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  1. ぽろりっ(0)
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気分すぐれず、休みます

 投稿者:前田  投稿日:2020年 9月23日(水)05時33分9秒
  おそらく人間は飛びっきりの感情動物です。とりわけ私はこの傾向が強く、何かと精神錯乱を来たすひ弱な精神力です。なかでも、就寝中に悪夢に魘(うな)された直後の気分直しには、わが小心は克(か)てません。「敬老の日」(九月二十一日・月曜日)と「秋分の日」(九月二十二日・火曜日)へと連なった四連休の明け日(九月二十三日(水曜日)、私は悪夢に魘されて気分すぐれず、文章が書けなく休みます。パソコンを起ち上げて、目に触れた項目の一つを添えます。『一気に膨れた』観光客”激増”の京都・嵐山…お店や旅館の心配は『連休後にどうなるか』(9/22:火曜日21:13配信 YAHOOニュース)。なんだかなあー…。  

黄色い蝶

 投稿者:大沢  投稿日:2020年 9月22日(火)16時01分30秒
   庭に出てみると小さな黄色い蝶がひらひらと飛んでいた。
私の頭の中には映画「慕情」のシーンが浮かんでいた。悲し
い映画だったけれど、あの映画の中で飛んでいた蝶は、思い
出すとなぜか胸が熱くなる。
 

令和二年(2020年)、「秋分の日」

 投稿者:前田  投稿日:2020年 9月22日(火)06時52分18秒
編集済
  悲喜交々の思いをたずさえて、「秋分の日」(九月二十二日・火曜日)の夜明けを迎えている。悲しさつのるのは、きょうを境にしてしだいに昼間の時間が短くなることである。さらには季節が、いよいよわが大嫌いな冬へ向かうことである。秋分の日にあって私の場合は、喜ばしい思いはちょっぴりしかない。強いて言えば矛盾するようだけれど、この先、夜長の物思いにさずかることである。しかしこれとて、実際には楽しい気分より寂しい気分にまとわりつかれる。このことを思えば、必ずしも手放しには喜べない。確かに、秋分の日あたりの気候は、暑くもなく寒くもなく、一年じゅうでも飛びっきり心地良い気分に恵まれる。それでも、この心地良さを十分に堪能できないのは、私には早とちりさながらに冬の季節への恐れがあるせいなのかもしれない。バカじゃなかろか! 私はまったく損な性分である。古来、言い伝えられてきた「暑さ寒さも彼岸まで」の成句にあって、きょうの私は今年(令和二年・2020年)の秋彼岸の真っただ中にある。上半身の上着は、きのうから半袖に替えて長袖を着込んでいる。身近なところで恐れていた、わが着衣の変化である。衣替えにはいくらか早いけれど冷気に耐えきれず私は、長袖をしかも厚手を着込んでしまったのである。半袖に未練タラタラを残して、現在は長袖を羽織っている。秋分の日前後は、確かな季節替わりである。もちろん、春彼岸すなわち「春分の日」前後もそうである。これらのことをかんがみればこの先、「暑さ寒さも彼岸まで」の成句は、永遠無窮に人の世に居残りそうである。このところの天候はぐずついていたけれど、きょうの夜明けはのどかな朝ぼらけである。時を追って朝日が高く昇れば、日中には文字どおり秋天高い、心地良い秋日和になりそうである。だとすれば四の五の言わず私には、秋分の日の心地良い陽気にいっときさずかりたい思いがある。ところが台風十二号が近づいていて、あすあたりから大荒れの予報がある。わが気分の吉凶の多くは、自然界からもたらされている。きょうは、いまのところは「大吉」である。しかしながらこの先に、天変地異に見舞われればたちまち「大凶」である。確かに人の世は、一寸先は闇の中にある。買い置きの牡丹餅は、きょうの秋分の日までもたずにすでに食い尽きている。そのためきょうの私は、春秋の彼岸にちなむ牡丹餅買いに出向くつもりでいる。しかし、マスク姿はとことんなさけない。新型コロナウイルスの終息が気になる、今年の秋分の日である。  

