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ボヘミアンラプソディー

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年12月16日(日)17時00分24秒
     散髪屋の奥様と久しぶりに長話をしたら(毎月のように通ってるのですがここ数年はオヤジさんのみ対応してくれてたから。)、男の子を育てても結婚したら実家から遠ざかり「何のために育ててきたのかな」と呟いてました。仕事柄土日に遊んだりできず、懸命に育てたけど気付いたらいなくなったということかもしれません。なんだか私のことのようでコメントしづらい時間でした。
  私も18才まで家族と暮らして、大学で故郷を離れてからは近くて遠い地元のため、あるいは私の金欠人生もあって、数えるほどしか実家に帰らず、突然妻を紹介して結婚したり、仕事も全く相談せず転々としたりもしました。
  Youtubeみてたら映画の「ボヘミアンラプソディー」が好評らしいので、今日新宿のピカデリーで見てきました。そこでは父親の期待する生き方をせず、大物になって初めて認められ抱き合う父子のシーンがあり、私も若い頃父の期待どおりに進めなかった負い目があって、いわゆる親子の葛藤は、とても感慨深いところでした。
  フレディマーキュリーは、クイーンで世界的に有名にもなる一方で、性的マイノリティでエイズによる合併症で45才位でなくなったり、一般人離れしたところがあるわけですが、彼の悩める個人としての実像が胸を打つ作品でした。
  https://youtu.be/Xlej3ngsKew

   ↑この作品は6分近い演奏時間のため、3分位が普通の音楽の枠に嵌まらず、使えないと言われたそうです。まあ私も合唱始めた頃は、歌謡曲に比べて演奏が長く、更には愛唱歌として口ずさんでもらえるような曲はとても少ないので、このジャンルの音楽で周りの人に感動してもらえるのか、耳を傾けてもらえるのか、と常にこの先通用するのか悩んだものです。関心すらもってもらえない音楽に時間や労力、それは価値観とも言えると思いますが、それを捧げることはできないから。周りに合唱仲間がいると忘れがちですが、どうしてもマイナーなジャンルですよね。しかし短い曲が素晴らしいかというと、歌謡曲にはくだらないと思われるのが沢山ありますし、結局そこに触れる人の感受性だったりご縁というものがあって、聞く耳をもっていただけるかの分かれ道になるのでしょう。
  一月程度合唱から離れ、自分の演奏の入ったウォークマンも耳にしなくなりましたが、Youtubeで毎晩やはり音楽は何かを聞いています。
 
 

師走突入

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年12月 2日(日)16時17分26秒
編集済
     Monchan旅をなさったようですね。歴史の事実を紐解くのは大変なことでコメントできませんけど、人が山野に分けいり、生活の拠点を築き、それが文化や歴史になっていくというのは大変重たく、歴史の積み重ねに対して誰かが意識をもつことは大切ですね。
  三次といえば今年は正月帰省のときに廃線間近の三江線に両親(乗車は母だけで父は車で先の駅まで迎えに来てくれました。)と我が次男とで乗り、僻地の生活路線に別れを告げたのを思い出します。江津と三次を結ぶから三江線といいます。
https://youtu.be/UNJpb2NCsWU
  仕事が重荷に感じられるときに子供にも手が掛かるというのは難儀な時でしたね。おそらく奥様も大変でしょうし(私がそうでしたが)意識が朦朧とすると頭の回転も悪くなり色んなことがうまくいかなくなります。広島に戻られて既に十年が過ぎ、私の方では無茶苦茶な部署から解放され合唱に復帰し、合間でいわさんにも聴きに来ていただけたり、人との出逢いもあり、そして再びグループから離れ寂しくなったのがこの十年のスパンだったということになります。先週風邪でしたが健康になったら、ごく近所にできたスポーツジムで体を鍛えようと計画してまして、この土日は体調は復活したものの、またしても印鑑を職場に忘れたり寒いからサイクリングできないとか言い訳を携え、入会にもサイクリングにもいきませんでした。ジムに入るかはボーナス小遣い次第というところもあり、再来週に入会に行くかどうかを判断します。
  昨日は神宮外苑の銀杏並木を散策して参りましたが、横目で100軒くらい並ぶ屋台を見ながら、高すぎて買う気にならず、空腹のまま帰宅。しかし私も五十路ですから屋台で肉位買える余裕が出てきてもよい年頃ですよね。
  働けど貧困のなか、職場では若い子が心身を崩して早退してしまう感じの温かくないとされている上司がいて(私はある意味温かいから熱く叱れるのだと理解してますが)、また失踪したりしなければよいのですが、給料をいただく以上、国民から同情される位厳しい環境であるのは仕方ないとはいえ、確かに、早く退職して残った資金でゆったり暮らしていきたいと私も思います(笑)。仏陀の生誕された地に旅行してみたいし。
  この無限に広がる大宇宙において私が定年までしがみついて働く必要は全くないはずですが(笑)、子供たちが独立するまでは、家族を裏切らず、金の入る現在の仕事を捨てるという訳にはいきませんね。でも独立したら私は流浪の旅に出ても良いのではないかと思うときがあります。
  楽しくやっていくには、とにかく自分でペースを掴んでいくしかありません。合唱に費やされた時間と金がかからなくなるので、じわりじわりとゆとりをもたらしてくれるはずなので、理想としては、土日に楽しいことをセットして楽しみになれば良いです。
 

師走になりました

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年12月 2日(日)07時59分32秒
  12月は比較的暖かいという予測ですが、この先どうなるかわかりません。個人的には暖かい方が助かりますが。
今年もいよいよあと1か月を切りました。1年がたつのは早いです。
この1年は災害が多くて大変でした。自分としては相変わらずでしたが、年だけは着実に取っています。

師走というだけあって、仕事も忙しくなってきました。新しい装置を自分たちで組み立てて立ち上げるというプロジェクトも、何とか無事に終わって、この年末から量産態勢に入っています。来年もきっと忙しくなるでしょう。
私もしばらく毎週休日出勤をしなくてはなりません。しばらく旅行もできないかもしれません。

