』と言って食べた。坊ちゃんが、今日の当番の人に作ってもらったと話したところ、みんなで食べるおやつに、作ってもらおうという話になった。お弟子さんの一人が食堂の厨房へ行って、当番のお弟子さんへ作ってくれるように頼んできた。坊ちゃんは、『食べて、食べて』と、お弟子さん達に食べるように勧めた。しばらくテレビを見ていた坊ちゃんは、厨房へ行き、当番のお弟子さんに、『ありがとう、とても美味しかったよ』と、礼を言い『ねぇ今晩のおかずはなぁ~に?』と、聞いた。当番のお弟子さんは、『今日は、中華丼、一緒に食べるかい?』と答えた。坊ちゃんは一旦、母屋へ帰り母に今晩のおかずを聞いてからまた来ると言って一旦帰った。母に、夕飯のおかずを聞くと、野菜の煮物と言う事であった。坊ちゃんは直ぐにとって返し、当番のお弟子さんに、『一緒に食べる』と、伝えた。しばらくドンと「じー」の家の庭で遊んだ後、自分の部屋へ戻って来た。夕方、お弟子さんが夕飯の用意が出来たと、坊ちゃんを呼びに来た。この季節になると夕方の6時はもう暗くなっている。母が、玄関先まで出てお弟子さんに『お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。』と頭を下げた。坊ちゃんは何時ものようにドンの背中に乗り、お弟子さんと「じー」の家の食堂へ行った。食堂へ着き席に着くと、坊ちゃんは幼稚園の服をお弟子さん達に見せながら、『今日は、ドンと遠足に行ってきた。』と、話し始めた。坊ちゃんは中華丼の具を別皿に取り、ふ~ふ~と、冷ましながら割り箸でドンにも、食べさせていた。食べ終わって、しばらくすると、「じー」が、何時ものようにテレビの置いてある部屋へ行き、テレビのスイッチを入れる。坊ちゃんとドンも、お弟子さん達と一緒にテレビを見始めた。するとしばらくして、男のお弟子さん達数人が、風呂に行ってくると風呂場へ向かった。坊ちゃんに熊おじさんと呼ばれているお弟子さんが『ぼー、一緒に風呂に入っていけ、背中洗ってやるべ』と、坊ちゃんを誘った。坊ちゃんは、『うん!』と答え、熊おじさんと風呂場へ向かった。ドンは風呂場の入り口の前でお座りをして、しっぽを振っている。熊おじさんと一緒なので、ドンも安心しているようだ。風呂場に入ると数人のお弟子さんが風呂に入っていた。熊おじさんに頭や体を洗って貰い、お弟子さん達と色々な話をしながら、風呂に入った。風呂から上がると、テレビのある部屋へ行き、テレビを見始めた。交代で数人のお弟子さんが、風呂に入りに行った。坊ちゃんは、熊おじさんと残っているお弟子さん達に、またドンと遠足に行くと話していた。坊ちゃんは、いつの間にかテレビを見ながらドンにもたれ眠ってしまった。夜遅く仕事が終わった父が迎えに来て坊ちゃんを背負い帰ってきた。数日後の日曜日。朝、目を覚ますと枕元に幼稚園の服と帽子が揃えてある。鞄も水筒も置いてあった。母がご飯の支度が出来たと呼びに来た。『ご飯食べ終わったら、今日はお休みなのでお弟子さん達みんなで遠足に行くそうよ。一緒に行くでしょ。?』と、母が聞いた。坊ちゃんは、それはもう飛び上がるほど喜んだ。年間を通して「じー」の家では色々な行事が行われ、坊ちゃんもこの行事に参加しお弟子さん達と一緒に出歩く事も、良くあるのだが、”遠足”という名目の行事はない。熊おじさんと、タミちゃんが、幼稚園を中退し、遠足に行けなく成ってしまった坊ちゃんが、ドンと一緒に、遠足ごっこをして遊んでいるのを見て、きっと遠足に行きたかったのだろうと言う事で、お弟子さん達に声をかけ自分たちで行き先を考え、自腹でおやつを買い、自分達でお弁当を作り坊ちゃんの為に集まったのだった。当然これは自由参加で決まった行事ではないのであるが、みな文字通り同じ釜の飯を食べている間柄である、ほとんどの若いお弟子さん達が、参加していた。朝ご飯を食べ、小一時間ほど経った頃、この家の主の家の庭にぞろぞろとお弟子さん達が集まってきた。母は、お弟子さん達に深々と頭を下げお礼を言ってから、風呂敷包みを手渡した。坊ちゃんは、ドンに赤い首輪を付け、短い手綱を持ちドンの背中に乗った。もちろん幼稚園の服を着てである。行き先は、ちょっと遠いが、秋桜が綺麗に咲いている公園であった。ちょっと小さめの荷車に、おやつやお弁当、水などの一般的な遠足に使う荷物を載せ、その他にも野菜や肉、鍋、七輪、練炭等が載せてある。途中休み休み歩き、お弟子さん達は交代で荷車を引く、坊ちゃんはドンの背中に乗っているので、さほどではないが、みな少々疲れが出てきているようだった。女性のお弟子さん達も居るので、途中にある神社の境内で一休みする事になった。坊ちゃんは、幼稚園の鞄の他に、リュックを背負っていた。このリュックの中から、大きな袋に入ったチョコレートを取りだした。この時代、チョコレートは歯磨きのようなチューブに入り、柔らかい物が一般的だった。現在の様な板状のチョコや、一個一個包まれたチョコは、結構高価な物で有った。坊ちゃんは袋を開け、みんなに『食べて、食べて』と勧めていた。みんなで持ち寄ったおやつを食べながらしばらく休み、また歩き出した。やっと目的地の公園に着く、公園は昼時であったので誰もいない、坊ちゃんはドンの手綱を外し、『ドン、走れ!』と、ドンと一緒に駆けだした。しばらくすると、『ドン!、まってぇ~』と、言いながら坊ちゃんは走っていた。ドンも、坊ちゃんも、実に楽しそうに遊んでいる、その間にお弟子さん達は適当な場所に、シートを敷き、持ってきたお弁当を広げ昼食の用意を始めた。七輪に練炭で火をおこし湯を沸かしたり、別の七輪で、肉や野菜を焼き始めた。この肉や野菜は朝、タミちゃんが、「じー」に分けを話し厨房から持ってきた物で有った。お弟子さん達はぬかりなく必要な物は荷車に載せて持って来ている様であった。またタミちゃんは、「じー」から、みなに良く礼を言ってくれと頼まれた事や必要な物があればこれで買う様にと小遣いを預かってきた事などを皆に話した。皆は、自分達で坊ちゃんを喜ばせてあげようと始めた事なので出来る限り自分達だけでやろうと、この小遣いはよほどの事がない限り使わない事とした。支度が出来た所で坊ちゃんを呼んだ、坊ちゃんはドンとふぅ~ふぅ~言いながらふざけ走り回っていた。朝みんなで作ったというお弁当は、おにぎりであった。母が持たせてくれた風呂敷包みを開けると小さいおにぎりが二つ、大きいおにぎりが二つと、バナナがたくさん入っていた。この時代、バナナなどはまだ珍しい物で有り、皆は大喜びした。もちろんおにぎりは坊ちゃんとドンのお弁当なのだが、お弟子さん達が坊ちゃんの分も作ってきていたのであった。突然、『出来たよ~』と、声がした。見ると美味しそうな芋煮鍋が出来上がっている。豪華な遠足の昼食である。数個の七輪で次から次に料理を作っていくお弟子さん達は、皆、普段当番で食事を作っているので、手慣れた物で有った。みんなでワイワイガヤガヤとふざけながら食べる昼食は、とても楽しく美味しかった。ドンもどんぶりに芋煮の芋を入れて貰って、美味しそうにしっぽを振り食べていた。『ドンちゃん食べる?』とタミちゃんが焼いた肉を持って来た、ドンはしっぽを”ビンッ!”と立てパタパタと振って『ワフッ!』と答えた。細切れの肉なので直接口に入れて貰って食べ始めた。坊ちゃんもタミちゃんの膝の上でたれを付けて貰い、食べさせて貰っていた。小一時間ほどで、食事も終わり、後片付けと成る、鍋の中にはまだ芋が残っていた。するとドンが鍋の前に座り、右足を揚げ、『ワホッ!』と吠えた。タミちゃんが『ドンちゃん食べたいの?』と聞くと、ドンは『ワホッ!』と、答えた。タミちゃんが、どんぶりにさめた芋を取ってドンに食べさせた。ドンは芋も大好きである。しかも、100kgを超える巨体の犬である、あっという間に鍋の中の芋はドンの口の中へ消えていった。熊おじさんが、『ドン、みんなが食べ終わるまで待ってたのか?』ドンは、『ワフゥ!』と答えた。タミちゃんが『ドンちゃん、私達だけの時は、遠慮しなくて良いんだからね。』と、ニコニコと笑っていた。ドンは『ワフッ!』と、返事をした。後片付けも終わり、公園でみんなで遊んだ。ドンと一緒に競争をしたり、みんなでかくれんぼをしたり、相撲をしたりと楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。この時代まだ街灯などが整備されておらず暗くなると道は真っ暗になる。もちろん懐中電灯は持って来ているが、明るいうちに帰ろうと、帰り支度を始めた。またこの季節日が暮れると気温も急に下がる。残ったおやつを食べながら、ぞろぞろとお弟子さん達は歩きながら帰り道を急いだ。坊ちゃんは、一緒に歩いたり、ドンの背中に乗ったりしていた。途中来るときに一休みをした神社が見えた、歩きながら休んでいくかどうか皆で話し合ったが、結局そのまま帰り帰ってからゆっくりしようと言う事になった。歩き通してやっと「じー」の家に着いた頃には、あたりは薄暗くなっていた。坊ちゃんは大きな声で『ただいま』と、母屋の玄関で声をかけ、そのまま、お弟子さん達と「じー」の家に行った。皆揃って、「じー」の部屋に行き、『ただいま戻りました。』と報告をする。タミちゃんが、「じー」から預かったお小遣いの入った袋を、「じー」に帰した。「じー」は、『なんだ使わなかったのか?』と、タミちゃんに聞いた。すると熊おじさんが『自分達が坊ちゃんに喜んで貰おうとした事なんで、自分達で出来る範囲でやろうとみんなで決めました。ですからこれは、使いませんでした。』と「じー」に説明した。「じー」は、『そうか、そうか、それでは、この子に変わって私が何か皆にお礼をしよう。そうだ、これで夕飯に何か一品付けよう、何がよいかな。?』と、皆に聞いた。熊おじさんが『今日一日坊ちゃんに楽しんで貰うのが目的なので、坊ちゃんに決めて貰おう、良いだろう?』とみんなに聞いた。皆この意見に賛成し結局、坊ちゃんが好きな物を選ぶ事になった。タミちゃんが『何が食べたい?』と聞くと坊ちゃんは『今川焼き』と、言った。「じー」が、『今夜のご飯のおかずだよ』と笑いながらもう一度聞いた。熊おじさんが「じー」に、『坊ちゃんの食べたいものにしてあげてください、お願いします。』と、「じー」に頼んだ、「じー」は皆が良ければそれでよいと言う事になり、急遽今川焼きが全員分買われることになり何人かのお弟子さんで買いに出かけた。食事の時間まではまだ間がある、坊ちゃんは「じー」からテレビの鍵を借り、テレビの置いてある部屋へ行きドンにもたれてテレビを見始めた。数人のお弟子さん達が昼間のおやつの残りを持ってやって来て一緒にテレビを見ながら食べた。遠足に参加出来なかったお弟子さん達も、テレビを見にやって来た。坊ちゃんは、リュックから昼間の残りのおやつのチョコレートを取りだし、『食べて、食べて』と、勧めながら昼間の話をしてみんなに聞かせていた。食事の用意も出来、今川焼きを買いに行ったお弟子さん達も戻ってきて、皆で食堂に向かう。皆が席に着くと、「じー」が、『皆も知っておると思うが、今日はこの子が遠足に連れて行って貰ってな、普段の礼を兼ねてお土産じゃそうだ、食べてくれ。』と言って、数人のお弟子さんに配らせた。『連れて行ったのは俺たちだぞ、心して食せよ。』などと冗談を言っているお弟子さんも居た。同じ屋根の下で暮らす人達である皆気心は知れている。皆に配り終わった所で、揃って、『坊ちゃんありがとうございます。』と、皆が坊ちゃんに礼を言った。坊ちゃんはニコニコと笑って『うん!』と言った。すると、ドンが、坊ちゃんに”わふぅ~”と何かを言っている。見るとドンの前には、今川焼きがない。買いに行ったお弟子さん達が ”人” 数分だけ買ってくる様に言われたので”人” 数分だけ買ってきてドンの分を買ってきていなかったのだ。タミちゃんが『ひど~い、ドンちゃん私の半分あげるからね。』と言うと、坊ちゃんが、『良いよ、ドンには僕のを半分あげるから』と言った。買いに行ったお弟子さん達が自分の今川焼きを持って『これドンちゃんに食べさせてあげてください』と言いながら坊ちゃんに謝っている、坊ちゃんは、『これはみんなへのお土産だからみんなで食べて、ドンには僕のを半分あげるから。』と言って、お皿を持って来て貰いドンの前に自分の今川焼きを一個載せた。『ドンちゃん、足りなかったら私のも半分あげるからね、遠慮しないで言ってね。』とタミちゃんが言うと、俺も私もとお弟子さん達は言い始めた。「じー」が、『おいおい、いくら底なしのドンでもそんなには食えんぞ、足りなければ、おまえの好きな栗まんじゅうが有るから後でそれをやろう。』と言うと嬉しそうに『ワフォッ!』とドンはしっぽを振って答えた。「じー」の言葉でどうにか収まりがつき、食事を済ませ、またテレビのある部屋に戻り、ドンと数人のお弟子さんでテレビを見ながら、みんなで昼間のおやつの残りを食べていた。そこへ、今川焼きを買いに行ったお弟子さん達がやって来てドンが芋が好きだと聞いたので干し芋を持って来てくれた。坊ちゃんは『ありがとう、一緒にテレビ見よう、これ食べて』と、昼のおやつの残りを勧めた。残りとは言っても、当時は珍しい、クッキーやチョコレートであった。テレビの音と、賑やかな話し声が聞こえるので、他のお弟子さん達がテレビのある部屋へ、集まり始めた。中にはせんべいやお菓子などを持ってやってくる人もいた。女のお弟子さん達が、魔法ビン(保温性の高い、湯沸かし機能のない保温だけのポット)を持ち、お茶をと湯飲みを持ってやってきた。お茶を飲みながら、坊ちゃんは今日一日の事を、楽しそうにみんなに聞かせた。ドンと駆けっこや、男のお弟子さん達と相撲を取った事、みんなでかくれんぼした事など、蔓延の笑みを浮かべ、両手を広げて楽しそうに話している。テレビの置いてある部屋からは、何時までも笑い声が聞こえていた。何時もならば、8時頃まででテレビは消されお弟子さん達は皆、自分の部屋へ帰るのだが今日は坊ちゃんが居るのでテレビは消さないであった。熊おじさんが、『ぼー、今日も一緒に風呂入っていくか?』と坊ちゃんに聞いた。坊ちゃんは『うん!』と答えた。するとタミちゃんが『何時もずる~い、今日は私達と入ろうね。』と、坊ちゃんを誘った。すると熊おじさんが『ぼーは、男だから俺たちと入るべ』と少々もめだした。すると年配の女のお弟子さんが『そんなら、みんなで入ればいいべや。』と言い出し大笑いと成った。結局坊ちゃんは、タミちゃんが抱えて離さず、タミちゃんや、女のお弟子さん達と入る事と成った。男のお弟子さん達が、何組かに分かれて交代で先に入り始めた。その間、坊ちゃんはタミちゃんに抱かれて残り物のおやつを食べながらまた昼間の話を始めた。そうこうしているうちに男のお弟子さん達は風呂に入り終わった様で、今度は女のお弟子さん達が入り始めた。タミちゃんは『さぁ~、お風呂入ろうね。』と、坊ちゃんをつれ風呂場に行った。もちろん、ドンも一緒である。が、ドンは風呂場の入り口までで中までは入らない。女のお弟子さん達と風呂に入るのは以前、母屋の風呂が壊れたとき以来である。ここでもまた坊ちゃんは大もてであった。風呂にも入り終わり、坊ちゃんはまたテレビのある部屋でみんなでワイワイ騒いだり、テレビを見たりしながら、よほど楽しかったのかしばらくまた昼間の話をしていたがいつの間にか眠ってしまった。

第48章  クリスマスその2

今日はクリスマスイブ、午後みんなで「じー」の家の食堂で飾り付けをしている。坊ちゃんも、お手伝いをしている。坊ちゃんは、女のお弟子さん達に混じり同じ長さに切られた紙テープに糊を付け輪にして鎖状の飾りを作っている。坊ちゃんにすれば、大変な作業である。これを何本も作って、食堂に飾る、この他にもちり紙で作ったピンクや白等の花や金銀、紅白のテープなどで飾り付けられる。厨房では係のお弟子さんが腕によりをかけて夕飯の料理を作っている。とても美味しそうな香りが漂っている。坊ちゃんは、飾りを作る作業より厨房が気になるらしく、行ったり来たりを繰り返していた。ドンは、食堂の隅の窓から日差しが差し込んでいる場所で、静かにフセをして尻尾をパタつかせていた。坊ちゃんは、飾り付けの手伝いに飽きてしまった様で、厨房へ行き係のお弟子さんが作る料理を見ていた。ちょうど巻き寿司を作っている所で、次々と巻かれて海苔巻きが出来上がっていく、何本も何本も作っている。坊ちゃんがじっと見ていると、『食べるかい?』と、かんぴょう巻きを作ってくれた。坊ちゃんは出来たてのかんぴょう巻きを持ってドンの所へ行き、半分にして一緒に食べた。坊ちゃんは飾り付けをする作業に飽きてしまったらしく、食べ終わるとドンと一緒に母屋の自分の部屋へと帰ってきた。夕方、お弟子さんが呼びに来て、坊ちゃんとドンは、一緒に「じー」の家の食堂に行った。食堂は、綺麗に飾り付けされ、クリスマスツリーが飾られている。坊ちゃんは何時もの様に、入り口付近に用意された坊ちゃん用の小さい椅子に座った。今年は趣向を凝らして、各自で持ち寄った物を順番に回してプレゼントするというアトラクションを行った。やり方は、あらかじめ持ち寄ったプレゼントを一カ所に集め、自分が持って来た物以外の物を一個持ち帰る。みんなで輪になって各自、紙に右、もしくは左と好きな数字を書く、これを集めて順番に読み上げる。その読み上げられたとおりに隣り合わせの人に順番にプレゼントを回していく。たとえば、右、2と書いてあれば、順番に右側の人にプレゼントを2回渡す。こうして順番に書かれている数字の方向と回数だけ回していって、最後に手元にある物が、自分へのプレゼントとなる。ここで坊ちゃん、何も持って来ていない事に気がついた。坊ちゃんは、『忘れた、持ってくる』と立ち上がったが、「じー」が、『あぁ~、良い良い、代わりにわしから、これをやろう。』と、普段使っている万年筆をプレゼントにした。食堂内は、”おぉ~!”と、ざわめいた。実際の所、坊ちゃんの普段使っているおもちゃをプレゼントされてもお弟子さん達は使いようがないのであった。お弟子さん達の持ち寄ったプレゼントは、金額的には高価な物ではない物の、何が自分の所へ回ってくるか解らないので大いに盛り上がった。いよいよ最後の紙が読まれた。食堂内は、わ~、おぉ~、等、歓声が上がった。『俺これ貰ってもなぁ~、』と、男のお弟子さんが言うと、『じゃぁ、私のと交換しようか?』と女のお弟子さんが言った。このようにして、お互いにまた交換したりもしていた。今回の目玉品の「じー」の使っていた万年筆は、どういう分けか、坊ちゃんの所に来ていた。坊ちゃんは、万年筆を持って、タミちゃんの所へ行った。そしてプレゼントを交換して貰った。交換して貰ったプレゼントは、元々タミちゃんの物で、坊ちゃんが欲しかった、万華鏡であった。万華鏡とは言っても屋台の出店に売っている様な安物ではなく、木製のきちんとした作りの物だった。タミちゃんは自分の万華鏡が、自分に回ってきていたのだった。坊ちゃんから、万年筆を受け取ると、タミちゃんは、坊ちゃんと、「じー」にお礼を言って席に着いた。皆、万年筆が欲しいのでは無く、お師匠さんの使っている物が欲しいのである。タミちゃんは大喜びであった。そこへ、母が、『お邪魔しまぁ~す。』と、やって来た。紙の手提げ袋を数袋持っている。中身は丸いバタークッキーの缶と、手作りの坊ちゃんとドンの赤いサンタの帽子だった。『忘れちゃ駄目でしょ?』と言って、坊ちゃんと、ドンに赤いサンタの帽子をかぶせ、ドンの尻尾に鈴のついた赤いリボンを結び、ニコニコしながら『皆さんで食べてください。』と、クッキーの缶を紙袋からだし、並べた。坊ちゃんは、『これ貰った!』と、ニコニコしながら万華鏡を母に見せた。『そう、良かったわね。大事にしなさいね』と、ニコニコしながら『先に帰っているからね。終わったら迎えに来るから、「じー」の所にいなさいね。』と言って、『ど~もお邪魔さまでした。』『後で迎えに来ますから、よろしくお願いします。』と、頭を下げ帰って行った。当番のお弟子さん達が作ったクリスマスの料理を食べながらみんなで歌う、それに合せてドンが尻尾を振る、すると尻尾に結ばれたリボンの鈴が”チリチリ”と鳴る。お弟子さん達は、主にクリスマスの歌を歌っているが坊ちゃんは、テレビのアニメの主題歌を大きな声で歌っていた。飲めや歌えやの賑やかなクリスマスイブである。坊ちゃんはテーブルの上の料理をドンに食べさせている。ドンは自分の好きなものを食べると、尻尾をビンと立てパタパタと振る癖がある。ドンは、すくっと立ち上がり尻尾を振った、尻尾に結ばれているリボンの鈴が、”チリチリ”と鳴る。それを見て皆大笑いをしている。ドンも、大きな体を揺らしながら、楽しんでいる様だ。お弟子さん達が、隠し芸を始めた。定番ドジョウすくいに始まり、2人組で1人が猿役になっての猿回し等、食堂内は大爆笑であった。いよいよ坊ちゃんに、順番が回ってきた。坊ちゃんは、ドンと一緒に前に出て『ドン、そこにいて』と言ってドンを座らせた。2~3m離れ、おもむろにテーブルから、海苔巻きを取りドンに『行くよ!』と投げた、ドンはこれをぱくっと口で受ける。次は、いなり寿司、これも見事に口で受ける。なんの事はない、この芸は普段坊ちゃんとドンがおやつを食べる時などにふざけながら、何時もやっている事だ。次に坊ちゃんは、『ドン、座れ』と言ってドンにお座りをさせた。自分もしゃがみ込んで、『ドン、お手』と言った、ドンは右足を静かにそっと坊ちゃんの右手に乗せた。みんなが、おぉ~!っと声を上げた。坊ちゃんの手のひらより、ドンのクリームパンの様な足は数倍大きいしかも体の大きさはドンの方が遙かに大きいのだ。ここでドンが普通に前足を坊ちゃんの手に載せれば坊ちゃんは支えきれないで、そのまま前に倒れるか足を離すかしなければならない。それが解っているのか、そっと坊ちゃんの手に載せたのだ。これにみんなが驚いていたのだが、坊ちゃんは自分が大きいドンを自由に動かしている事に驚いていると思い込んでいた。『ドン、右。次は左。』などとやっていたが、坊ちゃんにはちょっと困った事がある、それは右と左を間違える事があるのだ。元々坊ちゃんは左利きなのであった、そ
 