令和二年(2020年)、「敬老の日」

 投稿者:前田  投稿日:2020年 9月21日(月)04時50分54秒
編集済
  きょうの「敬老の日」(九月二十一日・月曜日)にちなんで、今さらながらではあるけれど、インターネット上の人様の学習と知恵の記事を読み漁った。言うなれば、敬老の日の生い立ちからこんにちまでの復習である。すると、仰々しい説明ではなく、園児に噛んで含めるような分かり易い記事に遭遇した。あえて、引用を試みる。【何歳からお祝いする? 敬老の日の由来と豆知識】(マナー常識、最終更新:2018年8月31日)。「年長の方を敬い、感謝の気持ちを伝えるための敬老の日ではありますが、その詳しい由来については意外と知らないもの。今回は敬老の日について詳しく見ていきましょう。ルーツは古く、歴史は比較的新しい『敬老の日』。敬老の日のルーツは戦後すぐの1947年(昭和22年)9月15日、兵庫県多可郡野間谷村が敬老会を催した『としよりの日』だと言われています。としよりの日はその後全国に広まり、『老人の日』への改称などを経て、1965年(昭和39年)に国民の祝日『敬老の日』として制定されました。現在、敬老の日は国民の祝日に関する法律(祝日法)で『9月の第3月曜日』と定められていますが、それまでは曜日に関係なく『毎年9月15日』でした。その日になった理由には諸説あるものの、593年に聖徳太子が身寄りのない老人のための施設『悲田院』を設立した日が9月15日とされるのにちなんだと見られています。祝日法では敬老の日を『多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日』としていますが、特に対象年齢などを定めているわけではありません。何歳から祝うかはそれぞれの判断になります。強いていえば、法令では65歳以上を『高齢者』としていますので、これがひとつの目安になるでしょう。」次の引用文は、朝日新聞朝刊・きょう付けの記事の一部である。「65歳以上の高齢者の人口は15日現在、前年より30万人増えて3617万人と過去最多となった。総人口に占める高齢者の割合(高齢化比率)は28・7%で、過去最高を更新した。70歳以上の割合は22・2%。女性に限ると、25・1%で初めて『4人に1人』に達した。」さて、わが年齢は80歳、妻は77歳である。今や、高齢者(65歳以上)の範疇からも大外れである。だからと言って、共に悲しむこともない。高齢化をきわめる日本社会にあっては、みな同じである。もちろん、敬老を人様にねだることなど一切なく、長生きをみずから寿(ことほ)げば、それで十分こと足りるところである。わが夫婦共に、長生きは損々(ソンソン)、いや、「めでたし、めでたし」の狭間にある。実際には、「偕老同穴近し、共白髪」である。わが頭部は、禿げと白髪の共存である。  

夜のカニ

 投稿者:大沢  投稿日:2020年 9月20日(日)19時22分35秒
   カニは夜活動すると以前ネットで調べたことがあったので、
ひょっとしたら思い、懐中電灯を持って外に出た。池の中を
照らすと、大きいカニと中くらいのカニが置き石の上と横を
歩いていた。昼間のカニとは違っていたので、まだ逃げ出し
てはいないようだ。カニは何度か脱皮を繰り返して大きく育
つという。あの子ガニ達も脱皮するのだろう。脱皮した後の
抜け殻はカニそのものだという。脱皮も夜なのだろうか。後
で調べてみよう。
 

私の庭つづき

 投稿者:大沢  投稿日:2020年 9月20日(日)10時48分31秒
  出現! 泳いでいたのが置き石の上に到着です。そっと
レンズを向けて、シャッターを押す。三番目に小さい子か
な。とにかく、今日の捕り物の成果を披露できて良かった。
 

私の庭

 投稿者:大沢  投稿日:2020年 9月20日(日)10時25分44秒
   私の庭には家の裏手の高台の隣家の土留めの崖から流れ出る水を
ビニールパイプで表口に引き込んで手作りの小さな池がある。十数
年前よりメダカを飼っていたのだけれど、野良猫や小鳥が入ってき
て荒らしてしまうし、メダカの寿命が三年ぐらいというので数がだ
んだん減って、今は、別の鉢に金魚だけを十匹程飼っている。
 裏の溝を掃除すると、たまに沢ガニが姿を現す。私はつかまえて
池に放していたが、いつのまにかいなくなる。
 しばらくメダカのことも池のこともほったらかしていたが、今朝、
珍しく涼しいので、枯れ葉の溜まった溝を掃除した。すると、大、
小合わせると十数匹の沢ガニを捕まえた。しばらく忘れていた感動
がよみがえって、忘れられていた池に放した。どうせまた、どこか
へ行ってしまうのだけれど、童心に返った。一番大きなカニは、逃
げ足が速く取り逃がしてしまった。しかし、一センチほどの子ガニ
が五匹も居た。きっと今年孵ったのだろう。取り逃がした大きなカ
ニは親ガニだったのか。返す返すも取り逃がしたのは残念だった。
 写真は、十年ほど前に撮った画像。取り逃がした親ガニによく似
ている。画像の子ガニも大、小捕まえて池に放した。時々、カメラ
片手に様子を見に行くが、なかなか姿を現さない。楽しみが出来た。
 