渋谷の街もさらににぎやかになっているのでしょうね。東京にもあまり行くこともありませんが、もし行ったら老人になった浦島太郎のような心境になるかもしれません。
先週行った尾道の商店街は、完全に観光客相手に特化していて、地元の人々が買い物をする姿はあまり見かけませんでした。半分はシャッターが下りて死んでしまっているような印象を受けました。過疎化の進む地方の商店街は、どこもシャッター通りになっていて、寂しいです。

仕事仕事で忙しすぎるのも良くないですね。残業しないと一人前の給料がもらえないという仕組みはよくないと思う。休むときは休んで、余暇を有意義に使わないと、お金も循環しないでしょう。
先日、上司と話をして、私が考案しているワークバランスを保つためのツールをまず自分で使ってみることを許可してもらいました。
自分の仕事の負荷状況を一覧表にした感じで、その中で優先順位をつけて今日は何をする、どれくらい時間がかかる、期限はいつまで、という感じでto do リストを、進化させた感じにして、現在の1日当たりの平均仕事量(時間)をリアルタイムに表示できるようにして、上司に労務管理をしてもらおうとしています。
ルーチンワークは固定ですが、突発仕事などは随時追記して、いつまでに何時間かかるという感じで、予測時間を加算して行き、仕事を進めて行きます。仕事を進めれば、残りの必要時間がだんだん減少して、完成すれば表から削除します。そして次に優先的な仕事に取り掛かる。
常にいつまでに何をしなくてはならないか、どれだけの時間が必要か、問題点は何か、優先順位はどうなっているか、1日8時間以内に収まっているかなど、その人の抱えている仕事をわかりやすく一覧表示して、上司が労務管理をしやすいようなツールを作ろうと思う。
そしてやったことに対しては、日々記録を残す。同じ仕事を次にやるときに、どれだけ時間がかかったかの参考になるし、評価する基準にもなる。
過労死の原因は、会社による組織的なパワハラだと思っていますから、きちんとワークバランスがとれるように労務管理すれば、過労が原因で亡くなる人も減ると思う。

私も2007年に広島に転勤になりましたが、まず行って何をするのかの説明が明確になかった。
私を呼んだのは東京時代に一緒に仕事をしていた某上司で、先に広島に転勤されたのですが、どうもアシスタントが欲しかったらしく、私を呼んだみたいでした。
そうしたら右から左に自分に来たメールとかを私に丸投げばかりされて、本人は悠々とたばこばかり吸って、1日60本とか言っていましたが、いい気なもんだなと思っていました。その頃は毎晩8時、9時まで残業するのは当たり前で、めまいがするくらいでした。休日出勤も毎週のようにやっていて、昼休みもろくにとれないような状況でした。
その時に初めて、自分たちで装置を作ろうというプロジェクトが起きて、試作機を作ったのですが、それから何台か作って、自社で使うだけでなく、中国の提携先に輸出したりした装置もありました。それらの部品調達とか、取説の作成とか、中国人実習生の受け入れとか、輸出に関しては貿管令とか調べて、通産省にも出向いたりして、届け出資料とかも調べたと思います。とにかく地獄のように忙しかった。とにかく何かあれば丸投げ丸投げで、相手の都合など気にしていない様子でした。
そうこうしていたらリーンショックが起きて、自動車関連の仕事が一気になくなった。パートや派遣社員を切って、かわりに現場の仕事もやらされました。出向にも行かされました。家ではまだ子供が小さくて手もかかるし、本当にしんどかったです。
そうこうしていたら、いつの間にかその上司はさっさと東京に帰ってしまって、私は何をするのかわからなくなって、現場の仕事をしばらく何年かしていたのですが、応援という形だったので、いつまで応援しなくてはならないのかと上司に聞いたら、じゃあ事務所に戻れという感じで、今の設備保全や補修の仕事になったのですが、これもやったことのない仕事で、ポンコツ扱いされながらも、悪戦苦闘しながらなんとかやっている感じです。
早く定年退職して奴隷解放されたいのですが、死ぬまで働かないと年金がもらえなくなる時代が来るかもしれないので、働けるうちは働こうと思います。

そうは言ってもこれからホリデーシーズン、年末年始を楽しく過ごしたいと思っています。
医者に怒られないように、暴飲暴食を慎んで、人生100年時代を生き残りたいです。
ビートたけしさんが言っていましたが、最後に生き残ったジジイが天下を取るんだ、という気構えで生きながらえば、いつか状況も変わるかもしれません。
1日たばこを60本吸っていたんじゃ、無理だと思います。健康第一です。
 