DON'T坊ちゃん 2

 投稿者:坊ちゃん  投稿日:2012年11月16日(金)17時48分54秒
返信・引用
  1時間ぐらい経っただろうか、坊ちゃんの姿が見あたらない。スピーカーで呼び出して貰う。「迷子のお知らせです。白い大きな犬にのり、黄色の野球帽、白い半袖のティシャツ、を着た・・・・・」あっという間に、坊ちゃんの居所はわかった。出店の一番端っこに有るのテントの中に坊ちゃんはいた。ここは弓矢で前方の棚にある景品を落とし、見事落とせばその景品がもらえる出店だった。この景品の中に客寄せ景品として、プラスチックのリモコンで動く大きい戦車があった。この戦車を坊ちゃんは欲しかった様で何本も何本も弓で狙っていた。当たるには当たるのだが景品は落ちない。とうとう坊ちゃんのお小遣いも底をついてきた。そこへ「じー」がやって来てそばでニコニコ見ていた。この間にも何度か坊ちゃんの矢は、プラスチックの戦車には当たっているのだが、戦車は落ちない。「じー」はなにやらこの出店のおやじと話し込んでいた。そのうちだんだんと「じー」と、店のおやじがもめだした。静かな口調で『わしの部屋へ行って弓と、鏑矢を持ってきておくれ』とお弟子さんを取りに行かせた。「じー」は、いくらやっても戦車はとれないからやめる様に坊ちゃんに言った。お弟子さんが弓と鏑矢を持ってくると「じー」は、危ないからと皆を下がらせおもむろに弓を引きプラスチックの戦車を射った。プラスチックの戦車は粉々に壊れたがキャタピラの部分が落ちずに棚に残っている。この出店のおやじ、プラスチックの戦車が落ちない様に棚に貼り付けてあったのだ。「じー」は、出店のおやじに『あなたも商売だから、当たりにくく、落ちにくくするのはかまわん。だが、絶対に落ちないでは子供をだましている事にならんか?』と静かな口調で言った。周りで見ていた人達は、『インチキだ』 『やりかたがきたねーぞ』などと出店のおやじを責め立てた。こうなっては、もうこの場所で出店のおやじは商売は出来ない。早々に店をたたんでいた。坊ちゃんもがっかりした様だったが、「じー」に、別のおもちゃ屋でブリキの戦車を買って貰い喜んでいた。夏祭りの実行委員会長が「じー」の所に来てしきりに頭を下げていた。後日、この出店のおやじとテキ屋の元締めが「じー」の所へやって来た。真新しい、プラスチックのリモコン戦車と手土産を持って「じー」のところへ謝りに来たのだった。「じー」は別段怒っている様子もなく、自分の部屋へ招き入れ茶をたてもてなした。そこへ、ドンに乗って坊ちゃんがやって来た。坊ちゃんはご機嫌斜めの様でこのおやじを見るなり『おまえ、ずるいぞ』と怒り出した、貰ったお小遣いのほとんどをこの出店で使ったのだから怒るのも無理はない。出店のおやじが、坊ちゃんにお小遣いを返そうと財布を出したその時、「じー」が、『おたくも商売なのだからこの子が射った本数の料金は受け取るのが当たり前』また坊ちゃんには、『おまえも、矢が一本いくらか解った上で戦車を射ったのだから射った本数の料金は払うのが当たり前』と静かにたしなめた。そして坊ちゃんに『わしが怒ったのはな、落ちない様に細工をし皆をだましたから怒ったんだよ。』と言い出店のおやじに「わしが、忠告したにもかかわらずあんたは認めんかった。それにもましてどこが悪いという様な態度で、しまいには俺にはテキ屋衆が何百と居るとすごんだではないか。あんたは知らんがな、わしと元締めはよく知った間柄でな、まぁ~、わしも大人げなかったがあのような商売をしているとしまいにはどこに行っても追い出され仕事ができんようになるぞ。なぁ~、もとじめ』 元締めは出店のおやじに二度とやらない様に言いつけた。

 盆踊り大会が終わり、今度は花火大会が催される。この日、珍しくこの家の主も一緒に行く事に成っていた。この家の主は仕事が忙しく、坊ちゃんと滅多に出かける事はないので坊ちゃんは楽しみにしていた。夕飯を食べ、皆で出かけようという矢先に、「じー」の家の、電話が鳴った。急な仕事でこの家の主は出かける事に成った。坊ちゃんはがっかりした様子だったが、お弟子さん達や「じー」と一緒に花火見物に出かけた。こちらにも出店が並んでいる。坊ちゃんが急に大きい声で『あぁ!! インチキおやじ』と叫んだ盆踊り大会のときのおやじがそこに店を出していた。おやじは、へへへと笑いながら「ぼっちゃん 遊んでいきなせぇ」と、矢を5本くれた。坊ちゃんは弓は得意だった。5本とも見事に当たって大きいビニール袋一杯のぬいぐるみを貰った。そうこのおやじ何時ものおもちゃだと先日の事があり客が来ないのは解っているのでぬいぐるみを置いたのだ。

 「ドーン」 「ドドーン」 「パチパチパチ」 花火が上がり始めた。坊ちゃんは仰け反り上を見ている。「ドドーン」 「ドドーン」次々に打ち上げられる。赤や青の大きな花が夜空に咲き始めた。坊ちゃんはあまりの迫力にビックリした様だ。花火の打ち上げに会わせ坊ちゃんは「どーん」 「どーん」と声を合わせている。隣にいたドンは、坊ちゃんの声に会わせて「ワフ」 「ワフ」と、返事をしていた。「じー」は、かき氷屋さんでお弟子さんの人数分かき氷を頼んだ。この時代かき氷は手回し式で氷をセットしてわきに着いた車輪のノブをぐるぐると回すのだった。一気に何十人分の注文を受けたのだからこのおやじ休む間もなくかき氷の機械のノブを回す事に成る。客は冷たいかき氷を食べるが、作っているおやじは汗だくに成る。冷たいかき氷を食べながら次々に打ち上げられる花火を見上げていた。かき氷は食べている時は冷たいが食べ終わるとすぐにのどが渇く、女のお弟子さんが自前でジュースを買ってきてくれた。坊ちゃんにジュースを渡し、坊ちゃんを抱きかかえた瞬間、ドンが「ワフッ!」と吠えた。坊ちゃんは、ドンに吠えられ驚いた様子の女のお弟子さんに「大丈夫だよ ドンに乗せて」と言ってドンの背中に乗せて貰った。女のお弟子さんはずっと立ちっぱなしの坊ちゃんが疲れるだろうと抱こうとしたのだがドンは他人の手には絶対に坊ちゃんをゆだねなかった。ドンも坊ちゃんが背中に乗っているので安心している様だ。しかしここでも、大きい犬の背中に乗った坊ちゃんは皆から珍しそうに見られていた。金魚すくいと風船釣りの出店があったので金魚すくいからやってみた。すぐに紙が破けてしまい、一匹もすくえない。何度やっても同じ、ついに坊ちゃんは諦めた。金魚すくいの出店のおじさんが2~3匹ビニールの袋に入れてくれた。当時、これらの出店のおじさん達は、いくらやっても取れないお客には使った金額に応じて、何か持たせて帰すのであった。次に風船釣り、風船の中に現金が入れてあったり大きい風船小さい風船など色々ある。坊ちゃんは100円玉の入った大きい風船をつり上げようとした。そう簡単には釣り上げられるはずはないただ大きいだけではなく中に水が入れてあり重くなっているのだ、100円の入った風船をつり上げる為に、とうに100円以上の小遣いを使っているのだがそれでも釣れない、とうとう持っていたお小遣いが無くなってしまった。出店のおじさんが、「これ一回サービスだやってみな。」と、ただで一回だけやらせてくれた。なんと最後の一回で、100円玉の入った風船を見事につり上げてしまった。坊ちゃん大喜びでこの風船を持ってドンに乗った。後で解った事だが最後の一回に使った針は、通常お客に渡す物ではなく開店時に客集めをする為の切れない針だった。この針を使って出店のおじさんは良く釣れると言う事をお客に見せて客引きをしていたのだった。結局坊ちゃんは、100円玉の入った風船をつり上げるのにその10倍以上の小遣いを使って居たのだが、全然釣れないので客が退いてしまったのだった。釣れると言う事を目の前で見せないと客は戻ってこない。そこで最後の一回と、坊ちゃんに切れない針を渡していたのだ。坊ちゃんが大きい風船を見事につり上げたのを見て客も戻ってきた。いつの間にかすでに花火は終わっていたが、夏の暑い夜の事、出店の周りにはまだたくさんの人が残っていた。

 坊ちゃんは自分の部屋に帰ると、金魚鉢を出して貰いその中に貰った金魚を入れた。ドンが鼻を「クンクン」させて舌舐めづりをしている坊ちゃんがすかさず『駄目!!』と言った。ドンにすれば、金魚も食材で有るが坊ちゃんの駄目の一言で諦めた。次に坊ちゃんはぬいぐるみを大きいビニール袋から出した。大小併せて5個入っている、その中の一番大きい黄色い熊さんのぬいぐるみで遊び始めたのだが、夜も遅かったのでそのまま眠ってしまった。朝方目を覚ますとドンが昨日遊んでいた熊を前足で叩いたり、咥えて放り投げたりしている。『ドンなにしてんの?』と言うと熊のぬいぐるみをおもちゃ箱の中に咥えて入れた。この話を「じー」にするとどうやらドンはぬいぐるみの熊に焼き餅を焼いているらしいのだった。坊ちゃんは、この熊と残り4個のぬいぐるみを本棚の空いている所へ押し込みドンの鼻をなでた。ドンも坊ちゃんの気持ちが解ったらしくしっぽをパタパタと振っていた。それからという物坊ちゃんはぬいぐるみには触らなかった。

第18章 流しそうめん

 有る夏の暑い日だった。この家の主が庭先でなにやら竹を裂いて作っている。中の節をくりぬき庭先に台を作り傾斜を付け設置している。何本かの竹をつなぎ合わせその竹の先端には大きい桶が置かれていた。その竹に平行に両側に座れる様に木の板を椅子代わりに渡してあった。この家の主は、そば、うどん、そうめん等の、麺類が好きだった。何時も坊ちゃんが「じー」の家に行って御馳走に成っているので今日はお弟子さん達を招いて流しそうめんをする事にしたのだ。その為の台を庭先に作っていたのだ。元々この家の主は職人なので流しそうめんの台を作るぐらいは簡単な物である。母は「じー」の家の厨房にいた。大きな鍋で、めんつゆを作っている。次に薬味を刻み小鉢に入れていくつも用意した。女のお弟子さん達が手伝いに来てくれた。母は丁寧にお礼を言い楽しそうに一緒に麺をゆで始めた。何せ、何十人分という麺をゆでるのだから大変な作業だ。ゆであがった麺を大ざるにあけ水を入れた桶の中で冷やしざるごと運ぶ、めんつゆ薬味なども次々に運ばれてきた。氷水を入れた桶の中にざるを入れ麺を冷たく冷やし、流しそうめんは始まった。まずはじめにこの家の主がみなに普段坊ちゃんがお世話に成っているお礼を言って上から流し始めた。お弟子さん達はわいわい楽しそうに、流れてくるそうめんを箸で捕まえ食べていた。一度に何十人が並ぶのはさすがに無理なので最初に食べ始めた人は、おなかが一杯に成るとまだ食べてない人と席を替わっていた。坊ちゃんは、一番下で、めんつゆを持って待っていたのだがそうめんが流れてこない。ドンも首を長くして待っているのだがいっこうに流れてこないそれもそのはず、そうめんは途中で捕まえられお弟子さん達のおなかに入っていったのだ。男のお弟子さん達が食べ終わり、そうめんをゆでていた女のお弟子さん達がそうめんのざるを持ってやって来た。この家の主は、男のお弟子さんに交代して貰い女のお弟子さんに挟まれ鼻の下を伸ばし母ににらまれながらそうめんを食べていた。坊ちゃんは一番下の竹の先端の桶の所でしゃがみ込んでいた。みんなから「タミちゃん」と呼ばれている女のお弟子さんが坊ちゃんを抱き上の方に連れてきた。自分の膝の上に坊ちゃんを乗せそうめんを捕まえて坊ちゃんに食べさせてくれた。ドンもこの坊ちゃんの面倒をよく見てくれるタミちゃんにはなついていた。みなおなか一杯に成るまで食べた。ドンも残ったそうめんを流して貰い先端の桶の中に頭を突っ込んで食べた。

第19章 星空 天体望遠鏡

 坊ちゃんが絵本を読んでいるとこの中に色々な星座の民話が書かれていた、坊ちゃんは星座に興味を持ち連日、夏の夜空を見上げていた。そんな坊ちゃんにこの家の主は折りたたんで持ち運べる椅子を作ってくれた。この椅子を「じー」の家の庭に持ち出し、ドンと並んで座り星を見ていた。しかし肉眼で見る星は絵本の星座の様には見えなかった。子供というのは色々な物に興味を示すが、すぐに飽きてしまうのが一般的である。しかし坊ちゃんの星空の興味は段々と深まってくばかりであった。と言うのもお弟子さんの中に星座に詳しい人がいてこの人が、色々な話や本を見せてくれたのだ。時にはこの人と一緒に夜空を見上げている事もあった。そんな坊ちゃんのそばには何時もドンが座っていた。或日、何時もの様に座ってドンと一緒に夜空を見上げているとこの家の主が大きい箱を持ってやって来た。箱を開け組み立てるとそれは反射式の天体望遠鏡だった。反射式の利点は大口径レンズを使っても比較的小型に作れる事だ。まだ体の小さい坊ちゃんには小型の天体望遠鏡の方が使いやすいと、この家の主は反射式を選んだのだった。反射式の望遠鏡は鏡胴の横に接眼レンズが着いている為、慣れるまでは取り扱いが難しいのだが、星座に詳しいお弟子さんに教えて貰いながらすぐに扱い方を覚えてしまった。望遠鏡を覗くと今までに見た事もない別の世界が広がる。坊ちゃんは何人かのお弟子さん達と一緒に何時間も見続けていた。この綺麗な星達をドンにも見せてあげようと『ドンおいで、一緒に見よう』と、ドンを呼んだ「ワホッ!」っと嬉しそうにしっぽを振り、接眼レンズをのぞき込んだ・・・・・が、鼻がつかえてのぞけない。何度か繰り返したがやっぱり無理。ドンはしっぽを下げ諦めた様だ。『ごめんドンちゃん』と坊ちゃんは言った。また望遠鏡を覗いていると、白いもやもやした雲のような物が見える。黒い物体が近づいてくる。坊ちゃんは絵本に出ていた宇宙人の宇宙船かもしれないと思った。坊ちゃんは周りにいたお弟子さんに知らせようとした。が!・・・・・ドンが、望遠鏡の大きいレンズの前から覗いていただけだった。坊ちゃんは眠くなるとこの望遠鏡の三脚をたたんで担いで自分の部屋まで持ってくる。この望遠鏡は、ワンタッチで鏡胴部分と三脚部分が外れる作りになっていて持ち運びには便利な様に作ってあるがそれでも坊ちゃんには大変な作業だ。それでも、坊ちゃんは、雨が降らない限り毎日ドンと一緒に夜空を見上げていた。

第20章 お月見 中秋の名月

 9月「じー」の家でお月見が行われる。坊ちゃんはこの家の主の家の台所で母と一緒にお団子を作っている。このお団子は、ピラミッドの様に積み上げ飾る為の物だ。母と一緒に並び実に楽しそうに作っている。ある程度作った所でぼっちゃんは「じー」の家に行った。「じー」の家では、お稲荷さん、巻き寿司などが作られていた。この地方の巻き寿司は、ちょっと変わっていてどこを切っても金太郎の金太郎飴の様に切り口が見事な絵柄になる様に作られているのだ。単に「太巻き寿司」と呼ぶこともあるが、「房総巻き」、「房総太巻き寿司」、「飾巻き寿司」、「花寿司」、「祭りずし」とも呼ばれている。海苔の代わりに卵焼きで巻いた直径10cm以上の物もある。坊ちゃんの目当てはあんころ餅のあんこだった。これをお椀に入れて貰いスプーンで食べている。母の作っているお団子は飾り用なので、あんこは作らない。坊ちゃんは食べ終わると、また、この家の主の台所へと戻った。母の作るお団子はどうやら出来上がった様だ。母は、これを持って「じー」の家の厨房へ行きお弟子さんに渡した。昼には、この家の主から鰹等の魚が運ばれた。この地方の鰹の食べ方もちょっと変わっていて鰹のたたきと呼ばれる食べ方がある、鰹に何カ所も切れ目を入れネギ、ショウガ、しその葉などを刻んだ物を味噌とあえるこれを鰹に塗りつけ両側を焼くのである。焼くと言っても完全に中まで火を通すのではなく、表面を焼くだけである。また、鰹の血合い部分をそぎ、包丁で叩き酢味噌であえた物を”たたき”と呼ぶ。またこの地方独特の物でアジ、サンマ、イワシ、トビウオなどの青魚のたたきがある。これは完全に包丁で細かくなるまで身をたたきネギ、ショウガ、しその葉を細かく刻んだ物と味噌を混ぜ,これに青魚を細かく刻んだ物を混ぜる。これを粘りけが出るまで細かく叩き三杯酢などをかけて食べる。これをこの地方では”なめろう”と言う。あまりのおいしさに、皿まで”なめろう”とこの名がついたらしい。別の食べ方ではこれを焼いたり、茶漬けにしたりする。お弟子さんは運ばれた魚を一旦氷水の入った大きい桶に入れ食べる時間に合せて調理するのだ。夜になり月見の宴が始まる。ドンも坊ちゃんの隣でお座りをしている。「じー」が、皆の前で簡単に挨拶をし、中秋の月見会が始まった。鰹等の刺身が運び込まれてきた。ドンは鰹の刺身が大好きだ。坊ちゃんが、ドンに鰹の刺身を取って食べさせた。ドンは立ち上がり太いしっぽを”ビン!!”と立てパタパタと振った。食べ終わるとしっぽを下げまたお座りをするのだ。ドンは、美味しいものを食べるとしっぽを”ビン!”と立てパタパタ振る癖があったのだがこれがまたお弟子さん達にうけた。「ドンちゃん、おいで 鰹あげるから」とお弟子さんが呼んだのだがドンは坊ちゃんの脇に座ったままでしっぽを振っていた。みんなからタミちゃんと呼ばれている娘がやって来た。坊ちゃんを抱きかかえ膝の上に乗せ「取ってあげようか?」と坊ちゃんの世話をやき始めた。ドンはどういう訳かこの娘には気を許していた。ドンは「ワホ ワホ」と言った。坊ちゃんはドンに「うん解った」と言った。坊ちゃんと、ドンの間では会話が成立している様だ。ドンはこの時とばかりお弟子さん達の間に入り鰹の刺身を取って貰いしっぽを”ビン!!”と立てていた。お弟子さん達は食べるとしっぽを立てるドンをおもしろがって次々に鰹の刺身をドンに食べさせた。坊ちゃんはタミちゃんにあんころ餅を取って貰い口の周りにあんこを付けながらほおばった。ドンはこのタミちゃん、熊おじさん、狸じーだけには、坊ちゃんが抱かれても吠えなかった。おそらく動物の本能で、真心から坊ちゃんのお世話をしている人は解るのだろう。ドンは、大きい体を器用にくねらせお弟子さん達の間に割り込んでいく、ドンは大勢のお弟子さん達の間をまんべんなく回り、いなり寿司や、巻き寿司などをたべさせてもらっていた。ある程度食べるとまた坊ちゃんのそばへ戻って来て座った。坊ちゃんは、タミちゃんに抱かれ色々な御馳走を食べさせて貰いご機嫌だった。ドンもタミちゃんに鼻をなでて貰っていた『ドンちゃん何か食べる?』タミちゃんが聞いた。ドンは焼き栗を取って貰い食べた。”ビン!!”としっぽが立った。パタパタと振り始めた。タミちゃんはドンを見て笑い転げていた。

第21章 盆栽 箱庭

 道楽も極めれば銭になる。「じー」の名言である。この言葉の通り「じー」は実に多趣味だ。「じー」の庭の一角に「じー」が大事にしている盆栽の棚が並んでいる。或日、坊ちゃんはドンと遊んでいてこの一角に入り込んだ坊ちゃんは棚の間をすり抜けられるのだが、大きな体のドンはそうはいかない。盆栽の棚にぶつかり大切な盆栽を幾つか落として鉢を割ってしまった。その中には「じー」が一番大切にしていた盆栽もあった。『やっちゃったね』坊ちゃんが言うと、「ワフゥ~」とドンが答えた。坊ちゃんは盆栽はそのままにして、叱られるのを覚悟の上で「じー」の所へ行き正直に話した。「じー」は、坊ちゃんに『怪我はなかったか?』と、言った。坊ちゃんが『うん』と言うと、『ドンはどうだ、ちゃんと見てやったのか?』と言った。実は坊ちゃん、ドンの体は見ていなかったのだ。『まだ』と言うと『ドンちゃん大丈夫?』と聞きながらドンの怪我の様子を見ていた。幸いな事に、坊ちゃんもドンも怪我はしていなかった。「じー」は蔵へ行き新しい植木鉢を持ってくると、割れた鉢から盆栽を新しい鉢へとそっと植え替えた。そして坊ちゃんとドンを連れて自分の部屋へと戻った。ぼっちゃんはいよいよ「じー」に怒られると思った。が、「じー」は、『あんな狭い所へ入っては危ないだろう? おまえは入れるが、ドンはどうだ?入れずにあっちこっち体にぶつけたのではないか?たまたま今日は怪我をしなかったかもしれんが、この次は怪我をしてしまうかもしれん。ドンが怪我をしても良いのか?』静かな口調で坊ちゃんに言った。坊ちゃんは『やだ!』とだけ言った。『ならば、おまえがドンに怪我をさせない様に気をつけてやらねばならん。解ったか?』と坊ちゃんに言うと、坊ちゃんは『うん解った、ドンちゃんごめんね』と言った。何時もの様に「じー」に茶を立てて貰い和菓子を食べ帰ってきた。或日、坊ちゃんが「じー」の家へ行くと「じー」が身支度をしている。『「じー」どこか行くのか?』と坊ちゃんは聞いた。「じー」は、『箱庭の材料を買いに行くんだが、おまえも行くか?』と坊ちゃんに聞いた。坊ちゃんが『うん行く』と答え、「じー」、坊ちゃん、ドン、狸じーの3人と一匹で買い物に出かけた。当時、これらの材料を専門に売っている店があり、店先には小さな小屋や、水車小屋、農夫や牛、馬、ニワトリ等、色々な物のミニチュアが所狭しと並んでいた。何時もならば、坊ちゃんは店の中にも入っていくのだが、とかくこのような店は通路が狭い、所狭しと商品が置いてある。先日の盆栽の事もあり坊ちゃんはドンと店先で「じー」が買い物が終わるまで待っていた。お供の狸じーは、その間坊ちゃんの監視役になっていた。「じー」は買った品を狸じーに持たせ今川焼きの店に入った。今川焼きは地方では甘太郎焼き、義士焼き、大判焼き、太鼓焼き等色々な名前で呼ばれている。坊ちゃんの住んでいる地方では、大判焼き、甘太郎焼きが一般的だった。この店は店内に簡単な椅子とテーブルが置いてあり店内で座って食べられる様になっていた。だんご屋なども同じである。「じー」は今川焼きを10っ個頼んだ。2個ずつみんなで食べ残り2個は坊ちゃんが持って帰ってドンと食べた。

 「じー」は、箱庭を作り始めている、箱庭は、小さな、あまり深くない箱の中に、小さな木や人形のほか、橋や船などの景観を構成する様々な要素のミニチュアを配して、庭園や名勝など絵画的な光景を模擬的に造り、楽しむものである。山や川、水車小屋、畑、農夫等、配されて段々と小さな箱の中に、別の世界、情景を作っていく。今回「じー」の作っている物は比較的大きい物だ。ある程度、出来上がった所で、ちょっと離れた所から全体を見渡している。坊ちゃんも、一緒に成って見渡していた。何を思ったか坊ちゃん、自分の部屋に戻り、ミニチュアの機関車の模型を持ってきた。「じー」の作っている箱庭に線路を敷き機関車を置いたのだ。箱庭の中を走り出す機関車。「じー」は、ニコニコしながらこれを見ていた。そして箱庭の中に、トンネルのある山を作り、機関車がトンネルを通れる様に作った。もちろん駅舎も作った。坊ちゃんは、しばらく「じー」の部屋で機関車を走らせて遊んでいたが、この箱庭を「じー」から貰い、お弟子さんに自分の部屋へ運んで貰った。坊ちゃんは自分の部屋で箱庭から駅舎、トンネルのある山、田んぼ、畑、鉄橋等のミニチュアを取り出し、自分の部屋一杯に線路を敷いた。そして取り出したミニチュアを置き始めた。坊ちゃんは自分の部屋全体を箱庭に見立てて組み立てている様だ。坊ちゃんの機関車の模型は当時としては珍しい物で、レールに数ボルトの電気を流し電車の中に組み込まれたモーターで動く本格的な物であり、コントローラーで機関車の停止、走行、速度、ポイント、信号機等もコントロールできる物であった。出来上がると、坊ちゃんは「じー」を呼びに行った。『じーできた見てみて』と、「じー」を自分の部屋まで連れてきた。「じー」は、『うん うん 良くできたな』と、ニコニコしながら坊ちゃんに言った。坊ちゃんはちょっと得意顔であった。『でもな、せっかく作ってもこんなに大きくてはみんなに見せられないだろ。おまえが寝る時には片付けなければならないしな。』坊ちゃんはちょっとがっかりした様子だった。『もっと小さく作って持ち運べるぐらいの大きさならみんなに見せる事が出来るぞ。』と言ってニコニコしていた。さっそく坊ちゃんは、「じー」に、箱を貰って、箱庭の様な鉄道模型を作り始めた。箱庭作りがいつの間にか鉄道模型作りになっていたのである。「じー」にも手伝って貰い立派な鉄道模型が出来上がった。こうして昼は鉄道、夜は天体望遠鏡と、坊ちゃんの趣味も増えていった。

