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♪大沢先生、どうもありがとうございます!!

 投稿者:高橋弘樹メール  投稿日:2021年 6月17日(木)14時21分59秒
  大沢先生、ぼくについての御投稿どうもありがとうございます。
たいへん嬉しく思います*\(^o^)/*\(^o^)/
心から感謝申し上げます。
ぼくが現代文藝研究所に入所した頃の事を思い出しています。
大沢先生は、田端先生の1番弟子として在籍されていて、すでに『他人の城』で第13回埼玉文学賞本賞を受賞されていましたし、田端先生主宰の同人雑誌『現代文藝』の同人としても、また別の同人雑誌『立像』の同人としても御活躍され、『月刊ずいひつ』や『武州路』にも執筆されていました。
そのほか、文藝春秋発行の純文学文芸雑誌『文學界』の「同人雑誌評」コーナーで、☆今月のベストファイブ☆に輝くなど”純文学の第1人者”として、ぼくたち研究生の憧れでした☆
そして今では、田端先生の志を受け継がれた『現代文藝社』(実は現代文藝研究所のシンボルマークと現代文藝社のそれはまったく同じものなんです!!)で、作家 詩人  編集長として御活躍されています☆☆☆
大沢先生の益々の御活躍と現代文藝社の益々の御発展をいつでもどこでも願っています☆☆
 

我が恩師、田端信先生に共に学んだ高橋弘樹さんの存在

 投稿者:大沢  投稿日:2021年 6月17日(木)08時19分45秒
   私の文章の師田端信先生を語り合うことが出来る唯一の仲間が
現代文藝社の掲示板をいつも明るく和やかにしてくれる高橋弘樹
さんです。彼は現代文藝社のホームページにも「タレント日記」
で登場してくれています。ずっとお母さんの介護で大変なのにも
かかわらず、その生き方はいつも前向きで、他人のことを思いや
る人情味豊かな人なのです。私も現代文藝社を立ち上げた頃、随
分と励まされました。
 今、前田さんに励ましのエールを送っている姿は、その当時の
私へのエールと重なって、胸が熱くなります。
 高橋弘樹さん、貴方の存在に感謝します!
 

「しくじりの人生行路」

 投稿者:前田  投稿日:2021年 6月17日(木)05時20分16秒
  人生行路を歩むにあっては、さまざまなしくじりや後悔ごとがあまたある。現在の私はそれらを顧みて、憂鬱気分まみれにある。ばかじゃなかろか、今さら嘆いてどうなることもない、すべては「後悔先に立たず」の「後の祭り」である。確かに、こんなことで嘆くのは、つくづくわが小器の証しである。こんなバカげたことを心中に浮かべながら私は、パソコンを起ち上げた。現在、パソコン上のデジタル時刻は4:14である。梅雨の夜明けはいまだしである。梅雨にあってわが家には、特に怯えることがある。一つは床や畳の上で、文字どおり百足(むかで)で現れるムカデである。一つは、開閉する雨戸や窓ガラスに張り付くヤモリ(家守)である。あばら家特有のわが家における梅雨の肝潰し、すなわち「お邪魔虫たち」である。決して大袈裟な表現ではなく、梅雨にあっては妻共々に私は、これらには戦々恐々を強いられている。挙句、気分の安らぎを奪われている。家守(やもり)と書くヤモリはともかく、ムカデ殺しの強力スプレーをあちらこちらに散らばさせて、わが家は臨戦態勢をしいている。だからと言って、気分の休まることはない。なぜなら、百足(ひゃくあし)と書く、ムカデの逃げ足との速さには、そのたびに驚愕するばかりである。また、超強力スプレーを連射、激写しても、「一ころ」とはいかない抵抗力の強さには、これまた驚くばかりである。ムカデやヤモリの出入りさえなければ梅雨の合間の晴好雨奇(せいこううき)、どちらにも楽しめるところはある。ところが、ムカデとヤモリのせいでわが老夫婦は、梅雨の季節がとことん大嫌いである。このことでは悔いとは言えないけれど、ただただ「みすぼらしいわが人生」である。なぜなら、あばら家に甘んじているのは、わが甲斐性無しの証しである。私は恥を忍んでいるけれど、妻はあばら家をあからさまに嘆いている。書くまでもないことを書いてしまった。継続とは、ほとほと切ない作業である。4:54,ようやく小ぶりの雨の夜明けが訪れている。今さら歯ぎしりしても仕方のない、わが「しくじりの人生行路」の一コマである。
 

♪前田さんへ、こちらも感謝の気持ちでいっぱいです!!