旅から帰って思う

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月28日(水)05時37分40秒
  翌朝は御調町の旅館を出て、三次市の風土記の丘ミュージアムと言う所に行きました。
「クロスロードみつぎ」と言う道の駅で見つけたチラシに、たまたま「霧に包まれた古墳の謎」というタイトルの特別展をやっているのを見つけて、古代史ファンの私の好奇心がくすぐられ、しかも今日が最終日ということだったので、朝一番に出かけました。9時過ぎに到着しましたが、たぶん最初の客だったと思います。
まず常設展を見ていて、矢谷墳丘墓という四隅突出型古墳に似た墳丘墓と、そこから発掘された、子供の背丈ほどある巨大な特殊器台と特殊壺のセットに目が釘付けになりました。三次市は備後地方ですが、ここからも吉備の特殊器台が出ていたんだと感心しました。
すると年配の男性が近づいてきて、説明しましょうかと話しかけられてきたので、「じゃあお願いします」と言って最初から聞くことにした。名札にはボランティアガイトと書かれていて、Tさんと言うお名前の方だった。
この三次という場所は盆地で周囲には高い山がなく、降った雨が溜まって川となって日本海や瀬戸内海にそそぐ場所なんだそうですが、もともとユーラシア大陸の一部だったところが切り離されてできた地形で、地質がウラジオストックと同じなんだそうです。
後から太平洋のプレートが押し付けてきて中国山地などができて、今のような地形になったのだそうです。この盆地は水にも恵まれて、生活がしやすく、縄文時代から人々が暮らしてきた場所だそうです。石器や土器なども多く出土していて、古墳の数も集中していて古代に栄えた場所だったそうです。
その後、石見地方に注ぐ江の川という川を遡って、この三次までたどり着いた渡来人たちが、当時の先進の技術や文化を広めていったそうです。
三次は、出雲と吉備をつなぐ中継地として栄え、矢谷墳丘墓のような県内最大級の墳丘墓も作られるようになったそうです。
三次で作られた土器も、初めは出雲の特色が強かったらしいのですが、次第に吉備の色が強くなっていったそうです。矢谷墳丘墓からは、吉備で作られた特殊器台と特殊壺のセットが10個くらい発見されて、この地方の王の葬儀を執り行う儀式がなされたみたいです。わざわざ吉備から巨大な特殊器台が運ばれたということは、三次にもかなりの力を持った王が存在したということなのでしょう。実際にローマで作られたと思われるガラスの玉なども出土したそうです。
吉備には葬儀を執り行うシャーマンがいて、特殊壺と特殊器台を作らせて、大王の葬儀に出向いたようです。
まゆつばとして聞いてほしいのですが、とTさんいわく、「卑弥呼は吉備の出身だという説もあるんです。」それを聞いて私も「実は私もそうじゃないのかと思ってるんですよ」と応えた。Tさんによると吉備の特殊器台や特殊壺が奈良の箸墓古墳などからも出土されているとおっしゃるので、畿内にも吉備の影響があった証拠だろうとのことでした。
特殊器台や特殊壺は、あくまで古墳に埋葬された被葬者の冥福を祈る儀式のために使われる土器で、それを執り行うシャーマンがいたのは間違いないと思います。
私が行った前々日に、この三次風土記の丘ミュージアムで三次の古墳についての講演会があったらしいのですが、Tさんもそれを聞かれたとのことです。
特殊器台に乗っている特殊壺の底には初めから穴が開いていて、何かを貯蔵する壺ではなく、あくまで祭祀用に作られた壺だそうです。その穴の開いた壺に水を流して、儀式を行ったのではないかとのことだったようです。私も聞きに行きたかったです。Tさんの説明はそこで終わりました。
どこかの大学の先生いか何かだったんですかと聞くと、いや私は技術者で趣味で考古学を研究しているんですよ、とのことでした。私も大変勉強になった。来てよかったと思った。
三次の古墳は倭の五王の時代に最も多く作られたのだそうです。倭の五王と言えば、九州で生まれて大和に入った応神天皇の子孫たちですが、雄略天皇の後に一度滅びかかけて、北陸から継体天皇を迎えて再興した激動の時代だったんですね。その時にこの三次はまるで隠れ里のようにひっそりと人々が生活していたのでしょうか。ますます面白くなってきました。仲哀天皇と神功皇后の九州平定から始まり、その子の応神天皇のヤマト入りでは建内宿禰率いる軍団を阻止しようとする押熊王と籠坂王の乱があり、そして倭の五王の時代になると巨大古墳が作られ、雄略天皇がライバルを次々滅ぼしてゆき、継体天皇擁立へとつながる激動の時代に、おそらく戦乱を逃れてきた人たちが、この三次の盆地に疎開して来たという気がします。
ここからは私の想像ですが、もらった資料の写真に、矢谷墳丘墓から出てきた特殊器台の写真が写っていまして、外周に描かれている蛇の目のような透かし模様は、吉備の楯築古墳のご神体である亀石(弧帯石)の模様にそっくりな気がします。蛇の目の形をした模様は、どう見ても弧帯石の模様そのものである。同じ人がデザインしたのでしょうか。
ヒミコは各地の王たちに共立されて誕生した巫女(シャーマン)ですが、当時は王と巫女がセットになった共同統治的な政治が行われていたのでしょう。いわゆるヒメヒコ制です。しかし、巫女によって言うことがバラバラだったら、どちらが正しいのか困りますから、巫女は一人に絞った方が王たちもやりやすかったのではないでしょうか。
共立された巫女ですから、王が亡くなれば葬儀をとりおこなうために、各地に出向かなくてはなりません。そのたびに吉備で特殊器台と特殊壺を作って、現地の古墳まで運んで儀式を執り行ったのでしょうか。人の手で運んだのか、船に乗せて川を往来したのかわかりませんが、何かに載せないと途中で落としたりぶつけたりしたら、せっかくの儀式用の神聖なものですから、運搬は大変だったでしょうね。吉備は水運にも恵まれたな所ですから、途中まで船を使った可能性もあります。
余談ですが、私は秀吉の中国大返しも、武具だけは船に乗せて吉備から大阪まで運んだのではないかという気がしています。
しかし秀吉の水責めのように、今年の7月の豪雨災害のような水害も受けやすい土地です。都を構えるに適したまほろばを求めて、ヒミコは大和平野に移住したのではないでしょうか。奈良盆地と三次盆地の盆地つながりで、ますます面白くなってきました。今後もいろいろ発掘されて、古代地の謎を解いてほしいです。
 

旅先にて思う

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月26日(月)05時30分58秒
  尾道市の御調町というところにいます。某旅館に宿泊しています。
夜中に目が覚めて、寝られなくなり、いろいろ考え事をした。うちの会社のような自浄能力のない会社を変革するには、労基などの役所の外圧を利用するしかないと。
つまり、厚労省が来年に制定しようとしている、パワハラ防止法を利用する方法である。

過労死自殺した元電通の女性社員など、能力以上の仕事を押し付けられていた事例は、会社はワークバランスを適切にとっていなかった事が考えられる。
つまり、ワークバランスを取らないのは、会社の組織的なパワハラと言っても過言でない。特定の人が毎日残業残業と休みもなく働かされているのに、何も手立てを打たないのは、上司の問題でなく、それを放置している会社に責任がある。パワハラは上司の暴力や暴言に限らず、仕事を過度に押し付けたり、逆に与えなかったりと言う事も、部下に対する嫌がらせとして成立すると思う。

そういうワークバランスを適切に保つためのツールを持たない会社を処罰するような法律にしてもらえばよい。
合理化の名のもとに、従来2人か3人で担当していた仕事を1人でやらされたりとかする場合、1日8時間の労働時間内に本当にこなせる事ができるのか、その根拠を役所の要求に応じて、会社は提示しなくてはならないように、法律で規制すればよい。