第22章 地震発生

地震、雷、火事、親父、当時怖い物を表す言葉として子供達の間で使われていた言葉である。坊ちゃんがドンと一緒に部屋の中で遊んでいるとドンがいきなり坊ちゃんを部屋の真ん中に引きずり出した。坊ちゃんの着ているオーバーオールには腰の部分に丈夫なウサギのしっぽの様な丸いボールが縫い付けてある。これは母が丈夫な布で作り縫い付けた物で会った。ドンはここを咥えてずりずりと坊ちゃんを部屋の中央へ運んだそして坊ちゃんの上に立ち、自分の体の下へ坊ちゃんを入れた。何時ものドンと表情が違う。坊ちゃんは『ドン、どうしたの?』と聞いた。次の瞬間、ぐらぐらっと、ものすごい揺れである。ドンは坊ちゃんの上で四つ足で踏ん張っている。棚から色々な物が落ちてあたりに散らばる。坊ちゃんはこんな大きい地震は初めての事で、ドンの下でがたがた震えている。上から落ちてきた物がドンに当たったのが解った。『ドン、大丈夫?』と坊ちゃんはドンに言った。ドンは「ワフッ!』とだけ答えた。揺れていた時間はほんの数十秒ではないかと思われるが、坊ちゃんにはとても長い様に感じた。部屋の中は本棚が倒れ中の本が飛びだし散らばり、棚の上の物が落ち散らばり散々としていた。そこへ母が血相を変えて駆け込んできた。『大丈夫?』と坊ちゃんを捜している様だった。ドンの下から『ここだよ。大丈夫』と坊ちゃんは言った。ドンは頭に落ちてきたせんべいの缶が当たったらしくちょっと怪我をしていた。それでもドンは揺れが収まっても坊ちゃんを自分の体で守っていたのだ。母が、『ドンちゃん、ありがとね。今お薬持ってきて付けてあげるからね。』母は、坊ちゃんを抱きかかえ薬を取りに行った。当時傷薬というとオロナイン軟膏、赤チンキ、ヨードチンキなどが一般的だった。母は、赤チンキとピンセット、脱脂綿を持ってきた。そしてドンの頭にピンセットで脱脂綿を挟み、赤チンキを付け塗り始めた。白い頭に赤い丸。まるで日の丸の様な頭になった。『ドンちゃん、ちょっとお願いね』と、母はドンの背中に坊ちゃんを乗せ、部屋の中を片付け始めた。手際よく片付けてはいる物の、散々散らかった部屋の中は元通りに片付けるのには時間が掛かる。この家の主が『おぉ~、参った参った、今日は仕事は終わりだ。仕事場は明日片付けよう。大丈夫だったか? 怪我はないか?』と言いながら坊ちゃんの部屋に入ってきた。母は、仕事場に刃物がたくさんある事を知っているのでまずこの家の主の仕事場に行き、すぐとって返して坊ちゃんの部屋に来たらしい。父は普段から落下すると危ない刃物はすべて下に置いてあったので怪我はなかった。ただ足の踏み場もないぐらいに散らかってしまったのだ。母が、「ドンちゃんがね、この子の上になって一生懸命に守ってくれてたんですよ。誉めてやってください。」と、この家の主に言った。この家の主は『でかいの、よくやった えらいえらい』と誉めたが、ドンの日の丸の様な頭を見て思わず笑い出していた。ドンは『ワホッ』っとしっぽを振っていた。この家の主は「じー」の家に行って様子を見てくると言い、坊ちゃん、ドンと一緒に「じー」の家に行った。こちらも同じような状況でお弟子さん達の部屋や、「じー」の部屋、厨房等散々であった。しかし怪我をした人が1人もいなかった事は不幸中の幸いであった。「じー」の部屋は「じー」が趣味で集めた湯飲みなどが割れて散らばっていた。「じー」は蔵の鍵を持ち蔵に行った。こちらも、色々な物が落下して散らばっていた。「じー」は、『こちらは後で時間のある時にでもやるか』と言い自分の部屋に戻り、部屋を片付けていた。数時間後、ある程度片付いた部屋にお弟子さん達を集め、『みな、すまんがな、厨房を片付けるのを、手伝ってもらえんかな?ここをかたづけんと、夕飯が食えんのでな、実は食堂、寿司屋等など聞いては見たんじゃが、どこも同じで出前はできんそうだ。すでに今日の当番が片付けてはいるんだが、間に合わんらしい、みなでやれば、それだけはやくできるでな。すまんな。』とお弟子さんに頭を下げた。これを見た狸「じー」は、直ぐに「じー」に頭を上げる様に言って大きな声で『解ったな、みんなで直ぐに片付けろ。』小さな声で『片付かないと飯が食えんぞ」と言って笑っていた。さすがに大勢でやれば早く片付く物でその日は少々夕飯は遅くは成った物の無事に済ませた。
翌朝、お弟子さん達は「じー」からは何も言われては居ないのだがお稽古部屋を片付け始めていた。この部屋には別段稽古に必要な道具だけで他の物は置いてないので部屋の大きさのわりには早く片付いた。「じー」は朝早くから棚から落ちた盆栽の手入れをしている。そこへ坊ちゃんがドンに乗りやって来た。ドンは新しく頭に赤チンを塗って貰いますます頭の赤丸が大きくなっていた。お弟子さん達は、「じー」の所へ集まって「他に手伝う事があれば言ってください。」と口を揃えて言った。そして、日の丸頭のドンを見てみな大笑いをした。昼頃までに盆栽の手入れも終わり「じー」は蔵の中を片付け始めた。母もやって来て「じー」と一緒に片付け始めた。お弟子さん達もそれを見てみな手伝いに来てくれた。割れた皿や、ガラスの食器等が運び出されていた。狸「じー」は、一生懸命帳簿を付けていた。この帳簿には、壊れた物、運び出された物がびっしりと書き込まれていた。坊ちゃんは、危ないからと蔵の中に入れてもらえなかった。「じー」の家の蔵は、時代劇に出てくる様な古びた土蔵である。坊ちゃんは、まだこの土蔵の中へは入った事がなかった。

第23章 遠吠え

 坊ちゃんと、ドンが「じー」の家の庭にある大きな岩の様な庭石の上で座っている。ドンは、この岩の上で「ウォーーーーーん」と遠吠えをしている。ドンの遠吠えは、低い声で腹に響き渡る鳴き方でとても長くのばす。遠吠えにも何種類か有るらしく、微妙に吠え方が違っていた。坊ちゃんはドンのまねをして『わぉぉぉ』とやっていたが、ドンはちょっと違うと言う様な顔で、何度もやって見せているのであった。どうもドンは、坊ちゃんに遠吠えを教えている様だった。犬に限らず群れで行動する動物は、この遠吠えによって仲間に危険を知らせたり、群れからはぐれた時などに場所を知らせるなどしている様である。坊ちゃんも何度か挑戦しているがドンの様には吠えられなかった。ドンは巨体を揺らしながらのそのそと歩く、、また夜間坊ちゃんのトイレに一緒について行く時など廊下の外側を歩き、時には足を踏み外して庭に落ちビックリした様な声で『ワホッ!』と、鳴いていた。ドンは庭に落ちると、玄関へまわり、玄関から上がり込んでくる。だから坊ちゃんは、ドンの本当の運動能力は知るよしもなかった。或夜、坊ちゃんはドンと一緒に厠に行った。すると『ワホッ!』っと、ドンが鳴き廊下から庭に落ちた。何時もならば、玄関へ走っていき玄関から入ってくるのだがこの夜は、ちょっと違っていた。ドンは助走を付け廊下へ駆け上がろうとしたのだ、この頃の一般的な家の廊下はかなり高さが有り、ましてやドンの様な巨体では飛び上がるのは無理な様に坊ちゃんには思えた。『ドン駄目!!』坊ちゃんが言うが早いかドンはジャンプした、坊ちゃんの頭の上を軽々と飛び越え・・・・・勢い余って部屋の障子を押し倒した。夜中に障子を押し倒す音、この家の主は泥棒かと思い棒を持ち直ぐに駆けつけた。坊ちゃんは、「ドンが寝惚けてぶつかった」と、だけ話した。この家の主は直ぐに障子を入れ直したが障子の桟が数カ所折れていた。ドンと一緒に外へ出て厠に向かう。厠に入ると坊ちゃんは中から『ドン居る?』と声をかけるのだ。この当時庭は暗く、照明も薄暗い物だった。ましてや庭の隅にぽつんと有る厠に1人で入るのは、坊ちゃんは怖かったのであった。坊ちゃんに呼ばれるとドンは『ワフ』と答える。ドンがいる事が解ると坊ちゃんは安心した。

 翌朝、何時もの様に「じー」の家の岩の様な庭石に座り坊ちゃんは『わぉーーーーーーん』と、ドンのまねをして吠えた。ドンは「じー」の家で坊ちゃんとドン専用の畑で、芋を掘って食べていた。坊ちゃんの遠吠えを聞くとドンは一目散に『バフッ! バフッ!』と吠えながら坊ちゃんの元へと走った。その姿は頭の先からしっぽまでが一直線になる走り方でもちろん坊ちゃんは今までドンのこのような走り方は見た事もなかった。ドンが坊ちゃんの元へ駆けつけ『バオ! バオ!』と言ってしっぽをビンと立てている。坊ちゃんは訳がわからず『ドンちゃん、どうしたの?』とドンに聞いていた。どうやらドンが坊ちゃんに教えていた遠吠えは、非常時に使う物らしい、坊ちゃんの吠え方が回を重ねるごとに上達している証拠だった。

第24章 犬まね??

 この頃のドンは、母親のまねを良くする様になった。坊ちゃんの正面に座り、ごにょごにょ言って、まるで母が坊ちゃんを叱っているときのような仕草をしたり。寝る時に横になって坊ちゃんの背中や頭を前足でとんとんと軽く叩いたり、まるで自分が母親にでも成ったかの様な仕草をするのだ。母が、掃除の為バケツに水を入れ廊下に置いた。何時も部屋の中を走り回っている坊ちゃんは廊下に出て、このバケツに思いっきりけつまずいた。母は、「もう、じっとしてなさい! 怪我はない?」と坊ちゃんに言った。すぐに母は、ぬれた廊下を拭き、またバケツに水を入れてきた。そしてまた坊ちゃんは、・・・バケツにつまずいた。さすがに母は、坊ちゃんを叱った。『もう、なにやってんのあんたは!そこに座ってじっとしてなさい!!ドンちゃん見張ってて』ドンは『ワホ』と答えて部屋の真ん中で坊ちゃんの正面に座り、ごにょごにょとまるで母が坊ちゃんを叱るときのような仕草を始めた。坊ちゃんが立ち上がり走り出そうとした瞬間、ドンは坊ちゃんの腰の所に着いているボールを咥え、離さなかった。坊ちゃんが座り込むとまたドンは坊ちゃんの前で座りごにょごにょと始めた。坊ちゃんはドンが、叱っているのに気がついた。試しに『ドンちゃんごめん』と言ってみた。ドンは、『ワホッ』としっぽを振った。廊下の掃除が終わった母は、今度は坊ちゃんの部屋の掃除を始めた。その間もドンの坊ちゃんへの監視は続いた。坊ちゃんは本棚から絵本を取りだし寝そべりながら読み始めた。母は、坊ちゃんの散らかした絵本を片付けていた。ドンが絵本の前で座っている。母が、ドンの仕草を見て、「ドンちゃん絵本読んでるの?」と言った。ドンはしっぽをパタパタと振り『ワウッ』と返事をした。

 その夜、何時もの様に坊ちゃんが寝ようとすると、ドンが絵本を咥えてきた。そして坊ちゃんの横で絵本を読む仕草をした。「ごにょごにょごにょ」、ドンは一生懸命坊ちゃんに何かを聞かせている様だったが、『ドンちゃんうるさい」と、坊ちゃんの一言で、見事とに玉砕してしまった。またこんな事もあった。母親が時間が空き、坊ちゃんの部屋にやってきた。坊ちゃんを自分の膝に抱き色々な話を坊ちゃんにしている。坊ちゃんもこの時とばかりに母親に甘えている。ドンは顔をほころばせながら、しっぽを振っていた。一時母親の膝の上にいた坊ちゃんが、母親に粉ミルクを入れた。この粉ミルクは何時も坊ちゃんの部屋に幾つか置いてある物だ。そして坊ちゃんはこれに瓶に入ったジュースを注いだ。このジュースも坊ちゃんの部屋にはいつもケースで置いてある。当時売られていたフルーツ牛乳を作ったのであった。母は、ニコニコしながら坊ちゃんに『有りがと』というと美味しそうに飲んだ。もちろんドンにも同じ物を作った。飲み終わり母と雑談をして座っていると、ドンが坊ちゃんの後ろに座り後ろから坊ちゃんの脇の下に前足を入れてきた、次の瞬間坊ちゃんを抱きかかえようとしたのだが、そのまま倒れた。倒れても坊ちゃんだけは離さずに自分が下になり抱いていた。おそらく母親が坊ちゃんを抱いているのを見てまねをしたのだろうが、これを見て母親は『ドンちゃん、無理をしないでね。』と、笑っていた。

第25章 ザリガニ取り

 坊ちゃんの家の直ぐそばに小川が流れている。この小川は、坊ちゃんのくるぶしと膝の間ぐらいの深さであった。この小川にはザリガニが、たくさんいた。坊ちゃんは、ドンと一緒にザリガニ取りに出かけた。スルメを貰ってこれでザリガニを釣るのだ。糸に細く裂いて3~4cmぐらいに切ったスルメを付け、ザリガニのはさみの所へ持って行くとザリガニがこれを挟むその時にゆっくりとつり上げるのだ。スルメはそのままおやつにも成る。スルメの足をドンに食べさせる。ドンはスルメの足をくちから2~3cm出して食べる。みながそうして食べていたので、そうする物だと思っていたらしい。ドンも小川に入ってじっとしている。そのうちに『ワホ ワホ』と鳴いた。見るとドンのしっぽや、長い毛にザリガニがくっついている。水の流れに沿ってゆらゆらと揺らいでいる長いドンの毛を餌と間違えて挟んでいる様だ。さっそく坊ちゃんは、ドンにくっついているザリガニを取り始めた。こうして坊ちゃんとドンで捕まえたザリガニは2時間ほどでバケツ一杯に成った。これを持って帰り、母に塩茹でにして貰った。4ぶんの1ほど残し、残りは「じー」の家に行きお弟子さん達とおやつ代わりに食べた。ザリガニの殻はドンが貰って食べた。坊ちゃんは、お弟子さん達に、『これ僕とドンで捕まえたんだよ。』『ドンも一杯捕まえたよ。』と話していたが、その時の様子を坊ちゃんはうまく説明できなかった。またお弟子さん達も犬がザリガニを捕まえる様子は想像できなかった。

 お稽古の休みの日だった、お弟子さん達はバケツを持ち集まっていた。坊ちゃんもバケツを持ちドンに乗った。この日みんなで近所の小川にザリガニを捕りに出かけた。手慣れたお弟子さんは、何も使わずに素手でザリガニを捕まえている。坊ちゃんは相変わらずスルメで釣り始めた。草の葉や、細い枯れ枝などを使ってザリガニのはさみに軽く触れると、ザリガニははさみで挟む、そこをつり上げたり色々やり方がある様だ。ドンは、しっぽを下げ、じっとしている。しばらくすると、『ワホ ワホ』と吠えた。ドンのしっぽや、体の長い毛にザリガニがくっついていた。坊ちゃんは丁寧にザリガニを取り始めた。お弟子さん達は、坊ちゃんの、ドンも捕まえたという言葉の意味がこれでわかった様だ。夕方までには、お弟子さん達のバケツや坊ちゃんのバケツも、ザリガニで一杯に成った。今度はお弟子さん達が捕まえたザリガニが茹でられ、お裾分けされ母の元に届けられた。

第26章 火災発生

 ドンは救助、介護犬としての訓練を終了している。しかし、この家の主の家で坊ちゃんと暮らす限り、訓練の成果を発揮する機会は、無いようだ。いや、有っては困るのだ。坊ちゃんもドンも平凡な日常を過ごしていた。坊ちゃんは部屋の中で、ドンと遊んでいた。突然、ドンが背中に乗れと言う仕草をした。坊ちゃんは訳が解らないままドンの背中に乗った。坊ちゃんが乗るとドンは直ぐに家の外へ飛び出した。そして大声で『バウバウ バウバウ』と、吠えだした。しばらくすると、きな臭い。お風呂場の方から煙が上がる。ドンはよりいっそう大きな声で『バウバウ』と吠えた。ドンの異常な吠え方に母がきた。母は直ぐに異常に気がついた。『きゃ~、大変誰か来て!!』と叫んだ。この時すでに何人かのお弟子さんがドンが異常に吠えるので様子を見に坊ちゃんの元へ向かっていた。母の叫び声で更に何人かのお弟子さんが走ってきた。煙を見て1人のお弟子さんが皆を呼びに行った。父も異常に気がついてやって来た。お弟子さん達は手に手にバケツを持ち手押しポンプからバケツリレーを始めた。手押しポンプを押す人、空のバケツを持って戻る人、みな一生懸命だった。幸いにも発見が早かった為、大事には至らなかったが、風呂が使えなくなった。この家の主は元々桶職人なので風呂は自分で作るが急いで作っても半月はかかる、それまでに注文を受けている風呂もあるからそれを先に作らなければならない。納期だけはどんな事があろうと守らなければ職人としての信用に関わる。その間「じー」の家の風呂を使わせて貰う事になる。ドンはかわいそうだがその間、風呂は我慢して貰う。この家の主が庭にドラム缶を置きドラム缶風呂を作った。この風呂のお湯でドンを洗ってやる事は出来るが、母はもちろんこれには入らない。坊ちゃんも、何時も「じー」の家の風呂に入っているのであえてこれに入ろうとはしない。結局このドラム缶風呂は、この家の主専用と成った。翌日、仕事を早めに終わらせて、この家の主がドラム缶風呂に水を張っている。張り終えると薪に火を付けた。その姿は、心持ち寂しそうであった。風呂が沸くと、この家の主は、坊ちゃんの部屋に来た。にんまりと笑うと、坊ちゃんを裸にして抱き抱えドラム缶風呂へと向かった。この家の主が坊ちゃんを抱いたり、一緒に風呂に入るなどと言う事は滅多に有る事ではない。父と子の裸の付き合いである。父に体を洗って貰い、父の背中を洗い一緒にふざけながら入っている。2人とも十分に暖まると、ドンを洗おうと言う事になった。親子二人で、ドラム缶風呂の残り湯でドンを洗い始めた。ドンはじっとして洗って貰っていた。普段は坊ちゃんが小一時間かけて洗ってやるのだが、さすがに父と二人で洗うと早く洗い終わった。風呂が使えなくなってから、毎晩この家の主は、坊ちゃんとドラム缶風呂に入った。坊ちゃんも実に楽しそうで有った。ある晩、この家の主が坊ちゃんを風呂に入れようとやって来た。坊ちゃんの部屋には母がいた。母は、『今日は私が入れる』と言って坊ちゃんを抱き抱えた。この家の主は、仕事を早じまいしてきているので、他にやる事もない。しばらく、坊ちゃんの部屋で親子3人と、犬一匹の和やかな時間が流れた。母は、食事の支度をする為に、坊ちゃんの部屋を出た。食事の支度が出来るまで父とドンでふざけながら遊んでいると、食事の支度が出来たと母が呼びに来た。何時ものように食卓に座ると、父は自分の膝の上に坊ちゃんを抱いている。これを見た母は、「自分で危ないから、俺はこの子を抱かないって決めたんでしょ?。仕事場に来ると危ないからって。仕事場には刃物が一杯有るからって。この子が怪我をしても良いの。?」と、坊ちゃんを取り上げた。母は、自分の膝の上で坊ちゃんを抱き、食事を始めた。父は黙って食べていた。食事が終わり、母が洗い物をしている。坊ちゃんはドンと部屋に戻った。夜九時過ぎに母と坊ちゃんは、「じー」の家に行き風呂に入った、女のお弟子さん達も入っていた。母は、女のお弟子さん達と楽しそうに話しながら風呂に入っていた。坊ちゃんは、ここでもすごい人気で『おいで、おいで』と声が掛かっていた。普段は坊ちゃんを抱こうとすると、ドンが、『ワフッ!』と吠え制止するので、坊ちゃんを抱いた事のある女のお弟子さんは数人しかいない。しかしここでは、ドンが入り口の外なのでみなが坊ちゃんを抱き抱えた。小さい子供はどこへ行っても得である。ましてや坊ちゃんはひょうきんで人見知りをしない性格なのでみなにかわいがられていた。風呂から上がり、坊ちゃんの部屋に戻ると部屋の真ん中にぽつりと父がいた。その姿はどこか寂しげであった。

  「じー」の家では、しばらくの間、お弟子さん達がドンの話で持ちっきりだった。坊ちゃんボッチャン事件、今回の小火と、いち早く異常を知らせたのはドンだった。ドンは利口な犬、賢い犬と、お弟子さんの間で噂されるようになった。またこの家の主の家でも、来客等が有るとこの話しが出てくる。この家の主はちょっと自慢で有った。坊ちゃんは何かにつけ『ドンは救助犬だよ』と、自慢していた。約一月ほどで新しい風呂が出来あがり普段通りの生活に戻った。