「我慢」を強いられている秋彼岸

 投稿者:前田  投稿日:2020年 9月20日(日)04時44分55秒
編集済
  九月二十日(日曜日)、現在のデジタル時刻は2:58である。秋彼岸の二日目にあって、私は不可能な願いを浮かべている。ずばり、食いしん坊のわが願いである。母手作りの牡丹餅を食べたい。母の栗団子を食べたい。母が蒸かした栗御飯を食べたい。ところが今や、いずれも叶わぬ「おふくろの味」である。牡丹餅は厚く重たく、小豆の粒餡に包(くる)まれていた。わが大口をいっぱいに開いて頬張ると、たちまち甘さが充満した。母の栗団子には、二つの作り方があった。一つは、皮を剥いて蒸かした栗だけを餡にして、練った小麦粉で包み茹でるやり方である。一つは、皮を剥いて蒸かした栗を小豆にまぶし、それを餡にして練った小麦粉で包み茹でるやり方である。出来上がりの美味しさは甲乙つけがたく、家族それぞれの好みの判定によった。私の場合は文字どおり甲乙つけがたく、軍配さばきは出来ずじまいだった。栗御飯は糯米(もちごめ)を蒸かして作る赤飯と同じやり方で、小豆や大角豆(ササゲ)に代えて、皮を剥いて蒸かした栗が御飯に炊き込まれていた。私は大好きな赤飯を超えて、掛け値なしに栗御飯のほうを好んでいた。わが子どもの頃のわが家にあって、実りの秋の一、二を争うものは新米と栗だった。栗は、茹で栗でも堪能した。運動会の弁当には、茹で栗と栗団子もお供した。栗は食感の美味しさはもとより、郷愁をいや増しつのらせてくれるわが大好物である。好物にかぎれば、妻もまた同然である。ところが現在、妻と私は共に歯を損傷して、茹で栗さえ諦めていたのである。しかし、私は諦めきれずに、茨城産の栗を買って来た。早速、私は台所に立ち、妻の手を跳ねのけて、茹で栗にした。歯の損傷部に神経を集中し恐るおそる、今年(令和二年)の栗の試し食いに興じた。やはり、美味い。「おまえ、食べられる? 食べてみる、どうする…」「食べるわよ。くだいて、食べてみるわよ」「そうか。食べればいいよ」。記憶をよみがえらせれば二年前の秋には、妻と相和して協働の手で、栗団子作りに明け暮れた。回数では、たぶん六、七回も作った。期間では店頭における出始めから、消えるまでの長丁場だった。今年はこの先、栗団子や栗御飯は、歯の損傷の祟(たた)りをこうむり、諦めざるを得ないであろう。飛んだとばっちりである。そのぶん、一層おふくろの味への思いと、郷愁つのるところはある。栗団子および栗御飯は諦めて、きょうは栗入り無しの牡丹餅を買いに行くつもりである。歯の損傷には逆らえず、泣く泣く「栗我慢」である。眠たい眼(まなこ)をこすりながらの、夜明け前の「やせ我慢」である。来年、いやその先までこうなるのか、私はとことん恨めしい秋彼岸のさ中にある。  