そのワークバランスを適切に管理する根拠として、私は会社や組合に対して何回も、個人別の「to do リスト」を作らせて、その人が、どれだけの量の仕事を抱えているのか管理しろと言っていますが、いまだに何も動こうとしません。私は自分で作ったエクセルのひな型を何度も送っているのですが、当事者能力がないみたいです。
日々において、日次、週次、月次、年次、不定期、突発、いろんな仕事をこなさなくてはなりませんが、それらは記録されていません。
何も難しいことはありません。何をどれくらいの時間をかけてしているのか。年間の仕事量のトータル時間を、年間の労働日数(有休日数を引く)で割れば、1日当たりの仕事の平均時間だ出ます。それに休憩時間などを加えて、8時間以内に収まっているかどうかを見るだけです。時間が多い人がいれば仕事を減らし、少ない人がいれば増やせばいい。
仕事の内容も、こんな仕事になんでこんなに時間がかかるのか、必要なことなのか、他の人とダブっていないのか、きちんとチェックしなくてはなりません。
働き方改革は、外国人労働者を雇うことだけではありません。今の人員を、いかに効率よく仕事させるか、無駄を省いてワークバランスをとることから始めるべきです。

仕事の評価方法も見直さなくてはなりません。
当社についていえば、仕事をやり遂げても、的確な評価がなされていません。にもかかわらず、会社は能力主義を人事評価としています。
毎日やった仕事に関しては、きちんと記録して、客観的に数値で評価しなくては、能力主義とは言えません。

プロ野球の選手は、打率、盗塁率、ホームラン数、勝率、などの数値で評価されるので、誰の目から見ても能力主義であることがわかります。
サラリーマンを能力で評価しようとしても、成績を数値で表すための基準がわかりません。人によってやる仕事はバラバラですし、熟練度も違います。
営業は新規の取引件数や、売上高で評価することは可能かと思いますが、それも人によって条件が違ったり、周囲の協力関係によっても違います。
現場の作業員は作った数量とかで比較することは可能かと思います。当社も一応、バーコードでの着手と完了の記録は取っていますが、会社は活用できていないと思います。
毎日どんな仕事をしたか、問題点は何か、質や量は適切か、終業10分前に各従業員が記録するようなシステムを作るべきだと思う。きちんとした会社は、日報など書かせているのでしょうけども、うちのようにギリギリまで働かせる会社は、そんな話をしても相手にもされません。記録していなければ仕事をしていないのと同じことだと思います。
仕事をしていない人たちが反発するのでしょうか。カルロス・ゴーン容疑者のような、しがらみのない人に社長をやってもらって、要らない事務職や管理職は切ってもらえばいい。働かない人を働かせるようにして、働きすぎる人の重圧を軽減してもらえばいい。

やりたいことはただ2つ、①個人別のto do リストを作り、会社が仕事量を管理する。②やった仕事はきちんと記録する。点数化する。問題点を明らかにする。
できれば社内のイントラで見える化して、社員同士で相互チェックできるようにしてほしい。そこまで開かれた会社にしないと、陰湿ないじめやパワハラはなくならない。
私が社長になれば、率先して改革するのですが、そういうことはあり得ませんから、法律で規制してもらうしかありません。

昨日はふれあいの里という所のお湯につかった。旅館で苦しくなるまで、腹いっぱい飲み食いした。
ここの旅館も7月の豪雨災害では被害を受けて、従業員が1人亡くなられたそうだ。大雨の中を子供を迎えに行って、氾濫した川の濁流に流されたそうである。ご冥福を祈りたい。おかみいわく、上流のダムを放流したらしいのだが、暴れまわる川の轟々という咆哮(ほうこう)が耳から離れられず、旅館もしばらく営業できなかったそうである。
川沿いの静かな町であるが、自然環境の良さが裏目に出てしまったのでしょうか。本当に大変な年でした。今年もあと1ヶ月ですが、がんばりたいです。

https://s.mypocket.ntt.com/F8lT9N

 

SHIBUYA

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年11月25日(日)16時20分42秒
    職場で移ってきた喉風邪らしく、木曜からマスクをつけて咳を抑えたりして何とか三連休に突入できましたが、金曜は緊張が切れたのか体調悪く寝室で横たわってました。土曜もチッキョしたので、さすがにこのまま何もせず過ごすのは惜しいと小市民的な焦燥にかられ、今日は次男と(妻と長男だけ田舎に帰省)バスで渋谷の街に繰り出してみました。
  夕べテレビでやってた渋谷南地域の再開発の様子を見せて、勉強等に悩んでいる感じの次男に夢というか未来を感じさせたかったというのもありました。しかし、この9月にOPENした「渋谷stream」も、少し前にOPENしている「渋谷ヒカリエ」も、どの店に行っても飲食のお値段が高く、怯む親子なのでしたが、景気よく洋食屋に入って、量が少ないが値段は張る(笑)大人のランチと、デザートに抹茶かき氷を頼み、僅かな私のお小遣いを投入しました。
  これから渋谷は更に開発が進むそうです。
   http://www.tokyu.co.jp/shibuya-redevelopment/index.html

   我が家は新宿はもちろん、渋谷も自転車圏内なので、都会の楽しみを享受しやすい環境にはあります。先日も代々木公園から渋谷駅周辺を散策して徒歩で散歩しましたし。
   あとは、スポーツカーに乗り、高級レストランで厚い肉を食らう資金さえあれば、というところですが、今のところ贅沢は似合わない、細々と人生を終えていきそうな様相です。
  まあそういう遊び方には興味がそれほどなく、どちらかというと細かく下調べをして地方に遊びにいき、ギリギリのところまで脚を使って行程を歩き抜くプランを練っているとき、いろんなストレスから解放されている自分に気付くことがあります。次はボーナスが出たら少しお小遣いをもらい、旅の計画を練ることで未来に楽しみを持ちたいと考えています。
  
 