第27章 クリスマス

 この頃は、据え置き型の大きいラジオが一家に一台というのが一般的だった。この頃のラジオは真空管式で電源を入れてしばらくしないと音が出てこない物だった。感度もさほど良い物ではなかった。この頃、トランジスタを使った小型のラジオが店頭に置かれるようになった、しかしトランジスタラジオはまだまだこの時代高価で普及はしていなかった。この家の主の家には、据え置き型のラジオが一台有る。木製の箱形の物でかなり使い込まれた物のようであった。このラジオは父の仕事の関係で出入りする人や、仕事の注文をする人達が通される部屋の棚の上に置かれていた。もちろん坊ちゃんはこのラジオには背が届かなく自分で電源を入れる事は出来ない。坊ちゃんはこの部屋でドンと一緒にラジオドラマを聞いていた。しかし、お客さんが来ると、坊ちゃんとドンは、邪魔だからと追い出されてしまう。結局続きは、「じー」の家に行って聞く事になる。もちろん「じー」の家にはテレビも置いてある。この時代のテレビはもちろんモノクロのブラウン管式であった。テレビ、ラジオの置いてある部屋に行き、ラジオのスイッチを入れる。中々音が出ない、やっと音が出てから、チューニングのダイヤルを回し、一番良く聞こえる所に合せる。そんなこんなで聞きたい番組を聞き逃す事などは良くある事であった。この頃、坊ちゃんは、「じー」と買い物に出かけると途中にある電気屋さんで、ショーケースに飾られた牛革のショルダーケースに入った、トランジスタラジオを、何時も店の外から見ていた。しかし、当時数万円もする、トランジスタラジオを欲しいとは、坊ちゃんは言えなかった。当時、おもちゃ屋さんにアンテナ代わりのリード線に、わに口グリップがついて、クリスタルイヤホンで聴くゲルマニュウムラジオという物が売られていた。簡単な作りで検波回路と同調回路のみという非常にシンプルな回路構成であるこのように書くとなにやら複雑に思われるかもしれないが、コイルと、ゲルマニュームダイオード、バリアブルコンデンサというシンプルな作りでこれが小さなプラスチックの箱に入っている。この箱に、アンテナ線取り付用ジャックと、クリスタルイヤホンのジャックが付き、真ん中にはバリアブルコンデンサのつまみがある。聞く時はアンテナ代わりのリード線に付いているわに口グリップで金属製の物に挟む水道管やトタン屋根等が良いようだ。子供達は電柱の柱を支えているワイヤーをよく利用していた。これで、音は小さい物のなんとか聞こえた。このラジオの利点は、電源がいらない、値段が安いぐらいで、当時の子供達はこれをポケットに入れて持ち歩いた。しっかりとしたアンテナの代わりになる物があれば、それなりに聞こえるという程度の物である。組み立てキット成る物も売っており基盤の上に自分で部品を乗せ組み立てるという物もあった。値段はこちらの方が安かった。出来上がった物は石けん箱などを利用して中に組み込んだようだ。年末でどの店も売り出しをしているもちろんおもちゃ屋さんでもクリスマスに合せて売り出しをしている。街頭テレビ(この時代まだテレビは一般家庭には普及しておらず電気屋さんなどが宣伝の為に店先に設置したり電機メーカーが自社製品のテレビを街頭に設置したりしていた。)ではクリスマスの楽しそうな音楽が流れている。「じー」と一緒におもちゃ屋さんの前を通っても、あまりおもちゃには興味を示さなかった。クリスマスイブ、お弟子さん達はクリスマスの飾り付けを行っている。坊ちゃんは、色紙を短冊状に切ってラジオと書きツリーに結わえた。夕方になって、パン屋のおじさんがケーキを配達にきた。「じー」か頼んだ物だが、10箱ぐらいはあったと思う。その1つを、坊ちゃんに、母の所へに持っていくようにと渡した。この家の主は、クリスマスもケーキではなく寿司である。「じー」は、それを知っているのでケーキの入った箱を1箱、坊ちゃんに持たせたのであった。しかし、この年は少し違っていた。この家の主は、何時も寿司なので、たまには坊ちゃんを喜ばそうとケーキを買ってきたのだ、しかも母までもが、寿司とケーキを買ってきたのであった。いくら母と坊ちゃんがケーキが好きでもそんなには食べられない。結果、ドンちゃんへと、ケーキ1箱がプレゼントされる事になった。夕方坊ちゃんとドンは「じー」の家へ出かけて行った。綺麗に飾り付けがされた食堂で、お弟子さん達の作った料理を食べながら、クリスマスイブを賑やかに過ごす。夜も更け、いつの間にか坊ちゃんは眠ってしまった。翌朝目を覚ますと、自分の部屋で寝ている。隣にはドンが寝ているが、眠っては居ない。ドンはプレゼントされたケーキの箱を大事そうに抱えている。坊ちゃんの枕元には、何時も電気屋さんで見ていた牛革のショルダーケースに入った、トランジスタラジオが置かれていた。坊ちゃんは、昨日短冊にラジオと書いてツリーに結わえたので、サンタさんが坊ちゃんの願いを聞き届けてくれたと思った、坊ちゃんは大喜びであった。直ぐにラジオを持ちドンに飛び乗った。そして「じー」の家に行き、「じー」やお弟子さん達に、サンタさんに貰ったと嬉しそうに話した。「じー」に電池を入れて貰い、使い方も教えて貰った。坊ちゃんは本当にサンタさんからのプレゼントだと思っているようだ。母が、朝食の支度が出来たと坊ちゃんを呼びに来た。坊ちゃんはドンに乗りラジオを大事に抱え主の家に戻った。母は、「じー」に、お礼を言い深々と頭を下げた。公務員の初任給が2万円ぐらいの時代である。このトランジスタラジオがいかに高価な物かが解ると思う。食事が終わり、自分の部屋に帰るとドンがケーキの箱を、前足で叩いた。坊ちゃんが『ケーキ食べるの?』と聞くと、『ワホッ』と、答えた。坊ちゃんはケーキの箱を開けて『はいドンちゃん』とドンの前に置いた。しかしドンは食べようとはしなかった。右足を『ワフ ワフ』と、言いながらあげている。食べにくいから切ってくれとでも言っているのかと思い、坊ちゃんは母に頼んでケーキを切って貰った。それでも食べようとはしない。坊ちゃんは困った。何時もならほとんどドンの言いたい事は解ったのだがこの時は、何を言いたいのか解らなかった。しばらく考え込んでいると、ドンが鼻でケーキの箱を坊ちゃんの方に押した。どうやら、一緒に食べようと言っているようだ。坊ちゃんは切り分けられたケーキを一つ、手に取った。ドンは嬉しそうにしっぽを振った。坊ちゃんは、『ドン、これ全部ドンが貰ったんだよ、全部食べて良いんだよ』と言ったが、ドンは坊ちゃんと食べたかったらしい。坊ちゃんがケーキを食べ始めると、ドンは、更にケーキの箱を鼻で坊ちゃんの方に押した。坊ちゃんはもう一つ取って両手で持った。やっとドンがケーキを食べ始めた。鼻の頭にクリームを付け、しっぽをビンと立ててパタパタと振った。何時もなら6等分した物しかもらえないのが、今年はまるまる一個もらったのだ、ドンは本当に嬉しそうであった。坊ちゃんはカットしたケーキ一個は食べたものの、もう一個は食べきれないので、お皿に入れ取っておいた、するとドンも、ケーキの箱の中にカットされたケーキを一個残して左足をあげて『ワホッ』と言った。坊ちゃんはケーキの箱にふたをかぶせて取っておいた。そしておやつにまたドンと一緒に食べた。坊ちゃんは、ドンの首にラジオを提げた。テレビで山岳救助犬が首に樽を提げていたのを思い出したのだった。スイッチを入れるとクリスマスの軽快な音楽が流れてきた。ドンは肩を揺らしノリノリであった。こうして、自分でラジオをたすきにかけたり、ドンの首に提げたりして聞いていた。この年のクリスマスは、坊ちゃんにもドンにも最高のクリスマスと成った。

第28章 初めてのお泊まり

 畑には一面の菜の花が咲き誇っている。日差しが暖かく、風が春の香りを運んでくる。坊ちゃんは、「じー」の家の庭でドンと一緒に草の上で昼寝をしている。この頃の坊ちゃんは、大きな体のドンをベット代わりに上に乗って昼寝をしたりしていた。この家の主の家では、部落の奥さん達が集まってなにやら楽しそうに話し込んでいる。坊ちゃんは、ドンと一緒に奥さん達の集まっている部屋へとやって来た。母にお茶を入れて貰い、ドンと一緒に茶菓子をぱくつく、部落の奥さん達は、観光のパンフレットを沢山集めて持ってきた。それを見ながら、あっちが良いとかそっちが良いとか話し合っていた。バスで一泊の、観光旅行を計画していたのであった。母は、坊ちゃんの面倒を見なければ成らないので、一緒には行けないと、少しがっかりしたように言うと、部落の奥さん達は、一緒に連れて行けば良いと言う事になり、坊ちゃんも、この旅行に連れて行ってもらえる事になった。

 旅行当日の朝、部落の奥さん達が、集まってきた。バスが来るまでの間庭先で話して居るとしばらくしてバスが来た。庭先で母は、この家の主に『言って参ります』と頭を下げ、坊ちゃんは庭先で、ドンに『今日はお泊まりだよ。』と言った。ドンは『わふぉ』と返事をする。母に連れられ、バスに乗る。坊ちゃんは初めて乗る観光バスのシートに座り、はしゃぎ始めた。バス1台貸し切りである。シートはどこでも空いていれば好きな所に座れる。2人掛けのシートに1人ずつ、坊ちゃんは、母と座った。バスが動き始める。窓の外の景色がみるみる変わり、坊ちゃんはバスの窓に顔を貼り付けるようにして、外を見ていた。坊ちゃんは目に映る物すべてが珍しく、『あれなぁーに?』と母に聞いていた。部落の奥さん達は、自分たちが持ってきた段ボール箱を広げ始めた。中には缶ジュースやせんべい、水羊羹、チョコレート、バナナ、さきイカなど色々入っていた。坊ちゃんは、ミカンを剥いて貰い、美味しそうに食べていた。2時間ぐらい走った所で、小休憩と成る。海岸沿いの土産物屋の広い駐車場にバスは入った。ここでも部落の奥さん達は、おやつを大量に購入した。もちろん母も買っていた。ここにバスを止めて、灯台の見学だそうだ。結構な坂道を上っていく、道幅はやっと小型の乗用車が通れるくらいの道幅である。フウフウ言いながら昇っていくと目の前に白い灯台が見えた。ここからまた灯台の中をぐるぐると階段を上る。母も、部落の奥さん達も、もうふらふらである。灯台の上に上がるとみな『うわ~』と、歓声を上げた。ここから見る海は一面に広がり、どこまでも続いて居るように見え、海風が心地よく吹いている。しばらくここで、海を眺めて、またバスへと戻るが、口々に『おぉ~こわ』と言いながら戻る。”こわ” ”こわい”とは、この地方の方言であり、疲れたという意味である。バスへ戻ると、皆、疲れ切った様子で椅子に座り込む。元気なのは坊ちゃんだけ。「誰よ~?、灯台見たいっていったの!?」と、年配のおばさんが言った。『私!、まだまだ若いから』と、年若なおばさんが言った。皆、ぶうぶう言ってはいるが、笑いながら楽しそうである。次に行くのはお寺だそうだ。若いおばちゃんが、『えー、今行かなくてもお寺なら、もうじき行かなきゃ成らないでしょ。』と、言った。年配のおばさん達は、「一度行っておきゃ、まごつかねぇ~べや」と、言いながら大笑いしていた。坊ちゃんは、何の事か解らず、バナナとチョコレートを食べていた。駐車場にバスを止めお寺の境内まで歩く、一通り見て回り次は船に乗る。坊ちゃんは船に乗ると、水面を凝視している。船の直ぐ近くまで沢山の鯛が近づいてくる。船の縁を叩くと、尚も集まってきた。坊ちゃんは一生懸命に、船の縁を叩いた。楽しい時間というのはあっという間に過ぎる、船は戻り皆は船から下りる。ここで昼の休憩と成る。お刺身の盛り合わせで、昼食を食べる。元々海の近くに住んでいる人達だから別段お刺身は珍しい物ではないが、旅先で食べるものはまたひと味違うようだ。ここで皆お土産に定番の鯛味噌を買った。昼の休憩が終わりまたバスは走り始めた。次に行く所も、船に乗れると聞いて坊ちゃんは、わくわくしていた。2時間ぐらいでバスはまた駐車場へ入った。今度は手こぎの小さい渡し船だった。坊ちゃんは一生懸命船の縁を叩いている、だが鯛はやって来なかった。しばらくすると小さな島に着いた。島の中を案内役の人に連れられて、ぞろぞろと後を付いていく。30分ぐらいで島をぐるりとまわり、また手こぎの船で戻る。バスに戻りしばらく休憩すると、またバスは走り始めた。本日の最終目的地と言う事であった。2時間ぐらい走っただろうか、大きな駐車場にバスは入った。大きな温室のような建物が、数棟建っている。バスを降り歩いて行く、温室の中に入ると見た事もない花が咲き、見た事もない木に色鮮やかな鳥がとまっている、坊ちゃんはとても楽しそうだ。しばらく、温室のような建物の中を見て回り、また別の温室のような建物の中へ移動する。こうしてすべての建物の中を見て回った。次に行ったのが一面花の咲き乱れる花畑、花畑の中には人が歩けるように小道が造ってある。坊ちゃんは、ここが気に入ったようであった。坊ちゃんは黄色い菜の花畑の方に歩いて行った。菜の花の香りがとても気持ちよい、坊ちゃんはじっと菜の花を見ていると、白い蝶が飛んできた、坊ちゃんはその蝶をずっと見ていた。楽しい時間が過ぎ次はいよいよ宿に向けてバスは走り出す。宿は、近くあっという間に着いた。見るからに古めかしい趣のある宿だ。皆で温泉に入って汗を流す。夕食は大部屋の宴会場で食べる、客は、部落の奥さん達と、母と坊ちゃん、それと数人の観光客だけだった。夕食の献立はここでも刺身が中心であったが、食用花の天ぷら、お吸い物があった。食用花というのは当時非常に珍しく誰も食べた事がなかった。坊ちゃんは、天ぷらが大好きである、最初にぱくついた。ちょっと苦みの有る味だがまずくはない。食べながら段々と盛り上がり、中年奥さんパワー炸裂で飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ、数人いた観光客も混じっての大宴会と成った。坊ちゃんはいつの間にか母の膝の上で眠ってしまった。

 夜9時ぐらいだっただろうか、宿の者が母を呼びに来た。自宅から電話と言う事である。何かあったのだろうかと、皆母の後にぞろぞろとついて来る。坊ちゃんも起きて一緒について行った。「じー」からの電話であった。この家の主と、「じー」には泊まっている宿の名前と電話番号を知らせてあったので「じー」が電話をかけてきたのだった。「じー」によると、ドンが夕方から『ワフ~ゥ ワ~フゥ~』とずっと鳴いている、時には遠吠えもしている、ドンは声が大きいのでこのままだと近所にも迷惑が掛かる、どうやら坊ちゃんを捜しているようなので、坊ちゃんの声を聞けば安心するだろうと言う事だった。受話器を坊ちゃんに渡す、受話器から「じー」がドンを呼ぶ声が聞こえる。『ドン! ドン!』と、坊ちゃんは呼びかけた。受話器からドンの『ワフ ワフ』という声が聞こえた。坊ちゃんは、『今日はお泊まりだよ、明日の夕方帰るからね。お土産買っていくから待ってて』と言った。ドンは『バホ! バホ!』と言った。「じー」がドンに心配ないよ、母が一緒だから、と話している声が聞こえた。母は、受話器に向かって「ドンちゃん、明日の夕方帰るからね。待っててね。」と言った。ドンは「ワホ!」と言った。どうやら、坊ちゃんの言ったお泊まりの意味がドンは理解できていなかったようだ何時も居るはずの時間に、坊ちゃんが居ないのでドンは坊ちゃんを捜し回っていたようだ、この夜、ドンは「じー」の家の玄関で電話機を前足で挟み、一夜を明かした。

 翌朝、今度は坊ちゃんが「じー」の家に電話をかけた。しばらく呼び出し音が続く、「じー」が出た。坊ちゃんは「じー」に『ドン居る?』と言った。その声にドンは「ワホ! ワホ!」と吠えた。母と変わり、母は、しばらく「じー」と話しまた坊ちゃんに変わった、坊ちゃんはドンに「お土産買ったよ、待っててね」と言った、ドンは「ワホ!」と答えた。

 朝食も、昨晩と同じ宴会場だった。朝食は至ってシンプルだった。朝食を済ませ、またバスに乗る。今日の予定は、山登りだそうだ。3時間ぐらい走るとバスは段々と山道に入っていくまわりの景色が今までの物とは変わり、見渡す限りが山となる。バスが広い駐車場に入り止まった。この駐車場には大きい土産屋さんがあった、ここで飲み物や食べ物を調達していく事になる。ここから山を登るのだが、途中には休憩場所やトイレはある物の売店などはないそうで、必要な物はここで買うか、山頂での売店で買うしかないそうであった。部落の奥さん達は、六角棒を皆買った、木を六角に削った杖である。いよいよ山道を登り始めた。山登りとは言ってもここは観光の為にある程度整備された山、初めて登る人にも危険はないように考慮されている。山道の両側には自然の草花が咲いている。山道を歩いて行くと最初に着いた所は、お寺だった。このお寺には総高31.05メートルの日本最大の大仏様がある。このお寺に参拝しまた歩き出す、次は、千五百羅漢、奇岩霊堂の中に安置し奉った物で一つとして同じ顔がないと言われて居る遠く海外にもその名を知られている羅漢様である。次々と歩いてみて回る、全部見て回るには2日は掛かると言う事である、とても1日では見て回れない、最後に頂上付近にある地獄のぞきに行ってみる、ここは切り立った岩盤の上から下をのぞき見るちょっとスリルのある場所だ。皆、「きゃ~、きゃ~」言いながら下を覗く。坊ちゃんは残念ながら自分の背より高い柵があるので下は覗けなかった。頂上からバスの駐車場まで歩いて帰る。山道の下りは、思いの外疲れる。

 バスに戻り帰路につく、バスの中では段ボール箱を開けて飲み物やら食べ物やらをみんなで分け合いながら食べ、飲めや歌えやでとても賑やかである。夕方5時頃、この家の主の家にバスは到着した。ドンが『ワッホ ワッホ』言いながらバスのドアの外に居る、ドアが開き真っ先に降りたのは坊ちゃんであった。ドンは嬉しそうにしっぽを振り、坊ちゃんにすり寄ってきた。坊ちゃんはドンの背中に乗り『お土産買ってきたよ、後で食べようね』と言った。母と、部落の奥さん達は、バスから荷物を降ろしている、すべて降ろすと運転手さんがバスの車内と、トランクルームを点検する、年配のおばさんが運転手さんへ「これみんなからね」とご祝儀袋を渡す。運転手さんは何度も頭を下げバスに乗り走り出した。まだ時間が早いからと母は、部落の奥さん達を部屋に招いて、お茶の支度を始めた。ドンは坊ちゃんの隣に座り、坊ちゃんにお菓子を食べさせて貰っている。母は、「じー」にお土産を持って行くように坊ちゃんに言った。「後で私が行くからって言ってね。」と坊ちゃんに言った。母はドンちゃんこれ「じー」の所まで持って行ってと、手提げの紙袋を幾つかドンに咥えさせた。ドンは坊ちゃんを乗せ、「じー」の家へ歩いて行った。坊ちゃんは、『ただいま』と言って、お土産を「じー」に渡した。後で母が来る事を伝えてドンに乗り戻った。部落の奥さん達は口々に、「利口な犬だね。」と言った。母はちょっと得意げに、『この子が生まれた時から、ずっと一緒なんですよ、この子の言っている事はほとんど解っているみたいなんです』と笑いながら色々話して聞かせていた。そこへこの家の主がやって来て、軽く挨拶を済ませ、母にビールを持ってくるように言った。母は、グラスとビールを持ってきて注ごうとすると栓抜きがない、『ごめん ドンちゃん栓抜き持ってきて』と母が言うと坊ちゃんも『ジュースも持ってきて』と言った。ドンは『ワホ!』と答えてジュースを坊ちゃんに持って来ると直ぐに栓抜きを取りに戻り、咥えてきた。これを見た部落の奥さん達は口々に『解ってるんだわ』 『利口だね』と感心していた。この家の主はビールの栓を抜き、部落の奥さん達に注ぎながら『この犬は俺が買ってきたんだ利口だべ?』と笑いながら、話し始めた。

第29章 電話開通

 やっと、この家の主の家にも、電話が開通した。ドンは、「じー」の家で、坊ちゃんが旅行に行った時に、電話の受話器から坊ちゃんの声が聞こええる事を知った。「じー」の話によると、一晩中電話機を前足で挟み受話器を置くと、咥えて外し『ワホ ワホ』と話しかけ、「じー」が元に戻しても直ぐに咥えて外すの繰り返しだったようだ。仕方がないので、その夜は好きなようにさせて置いたと言う事で、翌朝、ドンのよだれで、べとべとになった受話器を綺麗に拭き、『これはここに置いておくもんなんだよ』と何度か言い聞かせると、今度は受話器が外れないように自分のあごを乗せて待っていたようだ。朝坊ちゃんからの電話でベルが鳴り、「じー」が受話器を取ってドンに坊ちゃんの声を聞かせると、次からはベルが鳴ると自分で咥えて受話器を外し『ワホ ワホ』と、話しかけたそうである。ドンの頭の中には、ベルが鳴ったら受話器を外す。話をする時には、受話器に向かって話すと言う一連の動作がインプットされたらしい。しかし、それが困った問題を引き起こす事になった。まだまだこの時代、電話が普及しておらず、珍しい物だった。この家の主の家で電話が鳴ると、ドンと坊ちゃんが玄関へ向かう、ドンが受話器を外し『ワホ ワホ』と言う、電話をかけて来る人はほとんど一緒なのでドンの声を知っている。『ドンか?とーちゃんいっか?』などと話しかける。するとドンは、『ワホッ!』と答えこの家の主を呼びに行く。後から坊ちゃんがやって来て受話器を持ち『だ~れ? なぁ~にぃ?』と、始める。時には、『解ったと』言って受話器を元に戻す、電話を切ってしまうのだ。この家の主がやって来て誰からと聞いても坊ちゃんは『わかんない』、この家の主は、また電話のベルが鳴るまで、電話の前で待つ事になる。この頃はほとんどが、普段からこの家に出入りしている人からの電話で、ドンの事も坊ちゃんの事も知っている。運悪く、ドンや坊ちゃんが電話に出た時は、またかけ直すぐらいのつもりで皆電話をかけてきていた。当時の電話の使われ方は今とはだいぶ様子が違っていた。電話が掛かってきて電話に出ると、「近所の家の誰々さんをお願いしたいのですが・・・」という電話が掛かってくる事がある。かけられた方は、近所の家の誰々さん宅まで電話が掛かってきている事を知らせに呼びに行く。また、近所の家の人が、玄関先で電話貸してください。と借りに来る事などは、日常的だった。それだけ、当時は部落の人達との付き合いは、みな良かったのである。電話の料金体系も今とは違い同一区域内は3分10円ではなく1回10円だった。また100番通話で、100を回し電話局の交換手を呼び出し相手方に繋いで貰い通話後折り返し電話局から通話時間、料金を知らせてくれるサービスもあり、これにより長距離通話も、その場で料金の確認ができ、一般家庭の電話であっても公衆電話のような使われ方をしていた。特に商売をしている家などの電話は、このような使われ方をしていた。坊ちゃんの家の玄関には、電話をかけに来る人の為に、小さい貯金箱が置かれていた。誰もいない時でも電話をかけ、この貯金箱に通話料金を入れる。もちろん玄関の鍵は何時も開いている。のどかな時代であった。時には自分の畑で取れた野菜や、作りすぎたからと、天ぷらや煮豆などを持ってきてくれる人もいる。また坊ちゃんやドンに、大判焼きなどを買って持ってきてくれる人もいた。特に近所の”とめ”おばあちゃんは、何時も電話を借りに来ると大判焼きを買ってくる。母が、『こんな事しないでくださいね。遠慮はいりませんから。』と言うと何時も、『あ~ぁ~にぃ、私が食いてぇから買ってくるだ。気にせんでいぃ~だよ、ほら食え』と、坊ちゃんやドンに食べるように進める。ドンは、一旦坊ちゃんが受け取り、坊ちゃんの手からでないと食べない。”とめ”おばあちゃんは、『ほんに賢いなぁ、ドンは』と言いながら何時もドンの鼻をなでていた。