彼岸の入り日

 投稿者:前田  投稿日:2020年 9月19日(土)05時36分18秒
編集済
  九月十九日(土曜日)、現在のパソコン上のデジタル時刻は4:11である。起き出して来てパソコンを起ち上げ、しばし机上カレンダーをじっと眺めている。きょうには彼岸入りの表示がある。秋彼岸は中日・「秋分の日」(九月二十二日・火曜日)を挟んで七日間である。一週間後には、彼岸明け(二十五日)の表示がある。彼岸には春彼岸と秋彼岸があって、春彼岸の中日をなすのは「春分の日」である。こんな園児にも分かりすぎていることをあえて書いているのは、彼岸にまつわるこのフレーズが浮かんでいるからである。「暑さ寒さも彼岸まで」、これほど如実に季節のめぐりと、皮膚(肌)感覚がぴったしカンカンのものはないであろう。春であれ、秋であれ、彼岸は、わが日常生活に一大エポックをもたらしている。気候の変化もさることながら、人の営みに墓参りなどの風習がともなうからでもあろうか。かてて加えて、スイーツ類食いしん坊の私には牡丹餅が浮び、野原や田んぼの畦道に咲く、彼岸花風景がよみがえる。おのずからこれらは、生前の母恋い物語と郷愁をつのらせる。私にすれば彼岸とは、心の和みに浸れる一週間である。きょうは四連休の初日である。四連休をもたらすのは、週末の土曜日と日曜日の休日に続いて、「敬老の日」(九月二十一日・月曜日)があり、そして秋分の日へと連なるからである。敬老の日の私は、母にも増して飛びっきり生前の父へ思いを馳せる。これまた、母恋い物語に劣らずわが心を和ませてくれる。眺めているカレンダーは、郷愁と亡き母と父を偲ぶ縁(よすが)をなしている。現在の私は、四連休の楽しみにはすがれないけれど、十分に四連休の価値をもたらしている。私は、存分にその価値に浸りたい思いである。敬老の日にあって、わが身を敬(うやま)うには寂しさつのるところがある。「おれはまだ若いよ、敬老会には行かないよ!」と言って、顔面しわがれても駄々をこねていた父の心情が切なくよみがえる。享年で言えば、父七十五歳、母八十一歳である。わが年齢(八十歳)を並べて、切々たる思いつのる彼岸の入り日である。  

菅政権の船出は、順風満帆(世論調査)

 投稿者:前田  投稿日:2020年 9月18日(金)04時53分30秒
編集済
  日本の国の舵取りを託する菅政権にたいする高評価は、期待値として歓迎すべきであろう。逆に低評価であれば、託すにはこころもとない政権と言える。おととい(九月十六日・水曜日)には、七年八か月に及ぶ安倍政権に替わる菅新政権が発足した。その直後における菅政権にたいする世論調査が、四大新聞のうちの二社から伝えられた。菅新政権は、二社のうち毎日新聞および朝日新聞共に、世論調査で高評価の船出である。だとすれば二社に続く、読売新聞と産経新聞の世論調査による菅新政権の支持率は、おのずから前二社を凌ぐことは明白である。それは、不断の読者傾向から推測できるものである。もちろん、菅政権にたいする四社いずれの世論調査が高支持率で、好スタートを切ることには、国民のひとりとして万々歳である。好事魔多し、一方で世論調査は一夜にして豹変するところもある。新政権の発足時の世論調査には、前政権にたいするない物ねだりや、飽きあき気分の裏返しもある。このことをかんがみれば有頂天にならず、地に足の着いた政権運営を望むところである。わが餞(はなむけ)の老婆心である。さて、船出の菅政権にたいする毎日新聞の世論調査は、記事を引用すればこう伝えている。【菅内閣支持率64% 第2次安倍内閣発足時上回る】(毎日新聞世論調査 9/17・木曜日、16:22配信)。「毎日新聞と社会調査研究センターは17日、JNNと共同で、菅義偉内閣の発足を受けて緊急の世論調査を実施した。内閣支持率は64%で、調査方法が異なるため単純に比較できないが、第2次安倍内閣発足時(2012年12月)の52%を大幅に上回った。不支持率は27%だった」。毎日新聞の世論調査に朝日新聞のそれを並列すればこうである。記事は、朝日新聞の2020年(令和2年)9月18日(金曜日)付け朝刊一面からの一部抜粋である。「菅義偉内閣の発足を受け、朝日新聞社は16,17日、世論調査(電話)を実施した。内閣支持率は65%で、不支持率は13%だった。調査方法が異なるため、単純には比較できないが、第2次安倍晋三政権の発足直後の支持率は59%だった」。世論調査は発足当初より、おおむね下がる傾向にあり、また民意(国民意識)には当てにならないところもある。もちろん私は、さらなる逆行高を望んでいる。読売新聞と産経新聞の世論調査が待たれるところだけれど、きょうの文章はこれで結文とする。追伸:日経にはこう出ていた。【菅内閣支持率74%、発足時歴代3位 「人柄」を評価】(本社世論調査、2020/9/17 23:00日本経済新聞 電子版)。菅さんの人柄は巷(ちまた)の噂であり、それだけではこころもとないけれど、安倍さんのそれと比べているのであろうか。そうであれば菅さんは、飛びっきり運のいい人である。一方、安倍さん、哀れである。  

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