3連休

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月24日(土)06時15分26秒
  朝晩めっきり寒くなりました。なんだかんだで冬の到来ですね。
テレビドラマはあまり見ないのですが、日曜劇場は好きです。「この世界の片隅で」は呉が舞台でしたから、毎週見ていました。
「下町ロケット」も途中から見ているのですが、リアル感があって面白いですね。私も工作機械の会社に勤めていますし、自動車関係の仕事もしていますから、エンジンのトランスミッションとかギアとか出てくると楽しいです。今回ヤタガラス編では無人農業ロボットの話になるのですね。無人運転のトラクターとか早く実現できないかと思っていたので、興味津々です。

子供の頃は超能力ブームで、アニメの「バビル2世」とかも見るのが好きでした。私のような何もない男が、一躍有名人になれるとしたら、どんな超能力でもいいから、超能力が使えるようになることくらいしかありません。筒井康隆の短編小説の「オナポート」の主人公でもいいから、何か一つ得意技を身に着けて、女の子の気を引きたい。煩悩具足の荒凡夫だった私は真剣に悩んでいました。
今思うと超能力なんか使えない方がいい。努力もしなくなるし、先のことがわかってしますと、何もしたくなくなると思う。何もわからないから、何もできないから、前進しなくてはならないのだと思う。

私も音楽活動から離れて何年もたちますが、たまに夢を見ます。コンサートにぶっつけ本番で出なくてはならないとか、練習もしていないのに演奏しなくてはならないとか、焦る夢が多いです。早く定年になって、時間にゆとりが取れれば、いろいろやりたいのですが、この先、死ぬまで働かないと年金がもらえない時代が来るかもしれません。
この3連休はのんびりして、休めるときに休もうと思います。
 

テレビドラマ

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年11月18日(日)18時21分29秒
    本日は元々スカウトの大イベントがあったのですが、中心人物の御予定がかぶったので来年に延期(笑)。それでSaiさんの「いそべとし記念合唱団」を聴きに行くことができました。奥様も受付で活躍してました。
  ここの名誉指揮者は、須賀K1さんという方で、この夏の講習で2日間ご指導いただいた合唱指揮者会の重鎮です。なんと米寿。いそべとし団員も平均81ということです。saiさんはもっと若いはずですから、中には90近いメンバーもいるということで、声量は若いイケイケ合唱団に比べると弱いわけですが、渋いというか味のあるサウンドが出ています。気持ちさえ保てば、私もあと30~40年は歌えるのかもしれませんね。じんとくる場面が何度かありました。
  須賀先生は、音楽の道を諦めたときに職場でラジオを聴いて、偶然そこに高田三郎氏の初期の劇的な音楽が流れていたようで、それを聴いて再び音楽に打ち込むようになったと須賀さん自身のお話です。メディアの影響というのはバカにならないものです。
  Monchanの紹介いただいた中学生日記(昔の方)は、私の実母がとても気に入ってた番組です。その頃小中学生だった私は番組に全く関心なく。あまりチャンネル権を主張しない優しい母でしたが、この中学生日記と男は辛いよふうてんの寅次郎、だけは必ず見ていました。
  ユリゲラは少しだけ世代が違うせいもあるでしょうが、私はあまり嵌まりませんでした。雑誌でムーとかNewtonとか少年ジャンプを持ってくる友人がいましたが、タダで見てはいけないという気概のため見せてもらうことは少なかったと思います。というより、中学生のときは相当ませていて、将来世の中を引っ張る人間になるためには精神と肉体を鍛えないといけないと思い込んでいて、本を読みながら瞑想ヨガの真似事を始めてたので、スプーンとか物をまげたりすることよりは、クンダリニとかいう覚醒の精神的境地に至ることの方が奇跡的で、かつ至難の道だと考えながら朝とかに縁側で瞑想するので、両親に心配をかけていたと思います。ですが、いまあまり世の中を引っ張ってませんね。
  今も昔もあまりテレビに時間をかける感じではなかったんですが、久米ひろしと黒柳てつこさんのザベストテンの時間には、テレビの前にラジカセを置いてカセットに録音しようと試みてました。大体オヤジとか他の雑音が部屋に入ってきて(笑)めでたくノイズ収録となるわけですが。歌謡曲も結構うまい歌手が出てましたから。
  今私が貯めてきたカセットは棄てられる方向にありますし(聞く機会がなく邪魔な物体と考えられてます。)、妻の40数年連れ添ってきたアップライトのピアノは先月中古で売りに出し現金化されました。合唱の楽譜も廃棄される方向です。昔なら喧嘩になりそうですけど、いま私は音楽活動のしがらみから抜けようとしてるところなので、何もないというのも悪くないかな。という気持ちに傾いてきたのも事実です。
  精神世界、危ない世界ですが、私もそっち系の人間なんだろうと思います。
 

中学性日記

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月18日(日)07時59分35秒
  嫌ですね。
年は取りたくないですが、着実に老化は進んでいます。
白内障は70代以降に多いらしいのですが、手術しても良いレベルだと言われましたので、多分年明けにやると思います。

息子さん19歳ですか。立派になられたんでしょうね。親が年を取るのも仕方ありませんね。

蓬莱泰三さんと言えば、NHKの中学生日記の脚本を書かれていたんですね。若い人は知らないでしょうね。今は、もっぱらドラマの中学聖日記ですか。昔のドラマの高校聖夫婦は知っていますか。

中学時代と言えば大人になる手前で、いろいろ多感な年ごろです。人に言えない悩みも多かったと思いますが、一番思い出も深い時代だったと思います、身体の成長、異性への思い、将来の不安、友人関係、わが子も無事に乗り切ってほしいです。
最初の小さなズレが、角度がだんだんと広がって、いつの間にか軌道修正できなくなってしまった私の人生ですが、もう一度中学生に戻って、勉強し直したいものですが、結局、その人の性格なのかなという気もします。

私は中学生の頃は、超能力者になりたくて、中学卒業したらお寺に入って山伏の修行をしようと真剣に考えていました。
ちょうどユリゲラーのスプーン曲げがブームになっていた時期で、どうすれば自分にも超能力がつくのか、修行すればできるようになるのか、「ムー」というオカルト雑誌を読むようになったのも、そういうことに興味があったからだと思います。
もし、そういう時期に、オウムの麻原正晃みたいな人から、一緒に修行をしないかと誘われたら、たぶんついて行ったかもしれない。今年死刑になった信者たちは、ある面私だったのかもしれない。
修行をすれば、悩みも消える、煩悩もなくなる、そういわれるとその気になったかもしれない。