第30章 坊ちゃんお蔵入り

 「じー」は朝早くから庭に出て、『えーい!』 『おー!』 『せぃっ!』等のかけ声をあげている。毎朝5時頃である。「じー」は居合いの練習をしているのであるが、真剣を使っているのでこの間は誰1人近付けさせない。時には、周囲に青竹を立てそれを一刀のもとに両断したりもしていた。坊ちゃんは遠目に「じー」の練習する姿を見てかっこ良いと思った。「じー」が厠へ行く為に、自分の部屋に戻り刀を壁に立てかけた、普段は必ず鍵の掛かるロッカーで厳重に保管されているが、この時はほんの数分だからと立てかけたままにして置いたのだった。運の悪い事に、この日に限って偶然早く起きてしまった坊ちゃんがやって来たのだった。壁に立てかけてある刀、普段手にする事などできない刀。坊ちゃんは刀の柄に手をかけるが、抜く事ができない、両足で鞘を挟み渾身の力で引き抜く、やっと抜けた物の、坊ちゃんは刀身で指を切ってしまう。この時ドンは運悪く畑にいたのだった。坊ちゃんの泣き声で直ぐにドンがやってきたドンは直ぐに狸「じー」の所へ走って行き呼んできた。直ぐに坊ちゃんは手当てされ幸いにも傷は深くはなく、切り口も1cmぐらいで有った。「じー」も戻って来た、「じー」は坊ちゃんを抱きこの家の主の元へ、謝りにやってきた。この家の主は事の次第を聞き、「じー」には、危険な日本刀を放置した罰、坊ちゃんには、触ってはいけないと言ってあるのに勝手に触った罰、ドンには常日頃から坊ちゃんを頼むと言ってあるのに坊ちゃんの所から離れた罰として、「じー」、坊ちゃん、ドンの2人と一匹は、蔵に閉じ込められる事になった。坊ちゃんは蔵には一度も入った事がない。初めて蔵の中に入りわくわくしている。坊ちゃんにしてみれば、蔵の中は見た事もない宝物の宝庫だったのだ。ドンと一緒に蔵の中の物を珍しそうに見ている。この家の主が「じー」も一緒に蔵に入れたのは坊ちゃんとドンだけだと何をしでかすのか解らなかったからである。お昼頃、母が、お茶とおにぎりを持ってきた。夕方まで出すなと言われて居る事を、「じー」に伝えた。「じー」は笑いながら『解りました』と頭を下げた。夕方に成ってやっとこの家の主の許しが出て「じー」と坊ちゃんとドンの2人と一匹は、蔵の外へ出た。「じー」はこの家の主に、もう一度謝った。坊ちゃんとドンもごめんなさいをした。すると母が、いきなり大笑いをし出した。釣られてこの家の主も笑い出した。「じー」も笑い出した。坊ちゃんはきょとんとしている。母は、『ドンちゃん、あかべこみたい』と言って大笑いしている。玄関先に置いてあるお土産に貰った木彫りの赤い牛の人形の頭の様にドンが頭を動かしていた。また「じー」は、この頃から練習には刃引きをした居合い刀を使う様になった。毎朝、5時頃「じー」の元気なかけ声が聞こえるはっきり言って近所迷惑であった。

第31章 ドンちゃん予防接種を受ける

 法令で定められた予防接種、狂犬病と混合ワクチン、飼い主には義務づけられている。今日はその予防接種を受ける日であった。村の集会場に獣医さんがやってきてそこで受ける。犬を飼っている人はみなここへ自分で連れてくるのだが、この時代犬の登録すらしない飼い主が多かった。坊ちゃんは10時頃にドンの首輪に手綱を付け、背中に乗って集会場へ向かった。ドンは何回か予防注射は受けているので、場所は知っている。集会場に着くと色々な犬がワンワン、キャンキャン鳴いている。みな注射を打たれる瞬間に『ギャン!』と言う鳴き声を上げる。結構針は太い。ドンと坊ちゃんはならんで順番を待つ、本当はこの間に申込用紙、証明書発行申請などの書類を書かなければならないのだが、坊ちゃんはまだ字が書けない、当然、書いて貰う事になるのだが、この時代、高齢者に成ると字を書けない人がいたのだ、その為に役場の人達が数人と獣医さんの所の看護婦さんの様な白衣を着た人が、用紙の書き方を教えたりしていた。坊ちゃんは、この白衣を着たお姉さんに書類を全部書いて貰った。ドンの首輪には登録票が付いているのでそれを見れば飼い主の名前や住所は直ぐに解る、また坊ちゃんも朝母が名前や住所などを書いた物を袋に入れて坊ちゃんの首に提げていた。それでなくともドンは当時大変珍しい犬種で、また体もとても大きい、背中に子供を乗せてくる等で、役場の人達は坊ちゃんやドンの事は、知っている人が多かった。いよいよドンの順番がやって来た。足を小刻みに動かし、しっぽを上げたり下げたりしている、どうも落ち着かない様だ、獣医さんが『大きいね、注射は犬の体重である程度の量を調整するんだ、2回に分けるからね。』何時もの事である、坊ちゃんは『うん!』と答えた。まず一本目、おとなしく一本目が打たれた続いて2本目、これも問題なく打たれた。他の犬たちは暴れたり逃げ回ったりしている。万が一、ドンが暴れたり逃げ回ったりしたら大変な事になってしまう。役場の係の人達が、何時もの事なので大丈夫だとは解っているのだが、万が一を考えて手綱や首輪を押さえて居たが、何事もなく終わってほっとしている様だった。終わってからビスケットを5枚貰った。予防接種の実施済み証明書を貰ってドンと帰ってきた。貰ったビスケットをドンが3枚坊ちゃんが2枚と分けて食べた。が、これがなんと動物用の虫下しだった。入っていた袋にはきちんと書いてあったのだが坊ちゃんには意味が解らなかった。坊ちゃんは、厠へ入ったり出たりしていた。母は、直ぐに集会場へ行き獣医さんに、子供が食べた事を伝え処置を教えて貰おうとしたが、獣医さんが言うのには心配はないと言う事で、食べた量にもよるが、下痢が激しい場合には人間用の医者に連れて行ってくださいと言う事だった。幸いにも大事には至らず、何度か厠へ駆け込んで収まった。ドンには後日、薬局から動物用の虫下しを買ってきて飲ませた。

第32章 七五三

 男の子は3歳と5歳、女の子は3歳と7歳の年の11月15日に、成長を祝って神社・寺などに詣でる行事であり、元来は関東圏における地方風俗であった。千葉県、茨城県南部地方では、七五三のお祝いを結婚披露宴並に豪華に開催する。坊ちゃんの場合は、この家の主の親族を招いてのお祝いと、「じー」の関係者を招いてのお祝いと2度行われる。ごく一般的な家庭の子でも七五三と成ると、この地方では親戚、知人、部落の人達を招いて結婚披露宴の様な派手で豪華な祝いが催される。この家の主の家でも今日は、坊ちゃんの七五三のお祝いが執り行われる。坊ちゃんは、羽織袴を着せられ、ドンも真新しい赤い首輪を付けて貰い、母のいたずらで頭に赤いリボン、しっぽにも赤いリボンを結わえ付けられていた。この家の主は、近所の旅館の、大広間で七五三の宴を執り行った。皆が集まり父母、坊ちゃんが挨拶をし、父母の仲人さんも挨拶をした。そして「じー」が、乾杯の音頭を取る。宴の開始である。とにかくこの日の宴は豪華であった。父は、仕事柄、普段坊ちゃんと遊んだり、坊ちゃんを抱いたりと言う、ごく一般的な父親がする様な事が出来なかったのである。刃物を扱う仕事故仕方のない事であった。それだけに、父は坊ちゃんの七五三は豪華に執り行った。飲めや歌えや、歌えや飲めやの大宴会、運ばれてくる料理も豪華な物ばかりであった。ドンの前に、一際大きい大皿にのった鰹の刺身が運ばれてきた。それを見ていた人達は、一様に「おぉ~!」と声を上げていた。父は、坊ちゃんが井戸に落ちた時の事を話し始めた。ドンが居なかったならば、今こうして七五三の宴を執り行う事は出来なかった事等を話し始めた。だいぶ酔いが回っているのと、感極まって居たのか涙ながらに話して聞かせる場面もあった。そこで今日は、ドンに心行くまで鰹の刺身を味わって貰おうと大皿を頼んだ事を話した。父は、深々と、犬のドンに頭を下げ礼を言った。ドンは『わふぉ!』と答えた。どこからとも無く、ぱちぱちと拍手がわき上がり会場は大拍手と成った。坊ちゃんが、ドンに鰹の刺身を食べさせ始めた。ドンは行儀良く座って坊ちゃんに口に運んで貰い、ちょっと上を向き「ウマ ウマ ウマ」と良いながら食べた。このような席では、ドンは決して自分で直接器から食べたりはしない必ず誰かに口まで運んで貰って食べるのだ。しかし今日は少し違っていた。酔った勢いもあってか、父がドンに「ちまちま食ってねぇで、かぶりつけ!!」と言った、ドンは、『ウホ?』と言って坊ちゃんや母を見た。母が、『今日だけよ、好きな様に食べなさい。』と言うと、ドンはすくっと立ち上がりしっぽをビン!と立て皿にかぶりついた、パタパタとしっぽを振り、ばくばくと食べ始めた。その顔はとても満足そうであった。100kgを超える大きな犬である、大皿の鰹一皿ぐらい難なく食べてしまう。刺身のつままで綺麗に平らげた。坊ちゃんは自分の刺身のつまの大根をドンにとって食べさせた。またもドンはしっぽをビンと立て、パタパタと振った、坊ちゃんは、『ドンは大根好きなんだよね』と、食べさせていた。当時、ドンの様な大きい犬は、大変珍しくましてや外国から輸入されたと成れば、みな興味津々であった。鰹が大好きで、大根好きな犬。やっぱり外国の犬は日本の犬と違うと、口々に話していた。坊ちゃんは大きな手提げカゴを持っている。中には色とりどりの花とキャンディが入っている。この花とキャンディを参席者に渡し、代わりに参席者からお小遣いを貰う当時、イベントとして、この様な事が良く行われていた。坊ちゃんは最初は自分で持っては居たのだが直ぐにドンにカゴを咥えさせた。そのカゴから花とキャンディを配り、代わりにお小遣いをカゴの中に入れて貰った。一通り、席を回り終わるとまた元の席に着いた。次に、出てきたのは、この地方ならではの太巻き寿司、房総巻き、房総太巻き寿司等と呼ばれている物だ、鶴亀、富士、日の出、松竹梅をあしらった、お祝い用の特別大きい物で直径20cm以上はある特別な物だ、これがお皿にのせて各来席者の前に配膳された。見事な出来映えで食べるのがもったいない様なできであった。もちろん、坊ちゃんやドンの席にも同じ物が配膳された。坊ちゃんは、自分の席の物を、半分にしてドンと一緒に食べた。と言っても、坊ちゃんの手で食べさせた訳ではない、あまりの大きさで手で持つと崩れてしまうので、皿の上で箸で食べやすい大きさに切り口に運ぶのである。坊ちゃんはお皿をもう一枚もらい半分にした物をその皿にのせ、『ドン、かぶりつけ!』と、言った。ドンは立ち上がりしっぽをビンと立てパタパタと振りながら食べた。各参席者の後ろに大きな風呂敷包みが置かれ始めた。父母が、お礼を言い深々と礼をする、一応はここで閉宴と成るのだが、まだ、酒や料理は残っている、各自自由解散と成る。次は、「じー」の家で「じー」の関係者を招いてのお祝いであった。

 翌日、お弟子さん達総出で、朝早くから配膳が始まっている。招く人数が多い為にお弟子さん達も大変である。また寿司や、刺身などを配達する人達も出入りする。「じー」の家では、色々な食材が運び込まれお弟子さん達が腕をふるって調理する。10時頃、「じー」の使いのお弟子さんがやって来て父母、坊ちゃんドンが、「じー」の家に行った。今日も、ドンは頭に赤いリボン
 

人気小説 DON'T坊ちゃん

 投稿者:坊ちゃん  投稿日:2012年11月16日(金)17時27分30秒
返信・引用
  DON'T坊ちゃん

序章

 この家の家族構成は、祖父、母、主である父、長男である。実は長男の次に長女が一人居たが病気で亡くなっている。であるから、この家の主のこれから生まれてくる子は、皆に大切に大切に育てられて行くことに成る。祖父は、若い頃から道楽者で「道楽も極めれば銭に成る」という名言を残した強者であり、その言葉通り多種にわたり道楽を極め尺八、お茶、書道、居合道、生け花等の多種に渡るお師匠であった。この家は、広い敷地内に、学校のような祖父の住まいが有り、弟子達と祖父が住み、これとは別にこの家の主と母、長男の三人が住む母屋がある。垣根で仕切られた私道が有り関所のような作りの木戸で日中は、祖父のお弟子さん達が交代で出入りする人達を管理していた。またこれとは別に、渡り廊下の様な物でお互いの家はつながってはいたのだが家の中からでないと鍵が開けられない構造になっていて往来には不便な作りであった。この家の主は、桶職人であった。しかも、天皇陛下がお入りになる風呂まで作ったというのだからただ者ではない。その時に、瓶に菊の御紋の入った赤、白ワインと菊の御紋付きの金杯が、この家の家宝であった。

 長男は六歳、これから生まれてくる子と年が離れすぎていることを心配しこの家の主は、生まれてくる子の遊び相手にと、子犬を買いにペットショップへ行った。生まれる予定の半年も前のことである。
ペットショップの店主と色々と話をしているうちに、子供の遊び相手なら、子守をする犬が居るがどうだろうかと写真を見せられる。白い、もこもこした犬である。写真だけ見て何のためらいもなく注文した。これが後に大事件に発展するとも知らずに。

 男の子が生まれこの家は幸せの絶頂期であった。そして、注文してあった犬もやっと届いたとの連絡がありこの家の主がペットショップへ引き取りに行くと、・・・・・「でかい。!!」
今まで見たこともない白い大きな犬がそこにいた。写真だけで、視覚対象物がないので大きさが解らなかったのである。チベタン・マスティフという犬種で世界一大きい犬種である。大切な子がかまれでもしないだろうか、それよりも潰されたりしないだろうか不安がよぎった。この家の主は自転車で後ろの荷台に段ボール箱をくくりつけこの中に入れて犬を連れてくる予定であったが、結局、でかい犬と一緒に自転車で手綱を引き「ふぅ ふぅ」言いながら帰ってきた。

 祖父、母が驚いたのは言うまでもない。考えることは皆一緒で、大切な子がかまれたら、間違えて上にでも乗ったら潰されてしまう。この家の主は、祖父、母にさんざん責め立てられる。が、引くに引けない職人気質の、意地っ張り。子守をする犬だから大丈夫と言い放ち子の元へ連れて行き神に祈るような気持ちで、「この子がおまえが面倒を見る子だぞ、たのんだぞ」と犬に話しかける。主の気持ちが通じたのか、このでかい犬が、子供の顔をのぞき込む。とたんに「グエッ!」子の上に軽く重みがかかった。後にこの子は、このときのことはなぜか覚えているそうだ。

 祖父のお弟子さん達に、坊ちゃんと呼ばれすくすくと育ったこの子は、或日、この犬が父に、「そこの白いの」「そこのでかいの」と呼ばれているのに気づく、そう、まだ名前がなかったのである。もちろん、外国から輸入した犬であるから血統書にはきちんと犬の名前が書かれている。アレクサンドリア・フローレス・2世というのがこの犬の本当の名前。またこれとは別に、救助、介護犬としての訓練の修了書も金色のメダルの様なシールに赤いリボンが付いた証書が、一緒に血統書に付いてきた。坊ちゃんが名付け親になり「ドン」に成った。何の事はない、幼少の坊ちゃんが「ドン ドン」と言うと「わふぉ わふぉ」と答えたからである。

第1章 坊っちゃんドンに載る

 這えば立て、立てば歩めの親心、坊ちゃんは立ち上がる時、ドンをギュッと掴み立ち上がる、ドンの毛を当然何本かは引きちぎる事に成るはずだ。だが、ドンはとてもおとなしく、面倒見も良く、賢い性格で微動だにせずこれを許していた。或日、何を思ったか、坊ちゃん急にドンの背中によじ登り、「走れ!」と、ドンの尻を叩いた。お互いに初めての事である、ドンは、ありったけの力で猛ダッシュした。
坊ちゃんは、ドンの背中から360度回転して地面へ尻餅をついた。幸い怪我は無くビックリしただけであったが、すぐにドンが戻って来てつま先から頭のてっぺんまで鼻先でクンクンと怪我を確認している。怪我のない事が解るとそこは賢い犬の事、伏せをして坊ちゃんを背中に乗りやすくして今度は走れの号令でゆっくりと走り出した。これを機に、どこへ行くにも背中に坊ちゃんを乗せていくように成る。そんな坊ちゃんとドンに母は、金太郎さんの腹掛けを作った、坊ちゃんは普通サイズだが、ドンには超大型サイズで、腹掛けではなく背中掛けであった。丸金の背中掛けの上に乗り坊ちゃんはご機嫌であった。

或夏の暑い日の夜、中々寝付かれず、坊ちゃんはドンと一緒に祖父の家に出かけた。坊ちゃんは祖父の事を「じー」と呼んでいた。それまでも、寝付かれない時は、ドンと一緒に祖父の家に出かけて行ったのだが、この日はいつもより遅く夜の10時を回っていた。実は、祖父の家は、お弟子さん達が何十人と居るために、関所のような木戸を設け、そこにお弟子さんを、交代で、出入りする人を管理させていたのであった。しかし、夜10時を過ぎると、木戸を開けると鳴り出す防犯ベルのスイッチを入れて当番のお弟子さんも自分の部屋へ帰るのである。祖父の所には、当時まだ珍しいテレビが有る。坊ちゃんの目当ては、このテレビと、行けば必ずお弟子さん達の誰かが遊んでくれるからで、またお弟子さん達も、普段は8時頃までしか見られないテレビも坊ちゃんが来ると、祖父がテレビのスイッチを入れるので、お弟子さん達は、坊ちゃんの面倒を見ながら、一緒にテレビを見られるので、悪い気はしていないようであった。いつものように、木戸の所まで行くとかならず当番のお弟子さんがあけてくれるのに、この日は開かない。それもそのはず、10時を過ぎていたので、鍵を閉め防犯ベルのスイッチを入れ当番のお弟子さんは自分の部屋へ帰ってしまったのだ。しかし、坊ちゃんにしてみれば、そんな事は知るよしもなく、祖父の家も、この家の主の家も、同じ敷地内にある家。 『ドン、開けて』、100kgも有るドンの事であるこんな木戸を開ける事はたやすい事、体で押すと難なく開いてしまった。が、開いたのは蝶番の方が壊れたからだった。開くと同時にけたたましいベルの音が鳴り響き、これに驚いたドンが「わふ わふ」と、吠えまくっている。いつもは滅多に吠えないドンの声に、お弟子さん達は、手に手に棒やほうきなどを持ち集まってきた。ドンは、壊れた蝶番を見ながら吠えまくっていた。それが、木戸の外に向かって吠えているように見えたのであった。「じー」が、のこのことやってきて『また誰か入ってたのか、皆変わりはないか?』と、木戸から外を見ていた。誰もが泥棒をドンが追い払ったと勘違いしていた。此までにも何度かドンが泥棒を見つけ追い払っていたからである。しかし、「じー」は壊れた蝶番を見て事の真相がわかっていたようだ。

  夏場は毎晩の様に、ドンの背中に乗って「じー」の所へ行き、外の厠へ出てくるお弟子さんを脅かして楽しんでいた。と言うよりは、驚いた振りをさせていたと言うのが本当のところなのだが、この頃は、坊ちゃんは座敷童、きんたろうさん等とお弟子さん達の間では言われていたらしい。或夜、何時もの様に、ドンの背中に乗り脅かそうと隠れていると、風呂敷包みを持った若い男が、木戸から入ってくるのが見えた。まだ、夜の10時前、お弟子さんが木戸の所に居るので新弟子さんだと思われるが、そんな事は坊ちゃんには関係ない、「じー」の家の庭は所々電灯は点いてはいる物の当時は、やはり暗かったのだ。木陰に隠れじっと近づいてくるのを待ち、懐中電灯の光を自分の顔に当て目の前に飛び出た。暗闇からいきなり背中に子供を乗せた100kg級のでかい犬が飛び出すのであるから知らない人は腰を抜かすのは無理もない。「あわ あわ あわ」腰を抜かして外で叫んでいる。お弟子さんや、「じー」も、この騒ぎを聞きつけやってきた。
 「じー」は、遠くからやってきた新弟子さんが疲れているだろうから、お弟子さん達には翌日紹介するつもりで居たらしいが、哀れ坊ちゃんの犠牲者となって、皆に知られる事と成った。当然、この新弟子さんには、坊ちゃんの事はこのときに紹介された。

 第2章 坊ちゃんの誕生日

 坊ちゃんにとって、一番いやな日がやってきた。普通の家庭の子であれば、誕生日のお祝いは楽しいはず。だが、坊ちゃんは誕生日が嫌いであった。それにはこのような理由があった。その世界では、五本の指に入るほどの、巨匠を祖父に持つが為に、「じー」の家での誕生日のお祝いは実に堅苦しい物であった。羽織袴で約3時間座ったままでいるのは子供には酷な事である。もちろんこれが終われば、この家の主の家でもお祝いが行われるのだが。こちらはごく一般的な子供の誕生日のお祝いである。「じー」の家では、前日から、お弟子さん達総出で、坊ちゃんの誕生日のお祝いに口上を延にやってくる人達を、もてなすために膳部を作り始める。それでなくとも普段からお弟子さん達の食事を作る厨房はさながら給食室状態であるが、この日は更に大量の食材が持ち込まれ、食品加工工場と化す。誕生日当日、お弟子さん達も皆、それぞれ着物で正装し、来客達をもてなす。朝10時から開始される坊ちゃんの誕生日祝い、しかし早い人になると朝8時くらいには来ている、中には他の流派の家元さんからの口上を代参するために初めて「じー」の家に来る人もいた。そのような人達は時間に遅れる事は許される事ではなく自分のお師匠の顔を潰す事になるので十分な時間の余裕を持って出かけてくる。坊ちゃんは、普段着る事のない羽織袴で正装させられていた。そして口上に対して返上する内容を一言一言「じー」の、身の回りすべての世話をするお弟子で「じー」よりも年をとった坊ちゃんに狸じーと呼ばれていたお弟子さんに覚えさせられていたのだが・・・・・

 いよいよ、坊ちゃんの誕生日のお祝いの開始と成る。一番上座には、当然坊ちゃん、次にドンしもざへ「じー」が座っている。犬よりも「じー」が下座なのである。初めて来た人には理解しがたい順序であった。それは、ドンは坊ちゃんを守るべく片時もそばを離れなかったのでやむなくこのような並び順になったのであった。一人一人順番に前に出てきては坊ちゃんに一礼し、さらに「じー」に一礼し、戸惑いながらもドンにも一礼し口上を述べる。内容は皆同じような物である。これを延々と何十人と繰り返す訳である。当然坊ちゃんは退屈で、途中でドンにもたれねむってしまうのだが。1時間ほどでこの儀式は終わり、いよいよ坊ちゃんの返上となる。が、そこは幼い子の事、十分に練習はしても中々言葉が出ない。すかさず狸じーがわきに来て坊ちゃんに耳打ちをする。ついに坊ちゃんの口から「きょうはぼくのためにありがとうございます」たったこれだけである。坊ちゃんは、お辞儀をすると頭が下がると同時に、おしりが持ち上がりそのこっけいさにどこからとも無くほほえみの声が聞こえてきた。堅苦しい雰囲気から一瞬にして和やかな雰囲気に場を変えた。膳部が運ばれ、皆正座している、「じー」が一段前えと進み深々とお辞儀をし、お礼を述べ宴会の始まりである。当然ドンの前にも膳部が用意されている。しっかりと訓練された犬である、周りの状況を見て、皆が食べ始めるまでじっと待っていた。またこのような席では坊ちゃんに、料理を口に運んでもらい食べていた。ドンは口に入れてもらうとちょっと上を向き、口をぱくぱくする。この時にちょっとだけ声を出す。その声が、「ウマ ウマ ウマ」と聞こえるのである。

 約3時間後にお弟子さん達総出で、「じー」からの返礼品を、来客人達の席に置き始める当然来客人達は手ぶらで来るはずはない、ご祝儀と、おのおの坊ちゃんの好きなお菓子やおもちゃなどを持ってお祝いに来るので、時には同じ物がダブってしまう事もあった。「じー」からの返礼品は、大きな風呂敷包みで各自、これを持って帰るのだった。このような行事が、毎年行われるので、坊ちゃんのおもちゃ箱は、何時も一杯で、同じような物が年々増えていくのであった。「じー」が、一段前に進み出て、来客人にお礼を述べ、閉宴と成る。しかし、どこにでも飲んべえさんは、いる物で一応の閉宴は迎える物の必ず何人かは、その後も飲み続けている。勝手に手酌で各自飲み続け、酒が無くなれば勝手に帰る。お弟子さん達の接待もやっと終わりになるのだが、休む間もなく次の準備にかかる。