 投稿者:高橋弘樹メール  投稿日:2021年 6月16日(水)19時07分6秒
編集済
  前田さん、御返事の御投稿どうもありがとうございます*\(^o^)/*\(^o^)/
こちらも最近、疲れきっていましたが、前田さんから大大大エネルギーと大大大パワーをいただきました(^O^)/(^O^)/(^O^)/
本当にどうもありがとうございました☆☆☆
現代文藝研究所所長の田端信先生(田端信はペンネームで、本名は伊勢重春です)が、令和の時代も御存命でしたら、きっと、前田さんに不老不死の☆仙人パワー☆をお与えになった事でしょう☆☆☆
前田さん、これからも生涯現役どころか永遠の現役で、執筆なさってください&ぼくからの投稿がなかなかなかったとしても、いつでもどこでも大大大応援しています(^O^)/(^O^)/(^O^)/
 

高橋弘樹様へ、御礼

 投稿者:前田  投稿日:2021年 6月16日(水)17時20分59秒
  高橋弘樹様。
疲れ切っているわが心身にたいして、なにものにも勝る
「大・大・大、エール」を賜り、一瞬とはいえ、疲れが
吹っ飛んでいます。
生来のへそ曲がりを封じて素直に、身に余るエールに浸
っています。木っ端恥ずかしい気分を抑えて、心底より
高橋様の励ましにたいし、喜びをかみしめています。
もとより互いは、「現代文藝社」にさずかる親しい同士
です。新型コロナウイルス禍にあっては、互いの身を案
じながらこの先、共に頑張りましょう。
社会から離れた私とはまったく違って、実業社会におけ
る高橋様のさらなるご活躍を共有させてもらって、身勝
手にもわがこの先の生き甲斐のひとつとするものです。
文尾になりますけれど、ことあるたびに高橋様から賜る
エールにたいして、重ね重ねて御礼を申し上げます。
感謝の気持ちは、尽きません!。ありがとうございます。
 

☆祝祝!! 前田静良氏『ひぐらしの記』ANNIVERSARY 14 YEARS!!☆

 投稿者:高橋弘樹メール  投稿日:2021年 6月16日(水)13時21分20秒
編集済
  前田さん、『ひぐらしの記』御執筆14周年、本当におめでとうございます☆☆
心よりお祝い申し上げます☆☆
ここまで書き続けてこられたのも前田さんならではですね!!
御執筆14周年と御著書82冊の☆大偉業☆は、周りが支えたとしても前田さん御自身がしっかりしていないとできないことですから、本当に素晴らしいです☆☆
『ひぐらしの記』は、毎回、☆前田節=前田さんの個性☆が、☆大炸裂☆していますので、犬も食わない文章・実の無い文章などとおっしゃらずに、自信を持ってお書きになっていただきたい、と思います!!
今回も前田さんへ大エールと大パワーを贈ります(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/

1日遅れのお祝いとなってしまいまして、たいへん申し訳ございませんでしたm(_ _)mm(_ _)m


 

「梅雨、雑感」

 投稿者:前田  投稿日:2021年 6月16日(水)07時07分54秒
  六月十六日(水曜日)、関東地方は気象庁の梅雨入り宣言(六月十四日・月曜日)後の、二日目の朝を迎えている。夜明けの空は、典型的な梅雨空にある。朝日のまったく見えない大空は、どんよりとしている。すでに小雨が降ったのか、それともこれから降るのか。大空は、気まぐれの雨模様をさらけ出している。私は、きょうの天気予報を聞き逃している。だから、昼間に向かって「晴れ、雨、または曇り」の予知はできない。確かに、どっちつかずが梅雨空の証しである。梅雨空を眺めながらわが心中には、生誕地・熊本(今やふるさと)における、梅雨の記憶がありありとよみがえっている。そして、その記憶を現在の梅雨と比べている。早い話が子どものころの梅雨には、日を継いで雨の日が続いていた。おのずから日常生活は、うんざり気分にまみれていた。冷蔵庫の無い釜屋(土間の炊事場)の食べ物の残り物は、すぐにねまり(腐り)かけて、家政をつかさどる母をとことん悩ましていた。これらの記憶に比べれば現在の梅雨には雨の日が少なく思えて、おのずから梅雨へのわが思いは雲泥の差にある。もちろんこの先一か月余の梅雨の天気しだいだけれど、この思いが覆(くつがえ)ることはないだろう。すなわち、関東地方に住むようになって以来、私には梅雨の鬱陶しさに身構えることがかなり軽減されている。再び、単刀直入に言えば子どものころの梅雨に比べて現在は、私には雨の日がはるかに少ないように思えている。日本列島固有の地理的違いによるものか、それともわが記憶違いによるものなのか。きょうの文章は、わが「梅雨、雑感」で閉めることとなる。夜明けが進んでもきょうの天気の落ち着きどころは、いまだに私にはわからない。ほとほと心許(こころもと)ない、十五年目への出だしである。  

ひぐらしの記の誕生日とお酒の話

 投稿者:大沢  投稿日:2021年 6月15日(火)07時48分51秒
   角田さん早起きですね。そしてグッドタイミングで楽しいお酒の
飲み方のご教示です。早く乾杯できる世の中になると良いですが、
まだまだ先が見えません。
 前田さんの「ひぐらしの記」は十四歳で、夢多き中学生です。
お酒が飲めるようになるまではまだまだです。
 昨日関東地方も梅雨入りですが、今日はこちらは晴れています。
掲示板が賑わうと心が晴れやかになります。みなさんの心模様が
うかがえて楽しい気持ちになります。
 