煩悩といかにうまく付き合うか、コントロールするか、大人になったからと言っても、答えがわかりません。いまだ修行中です。それが人生だと割り切るしかないでしょうか。


 

老いと付き合えるのかな

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年11月14日(水)23時30分31秒
    Monchan、ぜひ眼をうまく処置されますように。Saiさんは手術でメガネ要らずになってますし、うまく切り抜けて私の先導者となってください。
  かくいう私も次第に眼が悪くなるし近くが見えづらくなっていることを隠せません。最近の私の音楽から足を洗う行動も更年期の賜だと仰る先輩もいますし。まだまだ残ってるであろう人生を、老いと付き合うという言葉のように華麗に過ごせるかどうか。微力でも体を動かす習慣を忘れず、抵抗していかなくてはいけませんね。

  先ほどSNSを眺めていたら、脚本家、私にとっては合唱作詞家である、蓬莱泰三氏の訃報が流れていました。劇的な作風で、中高年の合唱人にはなじみのある存在かもしれません。
  私が大切に思う合唱曲「青春」もそうです。次の「工場にて」は昔のMAZDAや他の工場で過ごした頃のささくれてしまいそうな気持ちを思い出させてくれます。
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm8801289
  そして「黒いペガサス」は高校の頃の練習曲でした。
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm18037374

  ご冥福をお祈りします。

  息子が今日で19歳。もう大人として誰にも頼らず生きていく頃合いです。職場の若い人たちも、老いと向き合い始める私たちも、何とか楽しみを見いだして進んでいきたいですね。
 

夜勤明け

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月12日(月)23時05分19秒
  10年くらい前に出向に行っていた時分以来の夜勤をした。
今日はけだるい一日だった。
その前日に時間調整のために昼間寝ようとしたが、ほとんど寝られなかった。
諦めて好きな古代史の文庫本を読んだ。そのうちに眠くなるかと思ったが、眠れなかった。逆に疲れた。
そんな状態で夜勤をした。代打の代打だったが、日付が変わるくらいまでは元気だった。が、丑三つ時を過ぎて明け方までがつらかった。コーヒーを4杯くらい飲んだ。
最後はMONOQLOに載っていたユンケル+シュークリームという技を試した。甘いのと苦いのとでの相乗効果は嘘ではなかった。頭がすっきりした。
今日は代休だったが、明日から通常の日勤に戻る。家に帰ってシャワーを浴びて仮眠した。あまり寝すぎると夜が眠れなくなるので、起きて本を飲んだりした。
「ムー」というオカルト雑誌は今年で40周年を迎えたそうであるが、私も学生の頃から読んでいたからもうそれくらい経過してもおかしくない。廃刊せずに続いているということは、それだけ読者がいるということなんだろう。日本の古代史とかが出ていれば、今でもたまに買って読むこともある。80%くらいはどうでもいい記事ばかりであるが、面白いと感じる記事もないこともない。ユダヤの失われた十支族の一派がシルクロードを東進して日本までやってきたとか、でたらめに違いないと思うけど、ロマンがあって面白い。そういう話は嫌いではない。何を根拠にと思うのですが、男性のY染色体をハプログループに分けると、日本人は中国や朝鮮半島の人たちと違って、DE系統の遺伝子を持つ人の割合が高くて、ユダヤ人にも多いのだそうです。アジアではチベットにも多いのだそうです。チベットの人たちは日本人に似ていると思ったら、そういう共通点があるのですね。そういえばダライ・ラマに似たおじさんはあちこちで見かけます。
日本は東の果てですから、いろんな人たちが留まってもおかしくありません。イスラエルのアブラハムやイサクの子孫が来た可能性もあります。
日本の国造り神話で、イザナミとイザナギの話が出ますが、私が思うに、イザとかイソとか、ISで始まる名前が古代では神聖視されていたのではないでしょうか。伊勢神宮もISで始まりますし、出雲もISで始まりますし、五十猛とか石上神社とか伊射波神社とか、ISで始まるワードは他にもあります。このISで始まるワードが彼らのアイデンティティ、イスラムあるいはイサクの子孫たちを表すワードとすれば、わからないわけでもありませんが、こじつけでしょうか。
いろいろ読んでいたら、眠くなって、気が付けば午後になっていて、慌てて病院のハシゴをしました。

最近、左目の視力が落ちてきて、何かモヤがかかったように白く見えるので、これが白内障なのかなと、眼科に行ったら、やはり白内障だと言われました。右目も少しなっているそうである。近々、詳しく検査しますが、もうそんな年になってしまったのかとショックです。友人のSさんも2年前くらいに白内障の手術を受けたそうなので、私がなっても別におかしくはないでしょう。その後は内科でインフルの予防注射を打ちました。
年取っての夜勤はきつかったですが、一人の時間でいろいろできてよかったです。
 

普門館

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年11月11日(日)14時35分36秒
    立正佼成会の「普門館」は、吹奏楽部の学生たちにとって甲子園のような舞台で、我が家からは2kmほどのところにあるからサイクリングコースで前を通りますが、ここで全国コンクールがある頃にピア等でネット予約しようとしても、全くつながらず完売になってしまうので、中に入れたことはありませんでした。
  7年前頃から耐震構造の問題が露呈しコンクールに使われなくなったのですが、本日まで解体前のファン感謝デーとして、入場無料のステージ見学会があり、天気も良いので歩いて行って来ました。
  おそらく昔から吹奏楽に関わった風の方々が長蛇の列をなし、楽器を持参した人も3割程度いて、黒い床のステージで巨大に広がる客席に向かって鳴らしていました。合唱の場合毎年決まった会場でないので、強いて言えばNHKコンクールなら渋谷と決まっていますが、あそこは普門館のような威容を称えている感じでないから、吹奏楽者にとり特別感は半端ないのかもしれません。
  外壁の一部を入場者に分けて配布され、少し得した気分で帰宅しました。
  ちなみに「普門」は、観音菩薩がいろんな形で現れる普門示現あたりが語源になってるようです。

  先週は先の見えない仕事ですが、ようやく成果が形となって見えてきた喜ばしい週でした。土曜にアンサンブルグループの会計とマネージャーの仕事の引き継ぎ。誰も後任に名乗りを上げず、というか挙げようとして相談が来ても、大変さにひるんでしまい、結局、主唱者の代表に事務を引き継ぎました。少しずつ解放され、新しい生活に歩み始めたいところです。
 

今年は暖冬?