第3章 七夕様

 坊ちゃんの誕生日は、七夕様の前日、誕生祝いが終わるとすぐにお弟子さん達は七夕様の準備にかかる。しかし、こちらは、お弟子さん達の、リクレーション、皆楽しそうに準備をしている。ここで坊ちゃんは、大きな勘違いをしている。坊ちゃんの中では誕生日の祝いも七夕様の飾り付けもおいわいであり、七夕様の飾り付けは、自分のためにしてもらっている思っていたのだ。つまり、日本全国民が自分のためにお祝いをしてくれていると勝手に勘違いをしていた。かなりの大物である。年間を通して色々なリクレーションを「じー」は、行ってる。お弟子さん達は日頃、黙々と芸事に打ち込み一日でも早く独り立ちするためにがんばってるのだ。道楽を極めた「じー」も、人に言えない苦労をして来たのだろう。このリクレーションはそんな「じー」の、お弟子さん達への配慮で有った。夕方までには飾り付けも終わり、坊ちゃんの誕生日のお祝いをかねてお弟子さん達と食事会と成る。同じ屋根の下で暮らすお弟子さん達である、もう皆、家族同然で有った。

 「じー」の家での誕生日のお祝い、その後この家の主の家でお祝いが行われ、その後、食事会とこの日一日、坊ちゃんは忙しい一日を過ごす。だから坊ちゃんは誕生日が嫌いであった。翌、7月7日七夕様、この日はお稽古事は休みで皆のんびりと過ごしていた。「じー」が用意した食材、皆が持ち寄った食材で何人かが夕方から始まる七夕様の為に、料理を作っている。お弟子さん達は、おのおの出身地が違うのでその土地土地の郷土ふるさとの味を作るのだ。これもまた坊ちゃんの楽しみの一つであった。夕方、この家の主と母が、大きなお皿でお稲荷さんを持ってやってきた。もちろんお稲荷さんや巻き寿司などは、「じー」の方でも作ってある。皆が揃ったところで七夕様の宴の始まりとなった。宴もたけなわとなる頃は、お弟子さん達が、三味線、尺八、太鼓等を持ち寄りそれはそれは賑やかであった。坊ちゃんは、両手にお稲荷さんを持ち片方の手で自分が食べ、もう片方の手でドンに食べさせている。なにしろ100kgを超える大きな体の犬なのでそれはそれはよく食べる。この家の主の持ってきたお稲荷さんのほとんどがドンの口の中に消えていった。
 『おーい、ドンおまえもなんかやれ~』お弟子さんの誰かがドンに言った。おそらくほろ酔い気分で冗談に言ったのだろう。ドンは「ワホッ!」と答えるとお弟子さん達の弾く三味線の音に合わせて4本の足で見事に巨体をくねらせながら「ワホッ!、ワホッ!、ワホッ!、ワホッ!」と音に合わせ見事なステップを踏んだ。これには、さすがに皆驚き見いっていた。まさか犬が音楽に合わせステップを踏むとは思わなかったからである。いつの間にか坊ちゃんもドンに合わせてみょーなステップを踏んでいる、その滑稽な姿に一同笑い転げた。

 女のお弟子さん達が、花火をやろうと坊ちゃんを誘った。別のお弟子さんがバケツに水を入れ持ってきた。普通動物は火を怖がる物である。が、ドンは救助、介護の訓練を終了している、そのため火は怖がらなかった。坊ちゃんの隣で一緒になって花火を楽しんでいる様子であった。坊ちゃんは、ネズミ花火、ロケット花火等の派手な動きのある物が好きだった。ここで何を思ったのか坊ちゃんネズミ花火をきれいに庭に並べている。並べ終わると次にロケット花火を地面にさし始めた。すべての作業が終わると、一気に火をつけた。庭中動き回るネズミ花火、飛び交うロケット花火にその場にいたお弟子さん達は大騒ぎとなった。普段から、坊ちゃんの行動は計り知れない物が有った。お弟子さんの中に坊ちゃんの面倒をよく見てくれた、娘がいた。丸顔のぽっちゃりとした顔立ちでみんなから「タミちゃん」と呼ばれていた。年は17、8ぐらいだっただろう。ドンもこの娘によくなついていた。この娘はドンをちゃん付けで呼んでいた。「ドンちゃん」と呼ばれるとドンの顔も笑っている様に見える。この娘がすかさずやって来て坊ちゃんを、抱きかかえたのである。次の瞬間、狸じーがやってきて坊ちゃんをしかりつけようとしたのだが、この娘がうまくなだめてくれた。この狸じーは、年はお師匠さんより上で、お師匠さんの代理として、お弟子さん達の教育係も務めていた。

第4章 お盆  初めてのお留守番

 この時期になるとお弟子さん達も、お盆の間だけ里帰りをする、お師匠さんで有る「じー」は、里帰りするお弟子さん一人一人に、往復の切符と、手土産を持たせる手土産の中には、親元に宛てたお師匠さんからの手紙も入っていた。電話などまだ珍しい時代の事である、ほぼ同じ時期にお弟子さん達が帰ってしまうので、この時期は、「じー」の家もほんの数人だけが残っている状態である。また「じー」はこの時期、色々なところから声がかかり数人のお弟子さんを連れて夏祭り等のゲストとして呼ばれていく。

 テレビなどはまだ珍しい時代の事である。娯楽と言えば実際に目の前で行われる物を見に行くと言う時代だった。「じー」は呼ばれると虚無僧の様な装束で数人のお弟子さん達と出かけるのだ。一旦出かけると1ー2週間は帰らない事も良くあった。ほぼ無人と化す「じー」の家は、何時もの賑わいはなく、静まりかえっている。

 或日、この家の主である父と、母が急用で出かける事となった。「じー」の家には数人のお弟子さんが残っているので坊ちゃんを、このお弟子さん達にお願いし父母は、出かけた。ドンと「じー」の家で残っている数人のお弟子さんと遊んでいたが、夕方には、母屋の自分の部屋へと帰ってきた。この時代犬は外で飼う物というのが一般的であったが、この家でドンは自由に家の中へ出入りをしていた。
玄関先に、ひときわ大きいドン専用の足拭きが置かれここでドンは足を拭いてから家に入る。また坊ちゃんに、お風呂場で洗ってもらったりもしていた。父母は、夜には帰るという事であったが、この当時、腕時計等と言う物は持っている人の方が少ない時代で、暗くなってから明るくなるまでが夜だった。ドンと一緒に部屋の中で絵本などを読んでいると急に天気が悪くなってきた。夏の夕方である、入道雲が出てきて辺りは急に薄暗くなり始めた。ザーザーと激しく降り始めた雨に混ざり遠くから雷のごろごろ言う音も聞こえてきた。しばらくすると、「ピカーッ!!」 「ドドドーン!!」辺り一面が真昼の様に明るくなるほどの激しい稲妻。坊ちゃんはドンにしがみついた。ドンはと言うと仁王立ちに成り稲妻の方向を睨付けている。「ピカッ!」「ゴロゴロゴロ」「ドドーン!!」ますます激しくなり出した。坊ちゃんは仁王立ちしたドンの下に潜り込み震えている。急にドンが庭へ走った。後を追おうとする坊ちゃんに「わほぉふぅ わほ」と言った。相手が動物でも四六時中一緒にいれば、お互いの意志はある程度は伝わるもの、ましてや坊ちゃんとドンは、生まれた頃から一緒に生活していたのだから、何を言おうとしているのかは解ってあたりまえだった。家の中からドンを見ていると庭にある大きな岩のような庭石に上り、稲妻に向かって「ぐがおおおおおー!!」と、雷の音にも負けないぐらいの声で吠えた。2,3度繰り返し、すぐに坊ちゃんの元へ戻って来た、坊ちゃんはぬれたドンの体をすぐにタオルで拭いてやった。ドンに吠えられたからかどうかは解らないがしばらくすると、雷も鳴り止み雨も小降りになってきた。父母の帰りが遅くなると「じー」の家のお弟子さんに電話があった様で、お弟子さんが、迎えに来た。お弟子さんと「じー」の家に行くと、勝手に「じー」の部屋に入り込みテレビの鍵を持ってきた。お弟子さん達も少なくなり、また自分のいないこの時期、坊ちゃんが寂しくない様に、鍵の置き場所を教えてあったのである。当時、テレビは高級家具の様な扱いをされ、木目調で画面の前は観音開きの扉が付いており、この扉に鍵がかかっていた。残っている数人のお弟子さんと共に、テレビのある部屋に行きテレビを見ているとお弟子さん達が自分の部屋からせんべいやら、菓子類を持ってきた。皆で、わいわい持ち寄った物をつまみながら過ごす時間は、坊ちゃんにとってとても楽しい時間だった。もちろん坊ちゃんは、テレビの真ん前に座っていた。その隣には何時もドンがいた。

食事の支度が出来たと、当番のお弟子さんが呼びに来た。坊ちゃんが、ドンの為に小さいバケツを持ってきた。そして庭にあるドンの、洗面器の様なえさ皿も、持ってきた。これからが大変で、小さいバケツで何往復もして、ドッグフードを運ぶのである。運ばなければ、大好きなドンがご飯を食べられない。坊ちゃんは頑張った。やっとドンのご飯の支度も出来皆席に着く。そこで、坊ちゃんは、ドン専用のお箸がない事に気づく、母屋に行ってとってこようとすると、お弟子さんが割り箸を持ってきた。坊ちゃんはこの時初めて割り箸を知った。ドンは、食卓の上にある物をとってもらう時は、お座りをした姿勢から右足をあげる。いらない時は左足。坊ちゃんはドンの鼻の向いている方向で、どれが食べたいのか、大体解る。坊ちゃんが「これ?」と言うと、それが食べたいものならば右足で、おいでおいでをする様な格好をする。もし違っていれば、左足。良く訓練されていた。食事が済むと、またテレビのある部屋へと行き一時皆と騒いではいたが、いつの間にか、眠ってしまった。この頃、坊ちゃんは横になって寝ているドンの上に、よじ登りベット代わりにして寝たり、横になっているドンの前足を枕代わりにしたりして眠っていた。ドンは、首の周りに長いふさふさした毛が生えていた。坊ちゃんはよだれかけなどと呼んでいたが、寒くなると坊ちゃんはドンの前足の間に潜り込みこのよだれかけの中にうずくまるのだった。

第5章 ブランコ

 この家の主が木の枝にロープを結わえ、ブランコを作ってくれた。座る所は木の板で作ってあった。普段、この家の主は仕事がとても忙しくあまり坊ちゃんの相手をしていられないのであった。であるから、手作りのブランコを作ってくれた事はとてもうれしかった。毎日このブランコで遊んでいた。何時もの様に、坊ちゃんがブランコで遊んでいると、ドンが自分も乗ってみたそうなそぶりをする。『ドンものってみる?』そう言ってブランコから降りた。ドンはうれしそうにしっぽを振りながらブランコめがけてジャンプした。
前足で地面を蹴り、ブランコを前に後ろに、揺らしている。坊ちゃんはドンがブランコが気に入って遊んでいると思っていた。『ドン楽しい?』坊ちゃんが聞くと「わふぅ~」と、情けなさそうにドンが答えた。よく見ると、後ろ足が2~3センチ地面から離れているのに気づく。何の事はない、勢いよくブランコにジャンプしたまでは良いが、後ろ足が地面に届かず、降りるに降りられなくなっていたのだ。この家の主をすぐに呼びに行った。主とお弟子さん達がやって来た。ドンをみんなで持ち上げてブランコから降ろそうという事になった。みんなでドンの体を持ち上げるが、とても無理であった。それもそのはず100kgを超える巨体が、そう簡単に持ち上げられる訳がない。、最終的に脚立を持ってきて、ロープを外し何とかドンは救出された。

 数日後、庭にはゴンドラタイプの頑丈なブランコが設置された。ドンが乗ってもびくともしない鉄製のブランコである。ドンと坊ちゃんは、このブランコがとても気にいっている様で暇さえあれば、これに乗って揺られていた。しかし、坊ちゃんは何時もブランコをめいっぱい揺らす、降りてくる時には何時もドンはふらふらだった。

第6章 坊ちゃん ボッチャン事件発生

 お盆も過ぎ里帰りしていたお弟子さんも皆「じー」の家に戻り、「じー」も帰っている。普段通りの賑やかさで有った。しかし、まだまだ夏の暑さは続いていた。この頃は、井戸で、スイカなどの果物を冷やす事が一般的で、この日も井戸の中に、スイカやトマト、キュウリなどが冷やしてあった。
坊ちゃんが、スイカを取ろうと手を伸ばす、その時バランスを崩し頭から井戸の中に落ちてしまった。これを見たドンは、気が狂った様に大声で吠え続けた。普段滅多な事では吠えない犬であるからなんだなんだと皆が駆け寄る、見ると、坊ちゃんが井戸の中でおぼれている。『はしご持ってこーい!!  はしご!!』この家の主が叫んだ。お弟子さんがはしごを取りに母屋へ走った。この家の主は、はしごを待たず井戸の中へ飛び込んだ。両手でしっかりと坊ちゃんを掲げている、しかし坊ちゃんは動かない、ようやくはしごが届き、お弟子さん達の手を借りて井戸の中から坊ちゃんを救い出す。井戸から出た坊ちゃん、すぐに母屋へ運ばれたが動かない、皆が心配そうな顔をしている。『医者だ!! 医者呼んでこい!!』悲痛な叫びにもにたこの家の主の声で有った、近所の医者を呼びにお弟子さんが走って行った。
ドンも坊ちゃんのそばで、心配そうにのぞき込んでいた。そこへ、一人のお弟子さんが、「あの~、わしの所はの、代々漁師での、こん時のやり方おそわっとりましただ。このまま医者の来るのを待っていたんだばの、坊ちゃん本当に死んじまうでの、わしに任せてくれんかの」この家の主も、母も、「じー」も、このままでは、坊ちゃんはほぼ助からない事は解っていた。それならばと、わらをもすがる思いでこのお弟子さんの申し出にすがった。坊ちゃんを逆さに抱え何度も揺すり水を吐かせた、口から息を吹き込む、胸を両手で何度も何度も押す、額に大粒の汗が流れる。誰もが息を潜め見守っている。どのぐらいの時間がたったのだろうか、とても長い時間の様に感じられた。「ふぇ ふぇ」 「ごほ ごほ」 「うわぁーん!!」坊ちゃんの泣き声が聞こえた。ワーと言う歓声にも似た声がどこからとも無く上がった。しばらくしてから、医者が到着した。呼びに行ったお弟子さんも、あたまから水を浴びた様にあせで、びっしょりであった。医者の診察も終わり、念のため病院へ連れて行く事になった。病院で見てもらうと幸いにも異常は見当たらなかった。

 翌朝、この家の主、母、「じー」、坊ちゃん、ドンが、正装していた。と言ってもドンは赤い首輪をつけるだけだが、昨日のお礼をお弟子さん達にする為だった。揃って、「じー」の家に行きお弟子さん達にお礼を言った。皆こころから坊ちゃんの無事を喜んでいた。「じー」から、お礼をかねて昼の食事は寿司等を頼んだと聞かされると皆、大喜びであった。またこの家の主から、井戸は危険であるからすぐに埋め、手押し式のポンプを取り付ける事を聞かされると、お弟子さん達は、飛び上がって喜んだ。水道などという物のない時代である、井戸からつるべで水をくむ労力に比べれば、手押し式ポンプはこの時代とても便利な物であった。またこの家の主から、夕食も頼んであると聞かされ、またまた大喜びするのだった。坊ちゃんの一大事をいち早くしらせたドンにも、この日は特別の食事が待っていた。この日から、坊ちゃんの一大事を知らせた犬としてドンも皆から一目置かれる様に成り、皆から「ドンちゃん」と呼ばれる様になった。坊ちゃんの命を救ったお弟子さんには、「じー」から直接、感謝の書状と、少額ではある物の金一封が手渡された。しかし、この事故をきっかけに坊ちゃんは水を怖がるようになり、風呂が嫌いになってしまった。

第7章 ドンとお風呂

 坊ちゃんは風呂が嫌いになってしまったものの、ドンを洗ってやらなければならず、風呂には入らないが、ドンは洗ってやっていた。こんな状態がどのぐらい続いたのだろう、或日、この家の主が、坊ちゃんの命の恩犬ドンに、妙な形のお風呂を作って風呂場に設置した。それは、大きさの割には、後ろ足の短い、ドンの体型を熟知した職人ならではの、工夫が施されたお風呂であった。楕円形で、前が高く後ろが低くなっていた。何が何だかわからない様子のドンに、坊ちゃんは、『こうやって入るんだよ』と、自分が入って見せた。その後ドンが入る、この家の主は、手桶で、少しづつドンの背中にお湯をかけていた。犬用の風呂と言っても、ドンは、100kgを超える巨体である。その犬が入る為の風呂なのだから、坊ちゃんにすれば大きい風呂である。ただ犬用だけ有って高さがない。ドンはお湯をかけてもらって気持ちよさそうにお座りをしていた。幸いな事に、日がたつにごとに、坊ちゃんの風呂嫌いもだんだんと直ってきている様であった。何よりも自分がドンを風呂に入れなければならない、洗ってあげなければならない。大好きなドンの為だから出来る事で、この家の主は、犬用の風呂桶で、坊ちゃんの風呂嫌いを直そうとしていた。

 数ヶ月後、坊ちゃんの風呂嫌いは直ったが、今度は風呂場で風呂に入りながら遊び、風呂場を水浸しにするのだった。ドンの背中からお湯をかけてやり、ある程度ドン専用のお風呂にお湯がたまった頃、坊ちゃんは浴槽に入る、はしゃぎながら、ふざけながら、『きゃっきゃ きゃっきゃ』と、ドンの顔に両手で、お湯をバシャバシャとかける。かけられたドンも「ワフ!」と、しっぽでお湯を、坊ちゃんにかける。『きゃっきゃ』 「ワフ」 『きゃっきゃ』 「ワフ」の繰り返しでいつの間にか風呂場は水浸し。『なにやってんの! あんた達!!』と、何時も母が、やって来て怒られた。時には、珍しく静かな時もあり、このような時にも母は、必ずやってきた。風呂場でのぼせているか、寝ているかどちらかであった。たまには、ドンが風呂に入りながら、気持ちよさそうに目をとローンとさせている時もある。このような時は、坊ちゃんは、小さい手でドンの鼻をペシペシと叩き、風呂場の外へ連れ出す。早めに外に連れ出さねば、万が一風呂場でのぼせてしまったら100kgを超える巨体である、そう簡単には動かせない。実は、一度だけドンはのぼせてしまった事がある。その時の事を覚えていたので、早めに外へ連れ出していたのだった。

 誕生日のお祝いにもらったおもちゃの中に、ゼンマイ式のアヒルが有った。両手で抱えなければ持てないぐらいの大きい物で、ブリキ製で背中のゼンマイを巻くと足をばたつかせながら泳ぎ回る物で有る。母屋の風呂でしばらくの間は遊んでいたのだが、やはり広いところでアヒルを泳がせてみたくなった。夕方の5時頃、ドンに乗って大きなアヒルを抱き、「じー」の家にやってきた。「じー」の家の風呂場は、大勢のお弟子さんがいるのでさながら銭湯の様であった。ただし、男女の区別はなく、女のお弟子さんが入っている時は、入り口に木の札をかけておく事になっていた。しかし、暗黙のうちに男のお弟子さんが最初に入り、女のお弟子さんは、9時過ぎぐらいに入っている様だった。坊ちゃんが、お風呂にはいる時は、ドンは入り口の外で待っていた。坊ちゃんが、入っている間ドンは中の音に集中する。異変があれば、すぐに駆けつける為だ。また外に居ても「わふ わふ』と定期的に坊ちゃんに声をかける。この時に、返事があれば、おとなしく外で待っているが、返事がなければすぐに駆けつける。元々、救助、介護などの訓練を受けた賢い犬であるから、このぐらいの事は朝飯前である。この頃のお風呂は、ガスや石油ではなく、薪だった、沸かすにも時間がかかる。風呂も当番のお弟子さんが交代で、風呂当番をしていた。またこの頃流行ったおもちゃで、ぽんぽん船と言う物もある。ただしこちらは火を使うので大人の人が一緒の時以外は遊ぶ事が出来ない。おもちゃの船の中に小さい水のタンクがあり、このタンクを下からろうそくで炙り水蒸気を発生させここから出ているパイプが船尾へと伸び、先端が水の中に入る様になっていた。発生した水蒸気が水面へ出る時「ぽん ぽん」音がするので、ぽんぽん船と言われていたようだ。坊ちゃんは、こちらも気に入っていたが、一人では走らせることが出来ないので、ただ持って行行って風呂にうかべるだけであった。運良くお弟子さんが入ってきたら、頼んでろうそくに火をつけてもらい、ぽんぽん船を走らせようと、思っていたのだ。
 「おぅ ドン 居たが? ぼー居るが?」と入り口の方でやや大きい声がした。坊ちゃんが熊おじさんと呼んでいる、顔中髭だらけの豪快な見た目ちょっと怖そうな感じのお弟子さんであった。「うん 居る」と答えた。熊おじさんは、さっさと体を洗い「ぼー あらってやるべ」と背中をごしごし痛いぐらいに洗う、次に頭もごしごし、最後に頭から豪快にお湯をかける。「ぼー 貸して見せ」と言って、アヒルのゼンマイを巻き泳がせた。「これやって」と、坊ちゃんはぽんぽん船を差し出した。当たり前のことだが、坊ちゃんはマッチは持っていない。熊おじさんはたばこを吸うので、マッチは持ってる。熊おじさんに、ろうそくに火をつけてもらいぽんぽん船を走らせ一緒に遊んだ。見た目は怖そうだけど、とても優しいおじさんだった。

 或日、坊ちゃんは、ぽんぽん船を持って「じー」の風呂場へ行ったのだが時間が早い為まだ湯が沸いてなかった。風呂にぽんぽん船を浮かべ遊んでいたのだが、遊んでいるうちに中に水が入ったのだろう船が沈んでしまった。坊ちゃんは沈んだ船を取ろうと手を伸ばす。湯が沸いていないので坊ちゃんは服を着たまま遊んでいた。すかさずドンが飛び出す。坊ちゃんの腰のあたりをくわえずりずりと引きずる、実は坊ちゃんの着ている服はオーバーオールで、背中の腰のあたりにウサギのしっぽの様なボール状の物が頑丈に縫い付けてある。これは母親が、縫い付けた物でドンが坊ちゃんを止める時にこれをくわえる様につけた。坊ちゃんが小さい頃から、勝手に走り出したりして危ないと感じるとドンは坊ちゃんの前に回り込んだり、この部分をくわえたりして止めるのだった。母親は、坊ちゃんが小さい頃から、坊ちゃんの服全部に縫い付けていた、今でも同じように坊ちゃんの服にはウサギのしっぽのようなボールが縫い付けてある。それを見るとみんなかわいいと言った。沈んだ船を取らせないドンに、坊ちゃんは「バカドン 天丼 カツ丼」 等と罵声を浴びせすねてしまった。自分の部屋に戻り、ドンがちかずいてくると「バカドンあっち行け」などと言う始末だった。坊ちゃんにすれば、大事なぽんぽん船、まだそれで遊びたかったのだからそれを取らせなければ怒る。まだ幼い坊ちゃんになぜドンがそうしたか解るすべはない。坊ちゃんは怒りながらいつしか眠ってしまった。夕方、目を覚ました坊ちゃんがおもちゃ箱を見るとぽんぽん船が中に入っていた。風呂当番のお弟子さんが、持ってきてくれた物だが、坊ちゃんはドンが拾ってくれた物と思い込んでいた。

第8章 突撃 隣の夕ご飯。

 カレーライス ハンバーグ ラーメン 当時子供達に大人気の食べ物であった。ここで少し補足しておくが、当時のラーメンは今の様な豚骨だとか味噌バターなどのこってりした物ではなく、醤油ベースの鶏ガラもしくは魚などでだしを取った物で中華そば、志那そば等とも呼ばれとてもあっさりした物でチャーシュー、シナチク(メンマ)などが入っていた。坊ちゃんも例に漏れずこれらの食べ物は大好きであった。夕方「じー」の家からカレーの匂いがする、今晩は、カレーライスだ。すかさず、「今日はじーの所で食べる。」と、自分の皿とスプーンを持って、ドンの背中に乗って「じー」の家に行く。「じー」の所にも坊ちゃんの皿やスプーン、カップなどは用意はしてあるが、坊ちゃんは何時も自分が使っているお気に入りの皿とスプーンを持参で行くのであった。同じカレーライスでも、お弟子さんが交代で作るのだから作る人によって色々な味の物を味わえる。坊ちゃんは「じー」の家、この家の主の家と、気に入った方に出向いて行って食べるのであった。