美味しいお酒の飲み過ぎ注意

 投稿者:角田俊  投稿日:2021年 6月15日(火)06時48分32秒
  口元が寂しくて気分を高揚させたくなる時にお酒が呑みたくなるのは良くあることです。しかしお酒は飲み過ぎることで肝臓だけでなく、膵臓や胃腸などの臓器や血管をドロドロにさせてしまいます。特にアルコール度数が高いお酒を毎日たくさん呑んでしまえば将来がお先真っ暗と言っても良いでしょう。年齢を重ねてもお酒と上手く付き合っていきたいという方がいましたら参考にして頂きたいと思います。私なりのお酒との付き合い方をまとめると。
①一気飲みはもちろんのこと早飲みをせずゆっくりマイペースに飲む
②二日酔い防止を避ける為にタンパク質(アミノ酸)が豊富に含まれている食事を摂取する
③イライラした気持ちで飲むのではなく、楽しい気持ちで飲む
④飲んでる最中も水分補給をする
⑤明日のことも頭に入れながら飲む量を決めておく
早飲みをすることでアルコールの効果を促進させるだけでなく内臓に疲労と負担をかけてしまうことになります。その為、ゆっくり飲みながらアルコールを薄めることになるので水分補給も忘れないことが大切です。そしてイライラした状態で飲むとストレスがたまり身体にアルコールとのダブルパンチで負担を与えることにもなります。楽しい気持ちで飲むことで負担を軽減出来るので皆で明るく楽しく飲む意識を忘れないようにしましょう。友人と数人で楽しく飲むことがストレス発散にとても良いという研究結果もでているとのことなのでやはりお付き合いでの飲み会も必要不可欠なのでしょうね。そしてタンパク質を摂取しながら飲むのはかなり重要な項目です!実際に私が体感したことがあったのでこれに関しては必ず実践して頂きたいです。例えば枝豆や冷奴や焼き鳥などのタンパク質が豊富なものを食べることで二日酔いは避けられるのです。さらに朝ごはんや昼ごはんにもタンパク質を摂取していればより効果は高まります。そのくらいタンパク質の力は強く健康効果にも繋がっていくということです。オススメとしては偏った食事ではなくバランスのいい食事を摂取することです!これに越したことはありません!
お酒は飲みたいけど健康維持もしたいという方はしっかりとお酒との上手い付き合い方を考えておくことをオススメします。
 

『ひぐらしの記』・十四歳

 投稿者:前田  投稿日:2021年 6月15日(火)06時07分16秒
  気象庁はきのう(六月十四日・月曜日)、わが住む関東地方の梅雨入りを宣言した。季節のめぐりには逆らえずこの先、一か月余にわたり雨の日が多く、我慢を強いられる鬱陶しい日々が続くこととなる。しかしながら嘆くことはなかれ! 日本列島はピンチをチャンスととらえて、ほぼくまなく美しい水田風景に彩られこととなる。もちろん、多忙をきわめて疲労困憊には見舞われるけれど、農家の人たちが躍動する季節の訪れにある。ところが現在の私は、過去と異なりこの表現には、語弊いや明らかな間違いをおぼえている。なぜなら現在は、田植えの季節にあってもかつてのように、人影を見る光景は薄らいでいる。確かに、日本列島にあってはどこかしこ、田植え機を操るひとりの人を見る光景に様変わっている。わが子どものころの光景は、一家総出に加えて近隣の親戚と催合(もやい)、多くの人手を頼りに横一線に並んで、水田にはいつくばって後ずさりしながら植えていた。幸か不幸か今は、心中に懐かしくよみがえるだけの、夢まぼろしへと成り下がった原風景である。さて、私には二つの誕生日がある。わが身には来月(七月)半ばに、八十一歳の誕生日がひかえている。人生行路の荒波にあって、確かな長生きのしるしとはいえ、寿(ことほ)ぐ気分にはなれない。きょう(六月十五日・火曜日)は、『ひぐらしの記』・十四歳の誕生日である。息絶え絶えに、ようやくたどりついた誕生日である。実際にもこのところは、走るどころか転んだり、停まったりして、よろよろとこの日にたどり着いている。それゆえにこれまた、誕生日を寿ぐ気分の喪失に見舞われている。その一方でわが生来の性癖(悪癖)、すなわち三日坊主をかんがみて自尊を試みれば、文字どおりちょっとだけは自惚れてみたくもなっている。しかしながら十四歳までの歳月は、もちろん自分だけで成し得たものではなく、大沢さまはじめご常連の人たちのご好意と支えによるものだった。きょうの私は、このことを書きとどめるために、パソコンを起ち上げたのである。どちらの誕生日にあっても今や独り悦に入り、祝膳を囲む気分は遠のいている。この先、八十二歳と十五歳へたどりつけるかどうかはまったくわからない。どちらも、艱難辛苦の茨道である。梅雨入り宣言をあざ笑うかのように、朝日がピカピカと照り輝く、夜明けが訪れている。今や息絶え絶えに、こんな実の無い文章を書くのがやっとである。独り善がりに、「あっぱれ!」と、叫べない『ひぐらしの記』・十四歳の誕生日である。  

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