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月10日(土)16時00分40秒
  今週末も暖かな週末となっています。
そして、食欲の秋。日本酒の美味しい季節でもあります。
血圧が高くて、定期的に病院に行っているのですが、体重が前回に比べて、2Kg増えてしまいました。
先週の四国ツアーはグルメツアーでもありました。
帰りの昼に今治で食べた信州そばの店は、普通盛がすでに大盛サイズで、大盛を頼むとたぶん普通盛の3倍はあったと思います。
私は中盛りにしたのですが、完食するのがかなりきつかったです。帰りの運転がきつくて、PAで休みながら帰りました。翌週に医者に行くというのに不摂生な食生活ばかりして、先生に呆れられましたが、次回までには戻したいです。
しかし、これから忘年会シーズンですし、クリスマスもあり、新年会もあります。
先生いわく、メリハリをつけろ、とのことでした。普段は少食にして酒もできるだけ控えて、飲むときは飲めばいいとのことでした。それができれば苦労しないのですが、この先どうなるのでしょうか。
人生100年時代を健康に過ごすためには、今が正念場でしょうか。
 

愛媛の河辺町に行きました

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年11月 4日(日)21時34分17秒
  この土日、愛媛県の大洲市にある河辺町と言う所に行きました。
この週末は小春日和というか、暖かでした。
まず、車で大洲に行き、大洲城と臥龍山荘を散策しました。菊花壇展はこちらでもやっていましたよ。
まだ紅葉はそれほどしていませんでしたが、肱川の清流の美しさは十分堪能しました。
別に狙ったわけではないのですが、ちょうどお祭りをやっていて、通りでは太鼓の音色と共に獅子舞が家々を回っていたりして、楽しい休日を過ごすことができました。
ペコポン横丁では昔懐かしい駄菓子とか、おもちゃとかが出店で売られていましたが、私は手作りの民芸品を買ってしまいました。名物の「しぐれ餅」も買いました。
それから河辺町のふるさとの宿という、昔、小学校だったところを宿泊施設に改造したところに泊まりました。
お風呂も広くて、食事も良かったです。坂本龍馬の脱藩のルート上にあった場所ですが、竜馬にちなんでキジ鍋とかも食べました。地酒もうまくて、結構酔っいました。

11/4朝
川のせせらぎのみが聞こえる静かな夜でした。
昨晩は地酒を飲みながら、カープの試合を見ていましたが、また今年も日本一を逃してしまいました。
タナ、キク、マルがシリーズ始めから元気がなかったのが気になっていましたが、オーダーを変えることもなく、最後まで使い続けた結果がこれですかね。
勢いだけで勝ち続けることには限界があります。行き詰っていれば、監督の適切な采配が刺激になることもあります。
現状を打破しようと思えば、思い切ったことも必要かもしれません。
今年もまた、カープは忘れものを取り返すことはできませんでしたが、来年もAクラスに入れば、チャンスはあります。来年こそはがんばってほしいです。

四国はホント、おもてなしの国です。いつも来るたびに癒されます。
日常の忙しさにかまけて、忘れていた何かを取り返すにはいいところです。
今朝は宿の周りを散策しましたが、桜の狂い咲きも堪能しました。

帰りは内子の道の駅「からり」に寄って、今治で昼食を食って、帰りました。



https://s.mypocket.ntt.com/F2FlB9

 

素敵な先輩

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年11月 3日(土)21時46分23秒
    今月の前半、新宿御苑で毎年恒例の「菊花壇」展が始まってまして、友人の合唱発表を新宿文化センターに聴きに行った足で、立ち寄りました。特別展示があるのに、祝日だからでしょうか、無料解放されていてました。
  このところ職場では上司の当たりが厳しく、先月末で歌うことをやめて土日はストレスフリーにし、もてる能力を仕事に使えるようコントロールしたいと思っている矢先、東京での役所への就職後早い段階で出逢った先輩がいまして、その人から手紙と製本されたものが届きました。きっかけは私が最近、職場の雑誌に投稿した文書をご覧になった感想をお伝えになったのだと思われ、他の同期が面倒がったから代表して寄稿したに過ぎなかったのですけど、そうした小さな活動を温かく見ていてくれる先輩もいるな、と久しぶりに癒された気がします。
  その人は硬派なんですが実に人情家で、本社実習のときに夜遅くなって、その人の独身宿舎に泊めてくださったり、剣道の先生が亡くなったときには葬儀の道案内をしながら号泣されていて、東北出身だそうですけど正に善良な心を持ち続けている人に思えます。こういう人を裏切ってはいけません。
  きちんとした手紙だったので、私も久々にレターセットを買って戻り、したためました。(笑)
  なんだかんだいって、人のつながりが明日への力になると思いますし、私もあと15年もすればリタイヤするのだから、若い人に、たとえ嫌われてもためになるアドバイスをしたり、必要なときには声をかけてあげられる人間にならないといけませんね。
  季節は音楽の秋、毎週誰かの演奏会を断りきれず出掛けますが、金を惜しむばかりでなく、前向きに演奏者が喜べる形になれば幸いです。
 

ライヴビューイング

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年10月27日(土)19時57分48秒
編集済
    毎年、全日本合唱コンクールでは課題曲の公募があり、そこに選ばれた作品の作曲者は若手の登竜門をくぐった人になってきました。賞金も100万円のはずで嬉しいですね。
今日は予約していた板橋区の映画館に、長野市で高校の部の全国大会をやっているのを同時中継で離れた場所で聴くという「ライヴビューイング」を聴きに行きました。先ほどの登竜門という曲は課題曲のごく一部(4分の1)でして、他はいわゆる古今東西の名曲が並んでるため、必ずしも若手の曲が歌われる保証はなく、仮に沢山の団体が若手の曲を選択したとしても全国大会に参加できなければ全く全国では歌われないこともあります。
  案の定、日本の古典に近くなってきた、三善あきら氏の「麦藁帽子」は大人気で、女声の課題曲に加わっていたので、その感動的な熱演を沢山聴くことができました。
https://youtu.be/3WHulQqEWGk