 或日の朝、ひょっこりと「じー」がやって来た。何でもドンの為に、お皿と、湯飲み(どんぶり)を買ってきたそうで、お茶をたてるからおいでと言うことであった。ドンと一緒に「じー」の部屋に行くと、安物だろうが、それらしく見えるお皿と、大きい湯飲み(どんぶり)がおいてあった。「じー」は、早々、坊ちゃんと、ドンの為にお茶をたてた。ドンは、自分の、お皿と湯飲み茶碗(どんぶり)を貰ってとても嬉しそうだった。坊ちゃん、ボッチャン事件が有ってからドンの待遇は、とても良くなったのであった。ドンは、お皿の上に置かれている和菓子がとても気になる様であったが、勝手には食べず、坊ちゃんをちらちら見ていた。坊ちゃんは、お茶はあまり好きではない様だ、だが和菓子は大好きだった。ドンも、どんぶりの中のお茶をぺろっとなめた「ウホ」と、言いながらしっぽをぱたつかせなめている、ドンは気に入った様だ。和菓子はもともと、ドンも大好きだった。「じー」の入れてくれた茶を飲みながら和菓子をぱくついていると、坊ちゃん有ることが閃いた。自分の部屋へとって返し粉ミルクと砂糖を持ってきた。この粉ミルクは、桶職人であるこの家の主が、養豚業も兼業していたので、未熟児で生まれ自分で母豚から乳を飲めない子豚に飲ませる為に用意してある物なのだが、それを幾つか貰って自分の部屋に置いてある。これを持ってきた。そして、「じー」がたててくれた茶の中に入れた、ドンのどんぶりにも入れた。もちろん「じー」の茶碗にも、抹茶とミルクはとても良く合う。おいしい飲み物ができあがった。「じー」は、とても優しい性格で、特に坊ちゃんには優しく何をしても「うん うん」と笑っているのだ。この時も「これはうまいな」と笑っていた。この頃から、坊ちゃんは、朝10時、午後3時に「じー」の部屋を訪れる様になった。もちろん目当ては、抹茶ミルクと和菓子であった。坊ちゃんは何時も「じー」の部屋の前で「じー お茶入れろ~」と大きい声で声をかける。たまには、狸じーがこれを聞きつけ「坊ちゃん!! 入れろではありません!! おじ~様、 お茶をたててください。でしょ!!」と、叱る。が、『うん、解った』 「じー お茶入れろ~」と、繰り返すのであった。この頃の坊ちゃんはやんちゃでちょっと威張っていた。「じー」の部屋へドンと、一緒にお茶を飲みに行く様に成って、母は、坊ちゃんと、ドンに座布団を作ってくれた、 坊ちゃん用は、ちょっと小さめの四角い座布団、ドン用は大きい長方形で座布団の上でドンがフセが出来る大きさだった。これは、「じー」の部屋に置かれていた。時にはこのまま「じー」の家でテレビを見、夕飯を食べまたテレビを見、いつの間にか眠ってしまうこともある。この家の主は、仕事でどんなに遅くなっても、必ず坊ちゃんを迎えに来た。もちろん坊ちゃんは眠っているので翌朝目を覚ますとドンと一緒に自分の部屋で寝ているのだ。坊ちゃんには、この家の主に抱かれたという記憶がほとんど無い。仕事柄、たくさんの刃物が仕事場にはおいてある。坊ちゃんが仕事場へ来ると危ないのだ、だから普段から甘える様な事はさせず自分から遠ざけていた。もちろんドンにも同じようにしていた。何か用事が有って呼びに行った時でも仕事場の入り口から声をかけこの家の主が出てくるのを外で待つのである。ドンも同じように「ワホ ワホ」と声をかけ外で待っていた。

 この家の主は、寿司とそばが好きだった。坊ちゃんも寿司は好きだった。或日、坊ちゃんは、究極の選択を迫られる事になった。この家の主が寿司を頼んだ、『わーい わーい お寿司 お寿司』と、坊ちゃんは喜んでいた。が、・・・夕方になると「じー」の家の方からカレーの匂いがする坊ちゃんはまよった、悩んだ。ドンに乗って「じー」の家の夕飯を見に行った。間違いなくカレーだった。坊ちゃんは坊ちゃんなりに色々思案している様だったが、時間だけが過ぎていった。結局、この家の主の頼んだ寿司にしたらしく、母屋にいた。食卓を見るとおいしそうなお寿司、ここで坊ちゃん何時も自分が使っているお気に入りのお皿を持ち出し、自分の好きな寿司を、のせ始めた。そして皿を持ったまま、ドンに飛び乗った。行き先はもちろん「じー」の家。『来たぞ~』と、そのまま食堂へ行き食卓の前に座った。ドンと一緒に、寿司をぱくつき、皿が空になるとそれにカレーをよそって貰った。坊ちゃんは、無事この難題を解決したのだった。

第9章 迷医 ドンちゃん

 動物の持つ能力は、計り知れない物がある。自然界で生き抜く為に備わってる能力なのかもしれない。ドンは坊ちゃんと何時も一緒にいて坊ちゃんの体調などもある程度解る様だ。毎朝、就寝前などに、頭のてっぺんからつま先まで鼻先が、体に触れる寸前まで近づけて匂いをかぐ。ある時、坊ちゃんと庭で遊んでいる時、急にドンが鼻を近づけてきた。そのまま『わふ わふ』と言って、母を呼んできた。ちょっと熱が有ったのだ。ほんのちょっとの体調変化も、見逃さない様であった。庭で遊んでいて転んだ時でも、同じようにする。また、夜寝る時に鼻先で、ゴロゴロと坊ちゃんを転がしていた。坊ちゃんはドンがゴロゴロして遊んでくれていると思っていたが、後に解った事だが、実は、坊ちゃんは低体温症だったのだ、こうして坊ちゃんの血行を良くしていたのだ。風邪をこじらせ寝ている時も、ドンはボッチャンの面倒をよく見ていた、当時頭を冷やす物として氷嚢があった。これはビニールもしくはゴム製の袋に氷を入れて頭に当てて、冷やす物でほとんどが、上から吊って額にのせておく形状で有った。ボッチャンが寝返りを打つと額から氷嚢がずれてしまった。ドンは直そうとそっと前足で氷嚢に触れた、とたんにボッチャンの顔に多量の氷が・・・ドンの前足には鋭い爪がある、この爪が氷嚢に触れ破れてしまったのだ。『ドン 何すんの~』坊ちゃんが使っていたのはビニールの袋状の物で、尖った物で触れるとすぐに穴の空く物だった。ドンは、『ワホ ワホ ワホ』そう言うとすぐに母を呼びに行った。

或日、坊ちゃんが何時もの様に家の中を駆け回っていた。その時事件は起きた。「ガシャーン!!」 『わぁ~ん!』けたたましい坊ちゃんの泣き声、坊ちゃんは勢い余って廊下のガラス戸に飛び込んでしまった、あっという間の出来事で、ドンも止める間がなかった。ドンは『ワホ ワホ ワホ』と言って、すぐに母を呼びに行った。坊ちゃんの泣き声に気づいた母は、この時すでに坊ちゃんの元に向かっていたのだが、異変が起きたのは解るがどの様な状況なのかは坊ちゃんの元へ行ってみなければ解らない。母とドンが駆けつけた。坊ちゃんの周りは割れたガラスが散乱していた、母と、ドンが目の前にいるので坊ちゃんは立ち上がろうとした。すかさず、母は『動いちゃだめ!』と制止した。母は、ドンに『ほうき持ってきて ほうき 解る?』 『ワホ!』言うが早いかすぐに駆けだし、ほうきを咥えてきた。母は、坊ちゃんの周りの割れたガラスをほうきで掃き、すぐに坊ちゃんを抱きかかえた。何カ所か怪我をしている様だが大したことは無さそうだ。すぐに病院へ連れて行った。病院での検査の結果は、最悪だった。怪我そのものはたいした事ではなかったのだが、右足の足首の関節付近奥に、ガラスの破片が刺さっていたのだ。医師の説明では、最悪足首が動かなく歩けなくなるかもしれないという事だった。母は、愕然とした。しばらくしてこの家の主である父がやってきた、母は、父に事の次第を説明していた。父はただ黙ってうなずいていた。坊ちゃんの足の手術は無事成功し、足首の奥に刺さったガラスの破片は無事取り出された。入院期間も大事を取って2週間、その後経過を見てリハビリと言う予定になった。一方、家で待つドンは、坊ちゃんが怪我をして居るのは知っている。また廊下には少量では有る物の坊ちゃんの血痕も残っている。落ち着かない様子で、うろうろしている。坊ちゃんが入院しているので、母は、坊ちゃんに付き添っていた。ドンの世話は必然的にこの家の主である父親がする事になるのだが、帰ってこない坊ちゃんを心配して、ろくに餌も食べない。そればかりか、日が経つにつれ体の毛が抜け始めている。人間も心配事などがあると脱毛症になるが、犬も同じように脱毛症になるのだ。元々ドンは、ちょっとふくよかな体型で全身ふかふかな毛で覆われているのだが、げっそりと痩せまた毛が抜けた事により、更にやせ細っている様に見えた。ドンは、自分が一緒にいて坊ちゃんが怪我をしてしまった事を自責しているのかもしれない。一週間後、坊ちゃんは病院内なら出歩く事を許された。この病院は、敷地内に小洒落た喫茶店があり軽い食事ぐらいならば出来た。坊ちゃんは病院の食事には飽きていたので母に抱いて貰い真っ先にここへ行ってミルクとサンドイッチを頼んだ。食べ終わって、帰ろうとすると病院の入り口付近にドンの姿が見えた。ドンは嬉しそうに走り寄ってきた、坊ちゃんもまさか病院にドンが来ているなどとは思っても居なかったのでビックリしていた。
父は、激やせしていたドンを心配し、坊ちゃんが出歩く事を許されたので自転車でドンと一緒にやって来たのだった。ドンは心配そうに坊ちゃんの右足に鼻を近づけクンクンと匂いをかいだ。『大丈夫だよ』と、言って坊ちゃんはドンの鼻をなでた。久しぶりに乗るドンの背中は、とても温かかった。病院の敷地内をドンに乗りぶらぶらと歩いていると、当時ドンの様な大型犬は珍しく、ましてや子供を背中に乗せて歩く犬など見た事もないと、大勢の人達が集まってきた。犬好きな人もいて売店でお菓子を買ってドンにくれる人もいた。西の空が赤く染まる頃、手綱をつけ父はドンを連れて自転車で帰って行った。2週間が経ち、退院し坊ちゃんはこの家の主の家に帰ってきた。タクシーから降りると、ドンが『ワホ ワホ』言いながら真っ先に駆けつけてきた。『ワホ ワホ』と、言いながらぐるぐると母の周りを回っている。荷物を降ろす為に、この家の主がやって来て手伝った。母は、ドンの背中に坊ちゃんを乗せた。ドンはそのまま「じー」の家に歩いて行った。「じー」の部屋の前で『ワホ ワホ』と声をかけたが返事がない。お弟子さん達のお稽古をして居る時間だったのだ。何時もならばドンは坊ちゃんと一緒にこのままおとなしく庭を散歩しているか、坊ちゃんと一緒にテレビを見て待っているのだが、きょうのドンは少し違っていた。坊ちゃんが『テレビ見よぅ』と言ったのだが、テレビのある部屋を素通りしてしまった。『ドンちゃんどこ行くの?』と聞くと『ワフ』と答えた。長い廊下を歩きながらドンは嬉しそうに肩を揺らしていた。着いた先は、大部屋のお稽古部屋だった。普段お稽古中はここへは来てはいけないと言われて居るはずでドンもそれは解っているはずだった。だがドンはこの部屋の前で『ワホ ワホ』と言って「じー」を呼んだ。「じー」が出てきた。「じー」は、坊ちゃんとドンをお稽古部屋へと入れ、『みんな心配をかけたな、これこの通り元気になって帰ってきたので安心しておくれ』と皆に礼を言った。皆、坊ちゃんの退院をこころから喜んでくれた。お弟子さん達が、坊ちゃんの退院祝いをしてくれることになり、夕飯は「じー」の家でいただく事になった。もちろん坊ちゃんの大好きなカレーであった。坊ちゃんは、足を引きずる様にしてはいたものの自分で歩けてはいた。ドンにも自分で乗ったり降りたりしていた。この頃から、ドンは夜寝る時に、何時もの様に坊ちゃんをゴロゴロさせ、その後坊ちゃんの足の裏に鼻をつけたり、ぺろぺろ舐めたりしていた。坊ちゃんはドンが遊んでくれていると思いきゃっきゃと足をばたつかせていた。これを毎日毎日繰り返すのだった。数ヶ月後、この間にも病院へリハビリの為に通っていたのだが、担当医が驚く様な回復を坊ちゃんはしていた。ドンが毎日足をペロペロして刺激を与えてくれたおかげの様だ。坊ちゃんは担当医にうまく説明が出来なく『ドンが、ペロペロする。』これを母親が、担当医に「飼っている犬がどうも夜寝る時に足を舐めたりしているらしいのです。」と説明していた。担当医の話では、動物は怪我をした時や自分の子が具合が悪い時、舐めて治す事がある、元々、生物、動物には自然癒治能力が有るので、それがよい効果をもたらしたのではないかという事だった。それからもドンのゴロゴロ、ペロペロは続いた。

第10章 食欲の秋

 「じー」の家にはお弟子さん達が大勢いるので、当然畑などもある。当時、畑にサツマイモが作ってあった。またこれとは別に、坊ちゃんとドンの畑も作ってあった。ここにある物は自由に取って良いと言われていた。或日、「じー」がたき火をして焼き芋を作ってくれた。坊ちゃんは、一個の焼き芋を、ドンと分け合いながら食べた。ドンは焼き芋が大変気に入った様で有った。

 「じー」の家の庭は、色々な植木が植えてある。「じー」の部屋からの眺めが一番良い様に考えて植えられている。この季節になると、落ち葉が一杯でお弟子さん達は、庭の掃除が大変な様子であったが、隅々までよく手入れがされていた。お弟子さん達は、集めた落ち葉でたき火を始めた。坊ちゃんは自分とドンの畑から芋を掘り始めた。『ワッホ ワッホ』と、大きい前足で掘るのだからあっという間に掘ってしまう。坊ちゃんは芋を持ってお弟子さん達の所へ行った。『これ焼いて』と言って芋を差し出す。お弟子さん達は、坊ちゃんから芋を受け取るときれいに洗って新聞紙にくるみ焼き始めた。おいしそうな匂いが漂い始めた。ドンは待ちきれない様子でしっぽをぱたつかせていた。焼けた芋をお弟子さんが取り出してくれて、熱いのでさめるまで待っていた。お弟子さんも坊ちゃんにやけどでもされると困るので、それはそれは気を遣っていた。ある程度さめて持っても熱くない程度の物を坊ちゃんは一本持ち半分にしてドンと食べた。残りは『みんなで食べて』と、置いていった。4,5本はあっただろう。ドンは、母屋の台所に自分用の籠がありこの中にもジャガイモ、サツマイモ、大根、なす、トマト、などが入っていた。夜中に台所へ行って冷蔵庫の中の物を勝手に食べ、ドンにも食べさせてしまう坊ちゃんへの防衛策だった。籠には大きくドンと書かれている。坊ちゃんは食べてもさほどの量ではないが、ドンは結構食べる、有るはずの食材が翌朝にはなくなっているのだ。それであらかじめドン用の籠を置きこの中に入れこの中の物だったら食べさせても良いという事に成っていた。たき火で焼くとおいしくなる、ドンはそのように覚えたのか、或日、お弟子さんがたき火をしていると、大根を咥えて持ってきた。焼き大根である。これにはさすがにお弟子さんも困った。そのままたき火の中に入れる訳にも行かず結局「じー」の所の厨房で、輪切りにしてフライパンで焼いたこれが食べてみると意外とおいしい。我が家の定番料理と成った。

 毎年の事だが、「じー」は、この季節にキノコ狩りをする。坊ちゃんは、ドンに乗りみんなと出かけた。ビニールの袋におやつを入れ、水筒も二つたすきにかけ出かけた。この水筒は自分用とドンに飲ませる水だった。もちろんこの頃の坊ちゃんは、食用、毒のキノコなど見分けられるはずがない。きれいなキノコだとそれを持ってくる。最初に、『これと同じ物を取ってね』とお弟子さんが、坊ちゃんに食用キノコを持たせた。が、そんな物全然気にかけていない様子だった。『きれいなキノコ有った。』と、持ってくる。午後、早めに切り上げてみんなで、キノコを選別する。万が一にも毒のものを食べたら大変な事になる。しかしこの時代、お弟子さん達は食用のキノコをよく知っていた。晩ご飯には自分たちで採ってきたキノコの炊き込みご飯や、味噌汁、鍋などが食卓に並んだ。坊ちゃんはキノコの炊き込みご飯と、天ぷらが大好きだった。この日は、ドンにも、ドッグフードの他に炊き込みご飯が振る舞われた。

第11章 初めてのお使い

 ドンの背中に乗って母と夕飯の買い物。夕焼けが真っ赤で大きい太陽が見えトンボが飛んでいる。ドンはもうすっかりお店の場所などは覚えている様だ。お肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん、文房具屋さん、駄菓子屋さん、万屋さん(よろずやさん)よろずやさんとは雑貨屋さんの事で有り、現代のコンビニの様な店で、日用品から駄菓子までほとんどの物は置いて有ったと思う。ドンはお肉屋さんが大好きだった。と、言うのはお肉屋さんのおじさんが犬が大好きで、もちろん自分でも一匹飼っていたのだが、ドンが行くと必ず、ハムカツ用のハムの両端を切って食べさせてくれた。坊ちゃんにも、揚げたてのコロッケなどをくれた。もちろん「じー」の所ではお弟子さんが何人も居るのでお肉などはまとめて大量に購入する事になる。このおじさんは何時も自転車で配達をしてくれた。或日、坊ちゃんとドンだけでお使いに行く事に成った。買ってくる物はお肉と野菜、カレー粉だった。寄るお店は、お肉屋さんと八百屋さん、坊ちゃんはカゴを持ち買ってくる物を書いて貰った紙と、お財布を持ってドンに乗った。ドンは、お店の場所はすでに覚えている様で、坊ちゃんが、『お肉屋さんと、八百屋さん』と言うと「ワホ!」と答えた。何時も母と買い物をするコースだ。ドンはまず八百屋へ寄った。『あら、今日はお母さん一緒じゃないの?』と、八百屋のおばちゃんが聞いた。『うん、ドンと買い物』坊ちゃんが答える。『そうえらいわね』と、トマトを二つくれた。次は、お肉屋さん。ここでもお肉屋のおじさんに、『今日はお母さんは?』と聞かれた。坊ちゃんはここでも『うん、ドンと買い物』と答えた。お肉屋さんのおじさんは、『一人で買い物できるんだ、偉いね。』と言った。坊ちゃんは、『一人じゃないよ、ドンと一緒だってば。』坊ちゃんが答える。お肉屋さんのおじさんは、笑いながら『そうかドンちゃんと一緒だよね。ちょっと待ってな。』と言いながら、ハムかつ2枚とコロッケ2枚をくれた。カゴの中は坊ちゃんが持つにはちょっと重いぐらいになっていた。家に帰ると、母がにこにこしながら『お帰り、ご苦労様』と出てきた。坊ちゃんとドンは、途中貰った、ハムかつ、コロッケ、トマトをぱくつきながら、駄菓子屋さんへ寄って居たのだった。帰りが遅い坊ちゃんを母は、心配しながら待っていたのだ。初めてのお使いは、普段母と一緒のお買い物より時間は掛かった物の無事に終わった。この日から母は、坊ちゃんに簡単なお使いを頼むのだった。坊ちゃんがドンとお魚を買いに行った時だった。お魚屋さんで買い物が終わると、ドンはお肉屋さんの方に歩き始めた。坊ちゃんが『今日はお肉買わないよ』と言っても、『ワホ』というばかりで、どんどん歩いて行くお肉屋さんに着くと何時もの様にハムの両端を切って貰い、おいしそうに食べた。
ドンのお使いの目的はこれだったのである。

第12章 お正月

 元旦の朝、坊ちゃんはこの家の主である父と、母に『おめでとう御座います』と挨拶をする。この家の主の父から、お年玉を貰う。その後、ドンに乗って「じー」の家に行く、「じー」の家ではお正月の料理が、食卓に並んで当番のお弟子さん達が忙しそうに動き回っている。何しろ大勢の食事を作るのだから正月でも当番のお弟子さんは大変である。他のお弟子さん達はきちんと、お稽古部屋で座っている。坊ちゃんも、お稽古部屋でドンと座っていた。「じー」と、坊ちゃんから狸じーと呼ばれている、お弟子さんのしつけ教育全般を行っているお弟子さんが前に出て、新年の挨拶をした。新年の挨拶が終わるとおのおの自由に過ごす。朝食まではまだ間がある様だ。「じー」と、坊ちゃんに狸じーと呼ばれているお弟子さんだけは、羽織袴で正装をしている。9時頃、この家の主と、母が「じー」の家にやってきた。そして新年の挨拶を交わす。いよいよみんな揃っての朝食と成る。ドンにも、お正月料理が振る舞われ、坊ちゃんにとって貰いながら、おいしそうにしっぽをビン!!と立てていた。ドンはおいしい物を食べるとなぜかしっぽをビン!!と立ててからパタパタ振る癖があった。何しろ大勢である。わいわいがやがや賑やかな時間を過ごす。お雑煮もお弟子さん達が何時も交代で作るので、そのお弟子さんの出身地によって色々と変わる。お正月の料理も作る人により色々と変わる。坊ちゃんはそれも楽しみであった。「じー」からお年玉を貰い、嬉しそうであった。

 「じー」は、毎年書き初めを行う。坊ちゃんがはしゃぎ回るのでこの時はビニールシートを部屋に敷く。長い紙に書くのだが当然なんと書いてあるのか坊ちゃんには読めない。何を思ったのか、突然ドンが前足に墨を付け紙に何かを書き始めた。「じー」と、坊ちゃんが、書いていたのでドンもまねをしたのだ。ドンは小さい頃から、人間のする事をまねる事が有った、この時もまねをした。ドンの足は人間の大人の手のひらより大きい。その大きい足で紙に何かを書きぺたぺたと足形を押している。「じー」が、『うん うん 良く書けたな 偉い偉い』と、にこにこドンの鼻をなでていた。坊ちゃんも一生懸命書いている。が、どう見ても文字には見えない。今年は、お稽古部屋には、「じー」、坊ちゃん、ドンの書いた物が飾られる事と成る。孫はかわいいと言うが、完全なじじバカであった。

 1月3日この日は特別な日であった。坊ちゃんも、ドンも正装をしていた。(ドンは赤い首輪をつけるだけだが)10時頃から、年始の宴が行われる「じー」の関係者が大勢集まって年始のご挨拶を行う。この宴に坊ちゃんも出席するのだ。実は、この家の主は兄弟二人を全く別の育て方をしていた。また「じー」との付き合い方も変わっていた。というのはそれでなくとも忙しい母を気遣っての事だったのだが、この家の主のお客の接待、年中行事の多い「じー」の関係者の接待とも成ると大変な事である。それでなくとも母は、心臓が悪かったのだ。そこでこの家の主は、祖父は祖父。自分は自分。関係ないとして。「じー」の家の行事にはこの家は関係がないとした。こうする事により母の負担がだいぶ減った。またこの時代、長男は家業を継ぐ事が当たり前とされ、兄は、職人になるべく、父に厳しく育てられる。坊ちゃんはと言うと、次男はいずれ家を出る事になるのだから一通りの教養と、人間付き合いが出来るようにと育てられた。また、関係がないとしても、「じー」の孫、「じー」の関係者達との対面もある。そこで、早くから社交を身につけさせようと、坊ちゃんをレンタル可能としたのである。で、あるから、「じー」は事あるごとに坊ちゃんを借りに来た。坊ちゃんも人見知りすることなく、のびのびと育つ。そう言った訳でこの年始の宴に坊ちゃんも参加する事になる。顔ぶれは、坊ちゃんの誕生日に来る人達とほぼ同じ顔ぶれだ。これがまた代わる代わる年始の口上を述べる。これも一時間ほどで終わる。この間、坊ちゃんはただ座ったまま。最後に坊ちゃんもご挨拶をする。坊ちゃんはドンと一緒に並んで座り『あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。』と、狸じーに教えて貰ったとおりの挨拶をした。儀式的な物はこれで終わり、後は宴会が始まる。
お弟子さんがお正月の料理を運ぶ、宴もたけなわ、するとあちらこちらで坊ちゃんを呼ぶ声がする。坊ちゃんが呼んだ人の所へ行くと、一際大きいご祝儀袋に、お年玉と書かれた袋を貰う。これは当然坊ちゃんのお年玉なのだが、こうする事によって自分の名前や流派を他の参席者に覚えて貰う目的もあるのだ。坊ちゃんはいただいたご祝儀袋をいったん「じー」の所へ持って行く、こうして閉宴前に、『じー』は、いただいた方々の名前を読み上げお礼を述べる。こんな具合だ『何々流 何々家 何々様』『ありがとうございます。』これをご祝儀袋の数だけ繰り返す。この場合袋は大きいが中身は、たいした事はない。それよりも、宴会が終わって帰る時に、坊ちゃんに、直接お年玉袋を渡す人がいる。この方が中身が多い。貰ったお年玉は、兄と分ける事になるのだが、すべて一旦母に預け必要な時にお小遣いとして貰うのだった。