これをもう少しお姉さんにした感じです。

同じ立原道造の詩を多くの作曲家によりメロディーが付けられてる中で、これも私は好みの曲です。しかも中学でずっとトップにいた学校の演奏なので合唱の魅力が十分発揮されていると思います。
https://youtu.be/_Q3v5JppNcM

映画館では、本来広い空間から飛んでくるはずの声が、スピーカーから流れてくるので、クリアでも変な感じの耳障りな音になってましたが、映像は肉眼で見るよりもアップされたりするので、個々の学生の顔がよくみえ、その懸命な顔を見ているうちに不覚にも私は堰を切ったように涙が出てきました。

岩手の不来方高校は、混声の課題曲で私たちのグループと同じウィリアムバードのAgnusdeiでしたが、非の打ち所のない、特に男声が圧巻の演奏でした。
↓ これを60人位にした感じ。誉めすぎかな?
https://youtu.be/Op8yU7Rl1TU

 

優良賞

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年10月21日(日)22時13分36秒
     新潟の新発田において、昨日の昼からメンバーの実家の割烹屋さんで豪華ランチ(自費)、月岡温泉(自費)、公式会場練習、夕食会(自費)と終え、本日の全国「花嫁人形」合唱コンクールに臨みました。
  2年前は得られなかった「優良賞」をいただくことができ、私としては珍しく表彰式に参列する結果となりました。出費がかさんだ旅路でしたが、賞金で少し負担が和らぐことと思います。
  甚だ疲れはしましたが、ある程度よい形で今のグループでの演奏を終えられたことを嬉しく思います。
  
 

秋本番

 投稿者:Monchan  投稿日:2018年10月20日(土)15時30分32秒
  ご無沙汰しております。
私は変わりばえしませんが、皆さん相変わらずアクティブに活躍されていてうらやましい限りです。
ようやく台風シーズンも去ったかと思ったら、朝晩、めっきり寒くなりました。
毎週末に雨が降っていたのが、ようやく秋晴れの週末を過ごせるようになりました。
涼しい風と共に、遠くから祭りの太鼓の音が聞こえて、郷愁を誘います。
会社のプロジェクトも一段落して、これからは少しは楽になりそうな気もします。
今年もあと2ヶ月となりました。今年は災害に見舞われた年でしたが、もう来ないことを祈ります。
せっかくの良い季節なので、散歩でもして、体重を少しでも減らしたいです。
 

肥前佐賀にて

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年10月19日(金)20時52分9秒
    ここ暫くの個人的懸案事項だった、佐賀出張を終えて帰宅しました。偶々佐賀だっただけで毎年全国のどこかで開催される都道府県職員を集めた研究会でお話をさせていただく役目だったんです。
  素人相手でなく何年か経験を積んだ人への話ということで、仕事の合間に勉強を続け、なんとか滞りなくやり遂げた、いやそんな気がしています。せっかく九州まで行くので民間企業もアポイント入れて訪問したり、観光できなかった出張でした。夜だけ、武雄温泉という初の訪問をして、風邪を引くとまずいので温泉施設をみただけで佐賀市のホテルに戻った感じです。ここも田舎なので、学生の帰宅ラッシュに遭遇し(2両編成のため東京のように窮屈)優先席に決して座らない、立派な姿を拝見しました。
  あまり意識したことがなかったものとして、維新から150年ということで佐賀藩の記念イベントをしてる時期で、招待券でパビリオンに入り、如何に佐賀藩が世界を視野に我が国の近代化などに貢献したかという映像ショウを楽しませていただきました。大隈しげのぶ、江藤新平等の偉人が輩出されてるようです。
  他は田舎なので広島の夜のように楽しめる場所はなかったものの、疲れてホテルで熟睡しました。
  いよいよ明日から新潟の新発田に入りコンクールです。家にあまりいないと、家族から冷たく見られてるような気がしますが、これが澄んだらしばらく大人しく金のかからない生活に勤しみたいと計画しています。
 

美しい発声

 投稿者:東洋人@XPERIA  投稿日:2018年10月14日(日)20時43分46秒
    この土曜に、新潟遠征前最後のアンサンブル練習がありました。なんとか無難に過ごせましたが、涼しくなってきた天候の変化もあるでしょう、あまり喉の調子が芳しくないので毛布を出すかどうか迷ってるところです。この2年位アフリカ土産の毛布を使って、クリーニングに出しておらず虫がいないか心配になり、防虫剤をくるんで袋に詰めてます。金のかかることをしないよう恐る恐る暮らしてる毎日ですが、雨の多くなる季節に雨が降るとすぐに中まで濡れてしまう運動靴に悩みされてきましたが、家人に相談したとこら買ってよいことになり、防水の靴を買ってきました。これで新潟に履いていこうと思います。
  グループの間ではlineが飛び交い本日もストレスのたまるやり取りが多かったのですが、本番前の夜の食事会を飲み会にするのなら私を呼ばないでほしいと言えなかったことが言えたので、少しすっきりしました。そんな固いことをいう趣旨は何かというと、金欠、喉を守りたい、指導者の飲み代を払いたくない、の3要素が主なものです。今月のクレジットカード引き落とし予定額をみると小遣いより多い額で、一体この先やっていけるのかと。出張のホテル代を立て替えてるからそうなるわけですが、手元のキャッシュが減っていくのは辛いものがあります。

  先週の三連休は、NHK学校音楽コンクール全国大会があり、あいにく観覧の抽選にも外れビデオを高校の取り損ねました。しかし中学のは取れたのと、Youtubeに続々とあげている人がいるので助かります。
  周りで大変評判の良かった中学の、郡山第五中学の演奏は、素晴らしい発声に聴こえます。三曲目のPoulenc、ぜひお聴きになってみてください。
https://youtu.be/OHTn_nyxkgU
 

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