 毎年、この家の主は、坊ちゃんの為に凧を作る、その凧に貼る紙に「じー」が文字を入れる。坊ちゃんには読めないがおめでたい文字だと思う。こうして父、祖父合作の凧ができあがる。このたこを持ってドンと凧揚げをするのだ。この時代、空き地は至る所にある。電柱電線も今の様に多くはなかった。この凧はとても良くできていて簡単に揚がりまたバランスも良く安定していた。空き地に着くと、糸巻きから糸をのばし凧を坊ちゃんが持ち、ドンには糸巻きを咥えさせる。『走れ!』の号令でドンが駆け出す。すると、いとも簡単にこの凧は大空に舞い上がる。正月の遊びと言えばこのほかにも独楽、カルタ、はねつきなどがあるが、これらの遊びも坊ちゃんは好きだった。もちろんお弟子さん達が遊んでくれるのだ。お弟子さん達は、暮れに帰省するか、3が日を過ぎてから帰省するかで新年は皆揃って「じー」の家で迎えるのが通例になっていた。

 とても寒い朝だった、珍しく早朝坊ちゃんをドンが起こした。朝早く起こされた坊ちゃんは寝惚け眼で『なぁにぃ ドンちゃん』と言った。ドンは『ウホ ウホ』と背中に乗れという仕草をした。坊ちゃんが背中に乗るとドンはそのまま外へ出てしまった。坊ちゃんはビックリした。辺り一面が真っ白な銀世界、坊ちゃんの住んで居る所は関東平野の温暖な土地で雪は滅多に降らない、たとえ降っても積もる事はほとんど無い。初めて見る雪、しかも一面に積もった雪、坊ちゃんは思わず『おぉ~』と声を漏らした。が、寒い。それもそのはず起きてそのまま着替えもせず外に出ているのだから。ドンに部屋に帰る様に言い、坊ちゃんは着替えた。着替えるとすぐにドンに乗って庭へ出た。庭へ出るとドンから降りて雪に触ってみた、とても冷たい。かき氷みたいである。坊ちゃんはちょっと食べてみた。冷たいがあまりおいしくはなかった。坊ちゃんは雪を丸めてお団子を作り始めた。いくつも作っているうちに手が冷たくなってきた。そうこうしているうちに、朝ご飯の用意が出来たと母が呼んでいる。朝ご飯を食べ終わると、すぐにまた庭に出た。そして雪を丸めて遊んでいた。日が差して暖かくなると雪はすぐに溶け始める。雪だか泥だか解らない状態になるそれでも坊ちゃんは遊んでいる。テレビで見た雪だるまを作っているのだ。ようやくだるまらしい格好になる頃には、坊ちゃんは泥だらけになっていた。この光景を母はにこにこ笑いながら見ていた。普通の母親ならば、ここで叱りつけ着替えさせるのだろうが、この家の母はちょっと違っていた。坊ちゃんが何かを始めると、必ず最後までやらせるのだった。そしてついに大きい雪と泥の混ざっただるまができあがった。母は「出来たね、よーし、お風呂入って着替えようか?もう良いの?」と坊ちゃんに聞いた。坊ちゃんは『バケツの帽子がまだだよ』と言って、プラスチックの赤いバケツを持ってきた。これですべての作業が終わった。母は、坊ちゃんを風呂場に連れて行き風呂に入れ着替えさせた。ドンも泥で足が汚れていたので一緒に洗って貰った。そして最後に母の一言『着替えたら、絶対に、服を汚してはいけません。』 『汚すと、またお風呂に入って着替えなくてはならないでしょ。? もう着替えはありませんからね。汚したら一日裸で過ごすのですよ。』 『解った??』
坊ちゃんは『うん 解った』と言った。その日一日、坊ちゃんは自分の作った雪だるまを自分の部屋から眺めていた。

 或日、母がお餅を焼いていた。火鉢の周りを、母、坊ちゃん、ドンが囲む様に座っている、そろそろお餅も焼けてきた、その時事件が起こった。「ギャオォーン!!」ドンのけたたましい鳴き声、見るとドンの足にお餅がくっついていた。どうやら、坊ちゃんの前にあったお餅が急にふくらんでそれを危険と判断しとっさにお餅をたたいたようだ。すぐに坊ちゃんはドンを台所に連れて行きドンの足を水につけた。後から母が薬箱を持ってきた。この時代まだ動物病院等はこの地域には無かった。十分にドンの足を冷やし坊ちゃんはやけどの薬をガーゼに塗り、ドンの足に貼った。が、どうやっても包帯がうまく巻けない。母は、毛糸の足袋のカバーの様な物を持ってきた。これをドンにはかせた。坊ちゃんが『ドン痛い?』と聞くとドンは『クォン』と答えるのだった。坊ちゃんは自分の部屋にも置いてあるドン用の水桶と餌皿に、水とドッグフードを入れた。心根の優しい坊ちゃんは、庭にも父が作ってくれたドン用のテーブルがあるのだが出来るだけドンを歩かせたくなかったのだ。この日から坊ちゃんの献身的な看病が始まった。とは言っても物の3週間ぐらいだが。ドンが、庭のドン用トイレ(砂場)に行く時は足にビニール袋を履かせ帰ってくると袋を脱がせる。毛糸のカバーが汚れたら履き替えさせる。やけどの薬をガーゼに塗って張り替える等、一生懸命だった。その甲斐あってか、3週間ぐらいで治った。

第13章 お花見

 3月3日ひな祭り、この家には男の子だけなのでひな祭りは無いのだが、「じー」の家では女のお弟子さんもいるのでひな壇は飾らない物のお祝いは行う。朝食時に皆に桜餅が振る舞われる。坊ちゃんは桜餅が好物だった。ドンに乗り、「じー」の家に行く。『じー来たぞ』と、部屋に入る。「じー」にお茶を立てて貰い、桜餅をぱくつく。ドンも桜餅をおいしそうに食べていた。「じー」が、これも食べるか?と差し出した物は、道明寺と言われる餅米を丸め中に餡を入れ桜の葉の塩付けでくるんだ物だった。食感が桜餅とは違いこちらも美味しかった。そこへ、狸じーが今年の花見の予算と計画書を持ってやって来た。「じー」が、よろしいと言って印を押す。
いよいよ桜も満開、みんなで桜見物に出かける。各地で桜祭りが行われそれはそれは、花見の客で混雑する。「じー」の家の庭にも桜の木は何本か植えてある。この桜の木が満開の頃に、みんなで花見に出かける。道の両側に桜が植えられ、桜の花のトンネルの様な道を進むと広い公園がある。何本もの桜が植えられ、見事に咲き誇っている。適当な場所を選びシートを敷く、とは言っても大勢なので同じ場所と言う訳にも行かず10人ぐらいづつ何組かに分かれてシートを敷く。前日からみんなで作っておいた重箱を広げる、坊ちゃんもドンに食べさせている。皆実に楽しそうに飲めや歌えやの賑やかな宴が始まる、お弟子さん達は、日頃の練習の成果を披露した。周りにいる桜見物の人達も、一緒に手拍子や歌ったり踊ったりしていた。公園の中には出店もある。焼きそば、ラムネ、焼きイカ、お好み焼きなどが定番である。坊ちゃんは「じー」から、お小遣いを貰い焼きそば、焼きイカなどを買って食べている。ドンに乗った坊ちゃんは、どこへ行っても目立つ。行く先々で、人に囲まれる。皆、最初はドンの大きさにビックリするが、おとなしい犬と解ると珍しさのあまり寄ってくる。ドンの顔はまん丸な顔で目尻が下がり、太い鼻、どこから見ても笑っている様に見える顔だった。また体の色も白く、体型も丸い体型をしていた為、さほど威圧感は無かった様だ。なによりも鳴き声が「ワホッ」 「バゥ」 「ウホ」等で、「ワン!」とは鳴かなかった。それも相手を怖がらせない要因で有った。

第14章 タケノコ狩り

「じー」の家には竹林が有る、この竹林は、「じー」の家の敷地に隣接して庭を通って竹林へ入る事が出来る。坊ちゃんは、どういう訳か、この竹林が怖いらしくドンと一緒でもこの竹林の中へは滅多に入らなかった。もちろん竹林の中は、人が歩ける様に作ってはあるのだが、竹林特有の静けさが坊ちゃんは怖かった様である。毎年この竹林でタケノコ狩りが行われる。坊ちゃんも今年はみんなと一緒にタケノコ狩りについて行った。もちろんドンも一緒だ。坊ちゃんは一生懸命、タケノコを探す。地面から頭を出しているぐらいの物を掘る訳だが、坊ちゃんはおおきくなった物を、一生懸命掘っている、坊ちゃんは大きいタケノコを掘ろうとしている様だったが、それはもはやタケノコでは無く ”竹” で有った。ドンは、鼻で『クンクン』しながら、地面が盛り上がりそこから頭を出しているタケノコを見つけ両足で掘っている。100kg級の犬の前足であるからそれはそれは大きい、その大きい足で『ワッホ ワッホ』と掘るのだから、あっという間に掘ってしまう。掘り終わると『ワフ ワフ』と人を呼び、タケノコを鍬で取って貰うのだった。
ドンはタケノコを探すのも早かった。ドンの首から提げたカゴはすぐにタケノコで一杯に成った。どうやらドンは、坊ちゃんの分まで掘っている様だった。坊ちゃんも、大きくなったタケノコは、堅くて食べる所が少ないと言う事を教えて貰い理解したのか、地面から頭を出している物を掘っていた。が、こちらは小さいシャベルで掘っているのだから、一本掘るだけでも時間が掛かる。それでも実に楽しそうに土を掘っていた。掘ったタケノコをおのおの持ち、「じー」の家の厨房で皮をむく、中側の柔らかい皮で、梅干しを包んだ物を、お弟子さんが作ってくれた。これをしゃぶりながら自分で掘ったタケノコを大事そうに皮をむいていた。当番のお弟子さんが夕飯の支度に取りかかる。残ったタケノコは皮をつけたまま、カゴの中に入れてある。坊ちゃんは、一旦、この家の主の家へ帰ってきてドンと一緒に遊んでいた。夕方、手提げカゴに新聞紙でくるんだタケノコを何本も入れお弟子さんがやって来た。母は、玄関先でお弟子さんへお礼を言って坊ちゃんを呼びに来た。坊ちゃんは、ドンと一緒に玄関先へと走っていった。母は『お願い致します』とお弟子さんに言った。ドンの背中に乗り「じー」の家の食堂へ行く、食卓には昼間みんなで掘ったタケノコが調理され並んでいる。坊ちゃんの前に、お皿にのったタケノコが運ばれてきた薄く切ってはある物の別段調理はしてない様だ。当番のお弟子さんが、「そのタケノコは坊ちゃんが掘ったやつだでよ」 「おいらの所では掘りたてのタケノコを刺身でくうだ」と言った。小さいお皿が次々と用意され、酢味噌、わさび醤油、辛子醤油、ショウガ醤油、等が用意された。坊ちゃんは、初めてタケノコの刺身という物を口にした。坊ちゃんは辛子醤油が気に入った様だ。坊ちゃんはドンにも食べさせた。ドンはしっぽをビン!と立てパタパタと振っていた。タケノコ料理で坊ちゃんが好きなのは、天ぷら。坊ちゃんは、天つゆなどは使わない、天ぷらは醤油をつけるか、塩である。実に通な食べ方である。食事が終わり、しばらくテレビを見て過ごす。お弟子さん達に遊んで貰いながら昼間のタケノコ狩りの話を一生懸命お弟子さんに話している。よほど楽しかったのであろう。お弟子さんに、送ってもらいドンと一緒に帰ってくる。お土産に天ぷらを貰い、翌日この天ぷらで天丼を作ってもらうのだ。

第15章 節句 こどもの日

「保育器のガラス越見る初孫に元気に育てと送る鯉」 実に良い歌である。
坊ちゃんは初孫ではないが、皆から大事に育てられている。「じー」の家から、お弟子さん達のかけ声が聞こえてくる。何だろうと坊ちゃんが行ってみるとお弟子さん達が、鯉のぼりを立てる準備をしている。金色の丸いボールの様な物が長い丸木の先端に取り付けられくるくる回っている「屋根より高い鯉のぼり」その歌の通り家の屋根よりも長い丸木を立てるのだから容易ではない。しかし、お弟子さん達は、坊ちゃんの為にこれを立ててくれた。この家の主の家と、「じー」の家両方に鯉のぼりが泳ぐ事に成る。もちろん主の家の鯉のぼりは親類が送ってくれた物だ。「じー」の家の鯉のぼりは、「じー」の関係者の方から送られた物だ。鯉をあげる順番にも気を遣っている、各流派の家元、師匠さん。同じ師匠と呼ばれる方達にも格順がある、格の上の方からいただいた鯉が上に成る。仲には独り立ちしたお弟子さんから送られた物もある。このような鯉は下の方で泳ぐ事に成る。鯉を格順に間違えない様に結わえロープを引く、滑車で上へ上へと昇っていく、坊ちゃんはこの光景を後ろに倒れるのではないかと思うぐらい仰け反って見ていた。立派な鯉のぼりが出来た、見事な光景である。「じー」の家は庭が広いので特に大きい鯉のぼりを泳がす事が出来た。この家の主の家と「じー」の家双方に、鯉のぼりがあがった。するとしばらくしてドンが「ワフ! ワフ!」 「ワフ! ワフ!」と吠えた。見ると一匹の鯉が風で飛ばされ優雅に大空を泳いでいる。坊ちゃんはドンに乗り鯉を追いかけた。お弟子さん達も、後から追いかけてくる。幸い、数百メートル離れた畑の中に鯉は降りた。お弟子さん達は降りた鯉をきちんとたたみまた鯉を上げ直した。皆は一休みし、お茶にする事に成った。「じー」と、狸じーは、箱に入った柏餅を持ってきた。皆柏餅をほおばりながら一時を過ごした。「じー」は、「一杯有るからたんと食べておくれ」と言いながら箱を並べた。坊ちゃんは、両手で柏餅を持ち片方の手で自分が食べもう片方の手でドンに食べさせている。ドンは、上を向き「ウマ ウマ ウマ」と言いながら食べていた。「じー」の家には、子供が着て歩けるぐらいの鎧甲の飾り物があった。坊ちゃんは新聞紙で兜を折り、ドンにかぶせ紐でドンのあごの下で結わえた。坊ちゃんは、この飾り物の兜をかぶり、セルロイドで出来た刀を腰に差しドンに乗ってご満悦であった。この日「じー」の家では夕方、菖蒲湯を沸かした。もちろん坊ちゃんも「じー」の家のお風呂に入り、夕飯もごちそうに成って帰ってきた。

第16章 紫陽花

 「じー」の家の庭に紫陽花がきれいに咲いている。紫陽花は咲き始めの頃は白っぽく、次第に色が変ってくることから「七変化」とも呼ばれる。「じー」の家の庭は、季節ごとに色々な花や木を見て年間を通じて楽しめる様に造ってある。まだ幼い坊ちゃんには、そこまでは解らない物の庭に手毬の様に咲き色の変わっていく不思議な花には興味がある様だ。

 雨上がりにドンが紫陽花の花に鼻を押しつけている。坊ちゃんが『ドン、綺麗だね』と言うとドンは『ワフッ』っと、答えた。よく見るとドンはなにやら口を動かしている。紫陽花の葉にくっついているカタツムリを捕って食べていたのだ。坊ちゃんは、しばらくカタツムリを眺めていた。

 この時期に、この地方では良く食されていたのだが”ながらみ”と言う巻き貝が有る、これが実に良くかたつむりに似ている。これが「じー」の家の夕飯に食卓に並んだ。この”ながらみ”と言う巻き貝はどこでも捕れるという物ではなく九十九里浜・相模湾・駿河湾・浜名湖などで漁獲され、他の地方出身者には非常に珍しい食材であった。もちろん坊ちゃんも知らなかったが、先日、ドンがカタツムリを食べているのを見ていたのでこの”ながらみ”をカタツムリと思い込んでしまった。思わず坊ちゃんは『じー、カタツムリって食えるのか?』と聞いた。「じー」はにこにこしながら、『これは形は似ているが、海にいる貝なんだよ。』 『今取ってやるからな』と言いながら貝の中身を爪楊枝で取り出した。ショウガ醤油を付け坊ちゃんの口に運んだ、コリコリしてとても美味しかった。坊ちゃんは自分で爪楊枝で貝の中身をほじくり出したのだが中々うまく取り出せない。「じー」は、自分の食事もそこそこに坊ちゃんに”ながらみ”の中身を爪楊枝で取ってあげていた。

第17章 夏祭り 花火大会

 夏の風物詩と言えば、夏祭り、花火大会などがある。坊ちゃんの住んでいる所は、海岸の近くである。毎年、盆踊り大会が開催される。浜辺に大きい櫓を組み、紅白の提灯で飾られていた。夕方この櫓の上のラッパ状のスピーカーから、民謡が流れ、なにやら司会者がしゃべっている。何しろ娯楽らしい娯楽がなかった時代である。お弟子さん達は皆そわそわしている。普段より少し早めに夕食を済ませ、お弟子さん達は盆踊り大会に出かけた。もちろん坊ちゃんも、ドンと一緒に連れて行って貰った。ものすごい大きな音で音楽が流れている、それに併せて櫓の周りを大勢の人達が踊りながら丸い輪を作っている。櫓のそばには大きな樽がいくつか置かれていた。樽には水、イチゴ、オレンジ、メロンなどと書かれた紙が貼ってあり「ご自由にどうぞ」と書かれていた。坊ちゃんはさっそくこのジュースを飲もうと思った。近くにいた祭り袢纏を着たおじさんが、紙コップにこの樽からジュースを柄杓ですくい入れてくれた。坊ちゃんは、『ドンにもちょうだい』と、紙コップを指さした。両手に紙コップを持ち片方を自分で飲んだ。何の事はない、イチゴシロップを水で薄めただけのジュースである。ドンにも飲ませた。ドンはしっぽは立てなかったし振りもしなかった。あまり美味しくなかったのである。櫓から少し離れた所では出店が並んでいる、焼きそば、かき氷、焼きイカ、リンゴ飴、チョコバナナ、ラムネ等が売られている。ヒョットコのお面や、ポンプの着いたおもちゃのカエル、ブリキのおもちゃ等も売られていた。金魚すくいや、風船釣りなどもあった。坊ちゃんはドンと一緒にしばらくこの並んだ出店を見て回っていたが、今度は櫓の周りで踊っている人達の列へ加わり一緒に踊り始めたドンは坊ちゃんの隣で並んで歩いている。ドンは音楽に合わせ肩を揺すり4本の足を器用に動かしステップを踏んでいる様だった。坊ちゃんは毎度の事であるが、奇妙な踊りを踊り始めた。犬と一緒に奇妙な踊りを踊り始めた坊ちゃんに周りで見ていた人達は大爆笑をした。坊ちゃんはどこへ行っても人気者であった。司会者が『篠山流 総本家 篠原竹山様による演奏が行われます。皆さん拍手で・・・・・』見ると櫓の上に「じー」と何人かのお弟子さん達があがっている。司会者が「それでは、お願いいたします。」と言うと、一瞬あたりが静まりかえった。浜辺の波の音と、「じー」の吹く静かな尺八の音だけが聞こえてくる。坊ちゃんは、誰彼かまわず「あれ、ぼくの「じー」だよ」と言って自慢していた。5ー6分ぐらいで「じー」の演奏は終わり、後はお弟子さん達の演奏と成る。お弟子さん達は賑やかな民謡を演奏しだした。お弟子さん達の演奏に合わせて皆が櫓の周りを踊りながらぐるぐると回っている。「じー」が櫓を降り、坊ちゃんの元へやって来た。坊ちゃんは、「じー」からお小遣いを貰いドンと出店に向かった。1時間ぐらい経っただろうか、坊ちゃんの姿が見あたらない。スピーカーで呼び出して貰う。「迷子のお知らせです。白い大きな犬にのり、黄色の野球帽、白い半袖のティシャツ、を着た・・・・・」あっという間に、坊ちゃんの居所はわかった。出店の一番端っ
 

7つの封印

 投稿者:エステル  投稿日:2009年 5月28日(木)14時31分44秒
返信・引用
  メネメネ・テケル・ウパルシン! ...2009年 マラナタ!

1月メ日-第1の封印が解かれる。

2月ネ日-第2の封印が解かれる。

3月メ日-第3の封印が解かれる。

4月ネ日-第4の封印が解かれる。

5月テ日-第5の封印が解かれる。

6月ケ日-第6の封印が解かれる。

7月ル日-第7の封印が解かれる。

メネメネ・テケル・ウパルシン! ...2009年 マラナタ!
 

<2009年4月から2012年まで、黙示録の3年半>

 投稿者:St Clare  投稿日:2009年 1月31日(土)10時47分26秒
返信・引用
  1290日が定められています。待ち望んで1335日に至る者は、

幸いです。世の終わりには艱難な時代がやって来ます。

しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。
 

祈りましょう。

 投稿者:マリア  投稿日:2008年 5月26日(月)10時06分44秒
返信・引用
  終わりの時が始まりました。祈りましょう。聖母マリアさまは、

わたしたちの祈りを天にとりなしてくださいます。

【聖母マリアへの祈り】

恵みあふれる聖マリア、

主はあなたとともにおられます。

主はあなたを選び、祝福し、

あなたの子イエスも祝福されました。

神の母聖マリア、罪深いわたしたちのために、

今も、死を迎える時も祈ってください。

アーメン。
 

Re: 何か居るような。

 投稿者:free  投稿日:2008年 2月16日(土)23時51分14秒
返信・引用
  > No.44[元記事へ]

ペルさんへのお返事です。

> 何か居るような気がすることってありませんか?

ペルさん初めまして。
freeと言います。何か居るような気がすることは、ありますね。。
第六感と言うやつじゃないかと思いますが。人間には、防衛本能がありますからね。
目に見えなくとも、何らかの危険が迫ってくれば、それを本能的に察知しているのだと思います。
私は、その様なときは、出来るだけ近づかないようにしています。
結局は、それでなにも起こらなければ、それはそれで良いわけで、何かあってからでは手遅れですから。
ただ、怖い怖いと思っていると、柳も幽霊に見えるのたとえが有りますから、あまり神経質になるのもと思います。私は、夜出歩く事も、多いのですが、どうしても避けたい近寄りがたい所と言うのもありますよ。
 

何か居るような。

 投稿者:ペル  投稿日:2008年 2月16日(土)20時01分50秒
返信・引用
  何か居るような気がすることってありませんか?
公園などで、普段は何にも感じないんだけど、そのときだけ何か居るような気がするとか。
どうして持ちかずきたくないとか。
私は、人間の持っている能力だと思っているんですけど。
 

Re:撮影時の状況

 投稿者:わに丸  投稿日:2007年 4月 7日(土)01時54分9秒
返信・引用
   ようこそ、お越し下さいました、こんな遠くまで来てくれてありがとうございます。
山王台の古山王神社での撮影ですね。ここは、ただの小さい祠のようなものと
思ったら大間違いでして、実は同市内で最も古い神社になります。

 ただし、今から400年前に徳川家康の命により社を他の場所に移動しま
して、後には小さな祠を建ててあります。いわば分社のようなものなのかな。

 さらに、今年はちょうど建立してからうん百年の節目の年じゃなかったかな?

 そう言えば、私も友人が撮ったちょっと不気味な写真があります。そのうち
あげておきますね。ではでは。
 

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